徒然なる、谺の戯言日記。
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19 黒の加護
どういう状況なんだろう、と琥珀は何度目かの自問自答をしてみる。
あの狭い上に薄暗くて退屈だった牢屋から出され、菓子パン――のようなもの――を差し出されたので素直に受け取りそれを食べながら、引っ立てられた。
言葉は通じないが何かしら食べ物を与えていれば大人しくしている、という認識をもたれていたがための結果なのだが、それで本当に大人しく従っているのも何である。
手持ちの菓子パンがなくなると、次が渡された。
餌付けされているように思えなくもない。
で。
彼は今、まるで書斎のような部屋の真ん中に立たされている。
目の前数メートル先には、黒光りするやたら豪奢な机がででんと鎮座ましましている。が、そこには誰も座っていない。
連行して来た2人とは廊下で別れ、琥珀は1人この部屋へと通されていた。
無論、中には先客がいたが。
引き渡される形だったのだろう、何か文言のやりとりはあったが、当然のように琥珀には理解出来なかった。
中にいた者から、そこに立つよう身振りで示されて、現在に繋がる。
違う点といえば、手元の菓子パンが尽きたため、手持ち無沙汰で周りを眺めつつ思考しているという事だ。
部屋にいたもう1人は、ドアの近くでやはり佇んでいる。
肩越しに振り返ると、物凄い冷めためでジロリと睨まれた。
その姿は、まるで執事さながらだった。黒一色で決めたスーツのような服装で、そこだけをとっても他の者とは服装が若干違う。髪は短くオールバックにまとめられ、白髪にも見える銀髪。目は切れ長の深い紫色をしていた。肌の色は青白いが、不健康そうには見えない。
人間に見えなくもない外見。
その耳が若干長く、尖っている事を除けば。
琥珀から見ると言葉が通じそうな気がする、ここで目にした唯一の存在なのだが、部屋に入る際になされていた会話で無理だろうと判断していた。
そもそも、言葉が通じるなら身振りで示す必要などなかったのだから。
(………ひ、暇だ…)
内心、力なく呻く。
琥珀の1番嫌いな事、それが大人しくじっとしているというのもだった。
落ち着きがないと言われればそれまでだが、そうしていると、そのまま動けなくなりそうで恐怖を感じるという、琥珀的にきちんとした理由があった。
無論、そんな訳ないのだが。
と。
扉が2回、ノックされた。
思わず肩越しに振り返った琥珀は、また睨まれて、慌てて正面へと向き直る。
(………あ、あの人苦手だ…っ)
無表情で無言で睨まれるくらいなら怒鳴られた方がマシな人種である。
ガクブルと意味もなく恐怖を感じる琥珀の背後で、動く気配がして、扉の開く音がし、静かに閉じられる。
かすかな衣擦れの音を立てて、すぐ背後に誰かが近付いたのがわかった。
ヒクリと頬を引き攣らせ、振り返りたい衝動と戦う。
身の危険といったものは感じないが、代わりに品定めされているような視線を背に感じる。
物凄い気持ち悪い。
嫌な気分になりつつ、必死に堪え―――
(何かムカ付いてきたっ!)
