徒然なる、谺の戯言日記。
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18 現実逃避
どしゃっ、と降ろさ―――落とされて、琥珀は我に返った。
扉が閉じられる音を小さく主張するのを背後に、琥珀は目で周囲を見回した。
廊下だった。
「………どこ?」
思わず呟いてみたら、声が出た。
聞いてみようと顔を上げた瞬間、喉元に刃が当てられて、思わず硬直する。
顔にでっかい目が1つしかない、茶褐色の筋肉ムキムキのスキンヘッドの親父―――琥珀的直感により―――に、睨まれた。
(目、目がいっこしかないっ…)
喉元に当てられた刃の事などすっかり忘れて、その姿を感動の眼差しで眺めた。真性である。
返った反応が怯えたモノではなく、期待に満ちたように輝いた目と表情だったため、一つ目の彼は、若干引いた。
「■■、■■■■■■■■」
「え? 何? 今、何て言っ…」
「■■■■■!」
一つ目の彼の言葉は、琥珀にはさっぱりわからなかった。
ぐい、と襟を引っ張られて無理矢理立たされる。
ぱちくりと目を瞬く琥珀に緊張感という文字は全くなく、その顔は拗ねた子供そのものだった。
「何言ってんだかわかんねーし」
ぼそっと呟いた瞬間、壁に押し付けられる。
「■■■■■■■■!」
上から一つ目で睨むように見下ろされ、琥珀は叫びそうになった言葉を飲み込んだ。
首元にやはり刃が添えられて、大人しくしてないと痛い目に合うという事をやっと理解した。
(こういうのって、言葉って通じるのがお約束なんじゃねーのっ!?)
負けじと睨むようにしながら、口には出さずに内心で叫んだ。
数秒、睨み合ってから、はぁ、と琥珀は息を吐き出す。
(………どこだろー、ここ)
やっと自分の置かれている状況に疑問を抱いた琥珀は、壁に押し付けられたままで視線だけを周囲に走らせる。
何かの建物の内部というのはわかる。
ゴテゴテしい飾りなどなく、どちらかと言うと質素な、けれど、それが洋風の建物である事はわかった。割合広い廊下、高い天井、板張りの造り。
左右に視線を走らせれば、長く伸びる廊下がやはり目に入る。
そして、すぐ左手にある扉。
ごくごく普通の、若干寂れた年代ものの洋館。それが琥珀視点での、感想だ。
そうしてから、何でここにいるんだろうと首を捻るようにして思考を巡らした所で、左手にある扉が開かれた。
「■■■■、■■■■■。■■■■■」
部屋から出て来たのは見覚えのある姿、―――――ああ、ドラゴンに乗ってたヤツだ、と気付き、捕まったんだと今更気付く。
保護されたとは流石に思わなかった。
刃を喉元に当てられたままだし、見覚えのある背中に羽根を生やしたヤツは気難しい顔で琥珀を睨んでいる。
「■■■、■■■■■■■■■」
「■■■■、■■■■。■■■■■■■」
そうして、2人はさっぱりわからない言葉を交わしている。
その様を眺めながら、琥珀は本気で泣きそうになった。
心細いとか、危険を感じてとか、そういう理由ではなく、この未知との遭遇という素敵なシュチエーションにも関わらず、さっぱり言葉が通じないという事実が、意思の疎通すら出来ないというのが、果てしなく哀しかったからだ。
せっかくだから、色々聞きたいのに。思わずそう独り言ちてから、思い切りな溜息を吐き出す。
と。
ぐいっ、と再び引っ張られて、琥珀の思考が2人へと戻される。
顔を上げた琥珀が誘拐犯と目を合わせると、何かを告げられた。勿論、何て言われたか琥珀にはわかりようもなく。
ひらひらと誘拐犯が手を振ったのを合図として、襟をつかまれたまま引っ立てられるようにその場から動くよう促される。
一つ目のスキンヘッドの親父に連行されるように、琥珀は大人しく歩いた。
「あのさ、別に引っ張んなくても歩くよ~?」
「■■■」
やっぱり何言ってんだかわかんない。軽く頭を振ってから琥珀は項垂れた。
相手としても琥珀の言ってる事は理解出来ないのだろう、その証拠に襟は捕まれたままだ。
そのまま廊下の突き当たりを左に曲がり、また歩いて、左に曲がって、階段を降りるよう促される。
がっくりと肩を落としたままそこを降りて。折り返して降りて。また折り返して降りて。
そうした先には、薄暗い、石造りの床の終点があった。