きれる訳もなく、琥珀は振り返った。
本気で、躰ごと。肩越しなんてケチな真似はしないで向き直る。
睨んでやる、怒鳴ってやる、と意気込んで振り返ったものの、30センチほどの距離を置いて立っていた姿に、怒り心頭だった琥珀の顔から全部の力が抜けた。
間抜け顔で、相手をぽかんと見上げる。
「………目が三つ」
暫くして口を付いたのは、そんな科白で、それに続くように琥珀の顔が嬉々としたものに変わった。
対して、対峙していた者は軽く眉を顰めたのだが。
そこにいたのは、琥珀より若干背丈の低い男だった。浅黒い肌、短い黒髪、白金の眼、少し耳が尖っているだけの人に良く似た姿だった。琥珀の言ったように、額に縦長の黒い眼さえなければ。身に付けている服はいかにもファンタジーチックだが。
「額に第3の目っ、心の眼か? 悟り開いてんの? それとも邪眼? うわ、カッコイーっ!!」
水を得た魚のように叫んだ琥珀に、相手の顔が更に怪訝そうなものへと変わる。
「………どういう事だ? 言葉は通じないと聞いたが」
肩越しに振り返って、そんな科白を口にした。
対して、変わらず扉の前に控えていた執事が幾分表情を険しくし、何やら答える。
それは琥珀にはわからない、わからないが―――
「そうか、これも加護の影響か」
そう思案顔で頷いた者の言葉は、紛れもなく日本語に聞こえた。
「あんた、オレの言葉わかんの? ってか、あんたのしゃべってるのオレわかるよーっ!!」
「いちいち叫ばなくても聞こえる。普通に話せ」
「うおぉ、マジで会話出来てるっ!? 3日、3日ぶりに普通に会話してるよぉお」
「………話を聞け」
げんなりとした科白も気にせず、琥珀は歓喜の余り涙ぐんでいた。
「だ、誰も通じなくって、オレ暇で暇で……。いや、飯は美味いからそこはいいんだけど、でもやっぱり…」
うう、と嗚咽を漏らす。
「………何なんだコイツは」
心底嬉しそうに涙する姿に、溜息にも似た呟き口にしてから、気を取り直すように琥珀を見据える。
「手間が省けたから由とするか。オレの名は、ガゼル=エレイオラと言う。お前は?」
その科白に琥珀はぱっと顔を上げ、嬉しそうに男――ガゼルを見つめ、
「な、名乗られた。名乗ってくれたっ! しかも名前聞かれてるオレ!! 未知との遭遇キターっ!!」
妙な所で歓喜の叫びを上げ、それから大きく深呼吸。
向かい合うガゼルは若干引き気味だ。
「琥珀。斎賀琥珀ってーの」
「サイガコハク? 変わった名前だな」
「あ、いや。琥珀が名前で、斎賀が苗字」
「………コハク=サイガか。なるほど、家名持ちか」
「あ、うん、そう。おお、ますますRPGっぽぃな。それに言葉通じるヤツがいて本当よかったっ! って、あれ? あんた、ええと、ガゼルって言ったっけ? さっき、そのまんまでアイツともしゃべってたよな?」
「ああ」
「同じ言葉使ってる、んだよな?」
「ああ」
「何で通じんの?」
「3柱を体現する、黒の加護の影響だろう」
「黒の加護? つか、3柱って?」
「この世界の創造神だ。体現した姿が、外見に黒を持つ。ゆえに、黒の加護だ。3柱の加護を強く受ける者は、その身の色に黒を宿しているため、加護持ちと呼ばれる。お前は髪はともかく、目は黒いからな。お前も加護持ちだ」
「………あんたも黒い髪だな。あんたも、その、黒の加護?」
「オレのは、魔王の証だ」
「ま」
最初の一言だけを発して、琥珀が硬直した。
「魔族の王という意味ではない。3柱から与えられた、目印のようなものだ。この額の眼と髪の色がその証」
「………ま、魔王なのに魔族の王じゃないのかよっ!?」
「そうだ」
あっさりと肯定した科白に、琥珀は打ちひしがれた顔になった。
「ええ、じゃ、王というからにはエライ人なのに、えらくない?」
「このあたりの責任者ではある。ただ、他の地に住む魔族の同行など知らんし、知ろうとも思わない。魔王というのはただ、世界に必要な歯車の1つに過ぎない。存在の在り方は違うが、精霊王と似たようなものだ」
「せ、精霊王なんてのまでいるのか!?」
「厳密に、いる、という訳ではないが」
「う、ううん? 何か難しくなってきたな…」
「余所から来たお前に、この世界の仕組みをこの場で話に聞いて理解するのは無理だろうし、詳しく話してやる気もない」
「ええっ!? そんな、折角の未知との遭遇なのに、教えてくれたって…っ!」
「そんな時間もないだろう。恐らくな」
「ええっ!? オレもっとしゃべりたいっ!」
「………そういう意味じゃない。会話が出来るという点に関しては、恐らく、加護持ちなら他の者でも会話は出来るだろう。後で話し相手を作ってやるからとりあえず、叫ぶな」
「………わかった。いや、よくわかんねーけど…―――――ま、よろしく!」
「よろしく?」
「ああ」
「自分の立場が理解出来てないのか? まぁ、言葉が通じなかったのであれば仕方ないだろうが…」
「あー…えっと、オレ、捕まってんだよね? 牢屋っぽいってか、アレ牢屋だろうけど。でも食べ物美味いから、暇な点と言葉が通じないのを除けば、まぁ、不自由ないからな~」
「………わかっていてそれなのか」
「何が?」
きょとん、として問い返す姿に、ガゼルは思わず頭を抱えたくなった。
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どういう状況なんだろう、と琥珀は何度目かの自問自答をしてみる。
あの狭い上に薄暗くて退屈だった牢屋から出され、菓子パン――のようなもの――を差し出されたので素直に受け取りそれを食べながら、引っ立てられた。
言葉は通じないが何かしら食べ物を与えていれば大人しくしている、という認識をもたれていたがための結果なのだが、それで本当に大人しく従っているのも何である。
手持ちの菓子パンがなくなると、次が渡された。
餌付けされているように思えなくもない。
で。
彼は今、まるで書斎のような部屋の真ん中に立たされている。
目の前数メートル先には、黒光りするやたら豪奢な机がででんと鎮座ましましている。が、そこには誰も座っていない。
連行して来た2人とは廊下で別れ、琥珀は1人この部屋へと通されていた。
無論、中には先客がいたが。
引き渡される形だったのだろう、何か文言のやりとりはあったが、当然のように琥珀には理解出来なかった。
中にいた者から、そこに立つよう身振りで示されて、現在に繋がる。
違う点といえば、手元の菓子パンが尽きたため、手持ち無沙汰で周りを眺めつつ思考しているという事だ。
部屋にいたもう1人は、ドアの近くでやはり佇んでいる。
肩越しに振り返ると、物凄い冷めためでジロリと睨まれた。
その姿は、まるで執事さながらだった。黒一色で決めたスーツのような服装で、そこだけをとっても他の者とは服装が若干違う。髪は短くオールバックにまとめられ、白髪にも見える銀髪。目は切れ長の深い紫色をしていた。肌の色は青白いが、不健康そうには見えない。
人間に見えなくもない外見。
その耳が若干長く、尖っている事を除けば。
琥珀から見ると言葉が通じそうな気がする、ここで目にした唯一の存在なのだが、部屋に入る際になされていた会話で無理だろうと判断していた。
そもそも、言葉が通じるなら身振りで示す必要などなかったのだから。
(………ひ、暇だ…)
内心、力なく呻く。
琥珀の1番嫌いな事、それが大人しくじっとしているというのもだった。
落ち着きがないと言われればそれまでだが、そうしていると、そのまま動けなくなりそうで恐怖を感じるという、琥珀的にきちんとした理由があった。
無論、そんな訳ないのだが。
と。
扉が2回、ノックされた。
思わず肩越しに振り返った琥珀は、また睨まれて、慌てて正面へと向き直る。
(………あ、あの人苦手だ…っ)
無表情で無言で睨まれるくらいなら怒鳴られた方がマシな人種である。
ガクブルと意味もなく恐怖を感じる琥珀の背後で、動く気配がして、扉の開く音がし、静かに閉じられる。
かすかな衣擦れの音を立てて、すぐ背後に誰かが近付いたのがわかった。
ヒクリと頬を引き攣らせ、振り返りたい衝動と戦う。
身の危険といったものは感じないが、代わりに品定めされているような視線を背に感じる。
物凄い気持ち悪い。
嫌な気分になりつつ、必死に堪え―――
(何かムカ付いてきたっ!)