(あー…何か、ここ、地下牢っぽぃなぁ。ゲームとかによくある………)
内心そう呟いて、歩くよう背中を押されて、ちらりと左右を見れば、鉄格子っぽいのがあったりして。
ここらヘンはお約束だなぁ、なんて思っていたら、一つ目の大男―――髪があるし、琥珀視点でスキンヘッドより年は若い気がする―――が立ってる姿が目に入る。
所謂、その場所の突き当たりに位置する場所なのだが。
そこで、背後に立っていたスキンヘッドの親父が、鉄格子の前に立ってた同じ一つ目を会話をし―――
「■■■■■■■■■」
背後からドスの聞いた低い声で何かを言われ、目の前の大男に腕を捕まれたと思った瞬間、引っ張られて牢にぶちこまれた。
危うく顔面から落下するところを何とか受身だけは取って、床が石だから背中とか腕とか痛かったがそれを我慢して文句を口にしようとした瞬間。
がしゃん。
激しく無情な音がして、目をやれば、空いていたはずの鉄格子はしっかりと閉じられて。
その向こうに並び立つ一つ目の親父と大男。
「って、ええええっ!? ちょっと待っ…いきなり!? っていうかお約束だけど、何か違う!! オレはこういうお約束は嫌だーっ!!!!」
絶叫してみるが、その姿を一つ目の2人は一瞥くれただけで踵を返し去って行った。
思わず後を追うように、勢いよく立ち上がって鉄格子に突進すると、そこを掴んで両手に力を込める。
うんともすんとも言わなかった。
格子の継ぎ目がブレる音も、擦れる音も、何もない。
「えええ!? ちょっと待って! 何もナシ!? ていうかこういう時ってさ! もっとこう、何かあるだろーっ!!!!」
去り行く背中が振り返る事はなく。
そのまま2つの背中は階段を上っていった。
「おぉおおーぃっ!! 置いてかないでーっ!!」
声は空しく響き渡り。
返る言葉も声もなく。
琥珀は独り、薄暗い地下牢に取り残される。
その後、声の続く限り叫んでみたが、無駄な努力だと琥珀が理解したのは、いい感じに声が掠れてからだった。
そうしてから改めて肩を落として格子から離れると、奥の壁際―――前方の廊下が見えるような位置―――に腰を降ろして背を預ける。
「喉、痛い」
ぽつりと呟いてから、ごちっと背後の石壁に頭をつけて、双眸を伏せた。
さて、これからどうしよう。
内心そう呟いた瞬間、背筋に物凄い悪寒が走った。
慌てて左右を見回し、それから安堵の息を吐き出す。
「………琳ちゃん、怒ってるな」
悟りきった声を出してから、でも不可抗力だから、と呟いた。
それから琥珀は体育座りになると膝に顔を埋めて、疲れたなぁと呻くように口にする。
暫くそうしているうちに、自然と意識は薄れて行った。
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どしゃっ、と降ろさ―――落とされて、琥珀は我に返った。
扉が閉じられる音を小さく主張するのを背後に、琥珀は目で周囲を見回した。
廊下だった。
「………どこ?」
思わず呟いてみたら、声が出た。
聞いてみようと顔を上げた瞬間、喉元に刃が当てられて、思わず硬直する。
顔にでっかい目が1つしかない、茶褐色の筋肉ムキムキのスキンヘッドの親父―――琥珀的直感により―――に、睨まれた。
(目、目がいっこしかないっ…)
喉元に当てられた刃の事などすっかり忘れて、その姿を感動の眼差しで眺めた。真性である。
返った反応が怯えたモノではなく、期待に満ちたように輝いた目と表情だったため、一つ目の彼は、若干引いた。
「■■、■■■■■■■■」
「え? 何? 今、何て言っ…」
「■■■■■!」
一つ目の彼の言葉は、琥珀にはさっぱりわからなかった。
ぐい、と襟を引っ張られて無理矢理立たされる。
ぱちくりと目を瞬く琥珀に緊張感という文字は全くなく、その顔は拗ねた子供そのものだった。
「何言ってんだかわかんねーし」
ぼそっと呟いた瞬間、壁に押し付けられる。
「■■■■■■■■!」
上から一つ目で睨むように見下ろされ、琥珀は叫びそうになった言葉を飲み込んだ。
首元にやはり刃が添えられて、大人しくしてないと痛い目に合うという事をやっと理解した。
(こういうのって、言葉って通じるのがお約束なんじゃねーのっ!?)