きれる訳もなく、琥珀は振り返った。
本気で、躰ごと。肩越しなんてケチな真似はしないで向き直る。
睨んでやる、怒鳴ってやる、と意気込んで振り返ったものの、30センチほどの距離を置いて立っていた姿に、怒り心頭だった琥珀の顔から全部の力が抜けた。
間抜け顔で、相手をぽかんと見上げる。
「………目が三つ」
暫くして口を付いたのは、そんな科白で、それに続くように琥珀の顔が嬉々としたものに変わった。
対して、対峙していた者は軽く眉を顰めたのだが。
そこにいたのは、琥珀より若干背丈の低い男だった。浅黒い肌、短い黒髪、白金の眼、少し耳が尖っているだけの人に良く似た姿だった。琥珀の言ったように、額に縦長の黒い眼さえなければ。身に付けている服はいかにもファンタジーチックだが。
「額に第3の目っ、心の眼か? 悟り開いてんの? それとも邪眼? うわ、カッコイーっ!!」
水を得た魚のように叫んだ琥珀に、相手の顔が更に怪訝そうなものへと変わる。
「………どういう事だ? 言葉は通じないと聞いたが」
肩越しに振り返って、そんな科白を口にした。
対して、変わらず扉の前に控えていた執事が幾分表情を険しくし、何やら答える。
それは琥珀にはわからない、わからないが―――
「そうか、これも加護の影響か」
そう思案顔で頷いた者の言葉は、紛れもなく日本語に聞こえた。
「あんた、オレの言葉わかんの? ってか、あんたのしゃべってるのオレわかるよーっ!!」
「いちいち叫ばなくても聞こえる。普通に話せ」
「うおぉ、マジで会話出来てるっ!? 3日、3日ぶりに普通に会話してるよぉお」
「………話を聞け」
げんなりとした科白も気にせず、琥珀は歓喜の余り涙ぐんでいた。
「だ、誰も通じなくって、オレ暇で暇で……。いや、飯は美味いからそこはいいんだけど、でもやっぱり…」
うう、と嗚咽を漏らす。
「………何なんだコイツは」
心底嬉しそうに涙する姿に、溜息にも似た呟き口にしてから、気を取り直すように琥珀を見据える。
「手間が省けたから由とするか。オレの名は、ガゼル=エレイオラと言う。お前は?」
その科白に琥珀はぱっと顔を上げ、嬉しそうに男――ガゼルを見つめ、
「な、名乗られた。名乗ってくれたっ! しかも名前聞かれてるオレ!! 未知との遭遇キターっ!!」
妙な所で歓喜の叫びを上げ、それから大きく深呼吸。
向かい合うガゼルは若干引き気味だ。
「琥珀。斎賀琥珀ってーの」
「サイガコハク? 変わった名前だな」
「あ、いや。琥珀が名前で、斎賀が苗字」
「………コハク=サイガか。なるほど、家名持ちか」
「あ、うん、そう。おお、ますますRPGっぽぃな。それに言葉通じるヤツがいて本当よかったっ! って、あれ? あんた、ええと、ガゼルって言ったっけ? さっき、そのまんまでアイツともしゃべってたよな?」
「ああ」
「同じ言葉使ってる、んだよな?」
「ああ」
「何で通じんの?」
「3柱を体現する、黒の加護の影響だろう」
「黒の加護? つか、3柱って?」
「この世界の創造神だ。体現した姿が、外見に黒を持つ。ゆえに、黒の加護だ。3柱の加護を強く受ける者は、その身の色に黒を宿しているため、加護持ちと呼ばれる。お前は髪はともかく、目は黒いからな。お前も加護持ちだ」
「………あんたも黒い髪だな。あんたも、その、黒の加護?」
「オレのは、魔王の証だ」
「ま」
最初の一言だけを発して、琥珀が硬直した。
「魔族の王という意味ではない。3柱から与えられた、目印のようなものだ。この額の眼と髪の色がその証」
「………ま、魔王なのに魔族の王じゃないのかよっ!?」
「そうだ」
あっさりと肯定した科白に、琥珀は打ちひしがれた顔になった。
「ええ、じゃ、王というからにはエライ人なのに、えらくない?」
「このあたりの責任者ではある。ただ、他の地に住む魔族の同行など知らんし、知ろうとも思わない。魔王というのはただ、世界に必要な歯車の1つに過ぎない。存在の在り方は違うが、精霊王と似たようなものだ」
「せ、精霊王なんてのまでいるのか!?」
「厳密に、いる、という訳ではないが」
「う、ううん? 何か難しくなってきたな…」
「余所から来たお前に、この世界の仕組みをこの場で話に聞いて理解するのは無理だろうし、詳しく話してやる気もない」
「ええっ!? そんな、折角の未知との遭遇なのに、教えてくれたって…っ!」
「そんな時間もないだろう。恐らくな」
「ええっ!? オレもっとしゃべりたいっ!」
「………そういう意味じゃない。会話が出来るという点に関しては、恐らく、加護持ちなら他の者でも会話は出来るだろう。後で話し相手を作ってやるからとりあえず、叫ぶな」
「………わかった。いや、よくわかんねーけど…―――――ま、よろしく!」
「よろしく?」
「ああ」
「自分の立場が理解出来てないのか? まぁ、言葉が通じなかったのであれば仕方ないだろうが…」
「あー…えっと、オレ、捕まってんだよね? 牢屋っぽいってか、アレ牢屋だろうけど。でも食べ物美味いから、暇な点と言葉が通じないのを除けば、まぁ、不自由ないからな~」
「………わかっていてそれなのか」
「何が?」
きょとん、として問い返す姿に、ガゼルは思わず頭を抱えたくなった。
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