負けじと睨むようにしながら、口には出さずに内心で叫んだ。
数秒、睨み合ってから、はぁ、と琥珀は息を吐き出す。
(………どこだろー、ここ)
やっと自分の置かれている状況に疑問を抱いた琥珀は、壁に押し付けられたままで視線だけを周囲に走らせる。
何かの建物の内部というのはわかる。
ゴテゴテしい飾りなどなく、どちらかと言うと質素な、けれど、それが洋風の建物である事はわかった。割合広い廊下、高い天井、板張りの造り。
左右に視線を走らせれば、長く伸びる廊下がやはり目に入る。
そして、すぐ左手にある扉。
ごくごく普通の、若干寂れた年代ものの洋館。それが琥珀視点での、感想だ。
そうしてから、何でここにいるんだろうと首を捻るようにして思考を巡らした所で、左手にある扉が開かれた。
「■■■■、■■■■■。■■■■■」
部屋から出て来たのは見覚えのある姿、―――――ああ、ドラゴンに乗ってたヤツだ、と気付き、捕まったんだと今更気付く。
保護されたとは流石に思わなかった。
刃を喉元に当てられたままだし、見覚えのある背中に羽根を生やしたヤツは気難しい顔で琥珀を睨んでいる。
「■■■、■■■■■■■■■」
「■■■■、■■■■。■■■■■■■」
そうして、2人はさっぱりわからない言葉を交わしている。
その様を眺めながら、琥珀は本気で泣きそうになった。
心細いとか、危険を感じてとか、そういう理由ではなく、この未知との遭遇という素敵なシュチエーションにも関わらず、さっぱり言葉が通じないという事実が、意思の疎通すら出来ないというのが、果てしなく哀しかったからだ。
せっかくだから、色々聞きたいのに。思わずそう独り言ちてから、思い切りな溜息を吐き出す。
と。
ぐいっ、と再び引っ張られて、琥珀の思考が2人へと戻される。
顔を上げた琥珀が誘拐犯と目を合わせると、何かを告げられた。勿論、何て言われたか琥珀にはわかりようもなく。
ひらひらと誘拐犯が手を振ったのを合図として、襟をつかまれたまま引っ立てられるようにその場から動くよう促される。
一つ目のスキンヘッドの親父に連行されるように、琥珀は大人しく歩いた。
「あのさ、別に引っ張んなくても歩くよ~?」
「■■■」
やっぱり何言ってんだかわかんない。軽く頭を振ってから琥珀は項垂れた。
相手としても琥珀の言ってる事は理解出来ないのだろう、その証拠に襟は捕まれたままだ。
そのまま廊下の突き当たりを左に曲がり、また歩いて、左に曲がって、階段を降りるよう促される。
がっくりと肩を落としたままそこを降りて。折り返して降りて。また折り返して降りて。
そうした先には、薄暗い、石造りの床の終点があった。
(あー…何か、ここ、地下牢っぽぃなぁ。ゲームとかによくある………)
内心そう呟いて、歩くよう背中を押されて、ちらりと左右を見れば、鉄格子っぽいのがあったりして。
ここらヘンはお約束だなぁ、なんて思っていたら、一つ目の大男―――髪があるし、琥珀視点でスキンヘッドより年は若い気がする―――が立ってる姿が目に入る。
所謂、その場所の突き当たりに位置する場所なのだが。
そこで、背後に立っていたスキンヘッドの親父が、鉄格子の前に立ってた同じ一つ目を会話をし―――
「■■■■■■■■■」
背後からドスの聞いた低い声で何かを言われ、目の前の大男に腕を捕まれたと思った瞬間、引っ張られて牢にぶちこまれた。
危うく顔面から落下するところを何とか受身だけは取って、床が石だから背中とか腕とか痛かったがそれを我慢して文句を口にしようとした瞬間。
がしゃん。
激しく無情な音がして、目をやれば、空いていたはずの鉄格子はしっかりと閉じられて。
その向こうに並び立つ一つ目の親父と大男。
「って、ええええっ!? ちょっと待っ…いきなり!? っていうかお約束だけど、何か違う!! オレはこういうお約束は嫌だーっ!!!!」
絶叫してみるが、その姿を一つ目の2人は一瞥くれただけで踵を返し去って行った。
思わず後を追うように、勢いよく立ち上がって鉄格子に突進すると、そこを掴んで両手に力を込める。
うんともすんとも言わなかった。
格子の継ぎ目がブレる音も、擦れる音も、何もない。
「えええ!? ちょっと待って! 何もナシ!? ていうかこういう時ってさ! もっとこう、何かあるだろーっ!!!!」
去り行く背中が振り返る事はなく。
そのまま2つの背中は階段を上っていった。
「おぉおおーぃっ!! 置いてかないでーっ!!」
声は空しく響き渡り。
返る言葉も声もなく。
琥珀は独り、薄暗い地下牢に取り残される。
その後、声の続く限り叫んでみたが、無駄な努力だと琥珀が理解したのは、いい感じに声が掠れてからだった。
そうしてから改めて肩を落として格子から離れると、奥の壁際―――前方の廊下が見えるような位置―――に腰を降ろして背を預ける。
「喉、痛い」
ぽつりと呟いてから、ごちっと背後の石壁に頭をつけて、双眸を伏せた。
さて、これからどうしよう。
内心そう呟いた瞬間、背筋に物凄い悪寒が走った。
慌てて左右を見回し、それから安堵の息を吐き出す。
「………琳ちゃん、怒ってるな」
悟りきった声を出してから、でも不可抗力だから、と呟いた。
それから琥珀は体育座りになると膝に顔を埋めて、疲れたなぁと呻くように口にする。
暫くそうしているうちに、自然と意識は薄れて行った。
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17 ところ変われば
「あーっ、暇だー! 出せーっ!! つーか、話し相手か、遊ぶもんよこせー!!!!」
絶叫する声は、いい感じに反響した。
じたばたしても始まらない、とはよく言ったものだが、それ以外にする事がなかった。
薄暗いこの部屋。
ぶっちゃけ、牢屋。
だって地下にある、しかも、通路側はきっちり鉄格子で他3面は石作りの壁。
魔王の手の者に捕らえられたお姫様―――もとい、琥珀は、暇で死にそうだった。
「うう、反応すらない………。誰かツッコミ募集ーっ!!」
空しい叫びだけがこだました。
何で琥珀がそんな状態になっているのか、状況は少し前まで遡る。
勿論、捕虜(?)なのだから、牢屋行きは当然至極の対応なのだろうが。
琳子を崖から突き落としてしまった―――知らなかったにしろ―――琥珀は、真っ青な顔で慌てて後を追おうとして、その場に崩れ落ちた。
躰が全く言う事を利かなくて、手足に力を入れてもピクリとも動かない。
頭を上げ様としても、上がらない。
ふぬぬぬっと踏ん張っているうちに、ひょい、と担がれた。
思わず叫んだが、それは声にすらならなくて、しっかりと非人間―――つまり魔族なのだが、捕獲されていた。
どうしようと焦る琥珀。動かない躰。そうこうしているうちに、ドラゴンの背にどさりと降ろされ、
「お、オレ、ドラゴンに乗ってるっ……!!」
歓喜に震えた。
それまでの全部を投げ捨てて、琥珀の意識はただ一点に注がれる。馬鹿だ。
そんな琥珀に上から、理解出来ない言葉で魔族が悔しげに呟き―――ドラゴンが羽ばたいた。
琥珀は再び感動である。
躰が動かないのが残念だった。
声が出ないのが悔しかった。
それでも、勢い付けて空へと舞い上がって―――――空だけだった視界に影というか、白いものが移りこんで、顔は動かないから限界ぎりぎりまで眼を走らせる。
白い人間!? とテンションが上がりかけたところで、その手に琳子の姿を認め、琥珀の顔から血の気が引いた。
元気だったら叫んでいただろう科白も声が出せないまま、その姿はあっと言う間に点になり、見えなくなる。
その瞬間、琥珀は本気で泣きそうになった。
むしろ涙を流していたのだが。
放置されたまま空を滑空し、涙も枯れるというか、諦めきった顔になった頃、ドラゴンは降下した。
半ば茫然としたまま、再び魔族に担がれてドラゴンを降りる。
琥珀の視界は、魔族の背中しか見えないのだが、彼の脳裏にあったのは1つだけだった。
それは壮大な危機感、そして恐怖。
(………り、琳ちゃんに、仕置きされる……っ!?)
自分がこの後どうなるのか、などという不安は全くなかった。
残念ながら。
そんなものを気にかける余裕など、彼には微塵も残されていなかった。
ただ、その念頭を支配していたのは―――――琳子に対する恐怖。
(こ、今回は不可抗力………には、ならないよな。だって崖から突き落として、助かったっぽぃけど、謝ってないし、そのまま別れたしっ………)
琥珀の躰は、動けなければ、声も出せないように、束縛の魔法がかけられていたのだが。
多分、そんなものがなくても、彼は微動だに出来なかったかもしれない。
(ご、ごめん。ごめんごめんごめんごめんっ………)
琥珀は、必死、むしろ決死の心で、聞こえないだろうが、琳子に謝り続けていた。
そうこうしている間に、琥珀を抱えた魔族は悠々とした足取りで、洋館、という表現の似合う、赴きある大きな館へと入って行く。
周囲の風景は全く見えないし―――見えたとしても―――一心不乱に土下座モードに突入しているため当然のように琥珀はそれに全く気付かなかった。
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「あーっ、暇だー! 出せーっ!! つーか、話し相手か、遊ぶもんよこせー!!!!」
絶叫する声は、いい感じに反響した。
じたばたしても始まらない、とはよく言ったものだが、それ以外にする事がなかった。
薄暗いこの部屋。
ぶっちゃけ、牢屋。
だって地下にある、しかも、通路側はきっちり鉄格子で他3面は石作りの壁。
魔王の手の者に捕らえられたお姫様―――もとい、琥珀は、暇で死にそうだった。
「うう、反応すらない………。誰かツッコミ募集ーっ!!」
空しい叫びだけがこだました。
何で琥珀がそんな状態になっているのか、状況は少し前まで遡る。
勿論、捕虜(?)なのだから、牢屋行きは当然至極の対応なのだろうが。
琳子を崖から突き落としてしまった―――知らなかったにしろ―――琥珀は、真っ青な顔で慌てて後を追おうとして、その場に崩れ落ちた。
躰が全く言う事を利かなくて、手足に力を入れてもピクリとも動かない。
頭を上げ様としても、上がらない。
ふぬぬぬっと踏ん張っているうちに、ひょい、と担がれた。
思わず叫んだが、それは声にすらならなくて、しっかりと非人間―――つまり魔族なのだが、捕獲されていた。
どうしようと焦る琥珀。動かない躰。そうこうしているうちに、ドラゴンの背にどさりと降ろされ、
「お、オレ、ドラゴンに乗ってるっ……!!」
歓喜に震えた。
それまでの全部を投げ捨てて、琥珀の意識はただ一点に注がれる。馬鹿だ。
そんな琥珀に上から、理解出来ない言葉で魔族が悔しげに呟き―――ドラゴンが羽ばたいた。
琥珀は再び感動である。
躰が動かないのが残念だった。
声が出ないのが悔しかった。
それでも、勢い付けて空へと舞い上がって―――――空だけだった視界に影というか、白いものが移りこんで、顔は動かないから限界ぎりぎりまで眼を走らせる。
白い人間!? とテンションが上がりかけたところで、その手に琳子の姿を認め、琥珀の顔から血の気が引いた。
元気だったら叫んでいただろう科白も声が出せないまま、その姿はあっと言う間に点になり、見えなくなる。
その瞬間、琥珀は本気で泣きそうになった。
むしろ涙を流していたのだが。
放置されたまま空を滑空し、涙も枯れるというか、諦めきった顔になった頃、ドラゴンは降下した。
半ば茫然としたまま、再び魔族に担がれてドラゴンを降りる。
琥珀の視界は、魔族の背中しか見えないのだが、彼の脳裏にあったのは1つだけだった。
それは壮大な危機感、そして恐怖。
(………り、琳ちゃんに、仕置きされる……っ!?)
自分がこの後どうなるのか、などという不安は全くなかった。
残念ながら。
そんなものを気にかける余裕など、彼には微塵も残されていなかった。
ただ、その念頭を支配していたのは―――――琳子に対する恐怖。
(こ、今回は不可抗力………には、ならないよな。だって崖から突き落として、助かったっぽぃけど、謝ってないし、そのまま別れたしっ………)
琥珀の躰は、動けなければ、声も出せないように、束縛の魔法がかけられていたのだが。
多分、そんなものがなくても、彼は微動だに出来なかったかもしれない。
(ご、ごめん。ごめんごめんごめんごめんっ………)
琥珀は、必死、むしろ決死の心で、聞こえないだろうが、琳子に謝り続けていた。
そうこうしている間に、琥珀を抱えた魔族は悠々とした足取りで、洋館、という表現の似合う、赴きある大きな館へと入って行く。
周囲の風景は全く見えないし―――見えたとしても―――一心不乱に土下座モードに突入しているため当然のように琥珀はそれに全く気付かなかった。
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16 それでもマトゥ
去り行く背を見送って、安堵の息をもう一度吐き出す。
何ていうかツッコミ所は満載なんだけど。
一番は自分に対して…。
「…何でこんな事に」
呟きつつ、額に手を当てて。
いや、思うだけ無駄だって事はもうわかってるんだけれども。
思わずにはいられないのだ。―――何でこんな面倒な状況に、と。
「りーんーこーさーまーっ!!!!!」
この状況では余り聞きたくない声が聞こえた。失礼かもしれないけど。
顔を上げてその方向へと向き直ると……何だろう、凄い満面笑みを浮かべたリエが左手を大きくぶんぶん振りながら走って来る。
こちらへ向かって。
「りーんーこーさーまーっ!!!!!」
疲れないのかな、あの走り方…? っていうか、聞こえてるからその大声辞めて、お願い。
少しだけ顔が引き攣るのも仕方ないと思いつつ、軽く右手を上げて手を振り返す。
途端、満面の笑みが嬉しそうなそれに変わって。
「りんこさまーっ!!!!」
いや、だから叫ぶなと。
必然的に、それに呼応するように人の目がこっちに向いてしまう訳で。
すぐ傍まで走り寄ってきたリエは、立ち止まって肩を上下させてはーはー言ってるし。
やっぱり疲れるよね…あんな走り方の上に、そんな大声出してたら。
「リ、リンコ様、お怪我は!?」
「ないよ。…リエの方が大変そうなんだけど?」
「わ、私は…その、大丈夫です」
肩はまだ上下してるし、呼吸も荒いけどね…。
「それで、ここまで来たのに悪いと思うけど。もう終ったから」
「え……」
「帰ろうと思ってたところ。わざわざ来てくれたのに、悪いけれど」
「え、あ…そうですか」
途端、しゅんっとした顔になって。
やっぱりこのコ、琥珀に似てるかもしれない…。
「―――でも、来てくれて助かったかも。道を確認しないで来たから、正確に道順を覚えてなくて迷ったかもしれないから」
肩を竦めてそう言った科白に、花が咲いたように明るい笑顔を浮かべる。
「はい。では、お戻りになられるんですね?」
「そうなるかな? とりあえず……火柱は他では上がっていないようだし」
「ここに来る間に魔族の方をお2人だけしかお見かけしてませんので、大丈夫だと思います」
「2人?」
「ええ、気絶されている方と、壁に綺麗に埋まっている方と」
笑顔で返った科白に、思わず苦笑いを浮かべる。
忘れていたのに。
「………他にもいなかった?」
「はい、おりませんでした」
はっきりと返った科白で、後から出てきた3人は逃げたのだろうと勝手に予想する。
後なのに、前2人…―――いや、最初の1人だけに言うなら、上からの落下の衝撃があったんだからそう簡単に眼を覚ましたりはしないだろうけれども、壁に埋まってるのと合わせて、まだ意識が戻らないとは。
手加減が難しい、と改めて思う。
日常生活にも支障を来たしそうな気がするんだけれども、コレ。
「リンコ様、どうかなさいましたか?」
「ううん、別に何でもない。少し話も聞きたいから、戻ったらお茶でも飲みながら落ち着きたいかな」
「わかりました。美味しいお飲み物をご用意致しますね! …リンコ様、暖かいのと冷たいのはどちらがお好みですか?」
「そうね、暖かい方がいいかな」
「はいっ!」
連れ立って歩き始めたとろこに、さっきの神官服の1人が駆け寄って来る。
「リエ様」
「………あ、マナムーさん。こんにちは。お勤めご苦労様でした」
ぺこり、と頭を下げるリエ。
「いえ、そのためにおりますから。………あの、リエ様」
「あっ! リンコ様、ご紹介します。こちら、マナムーさんです」
「…マナムー=テットンです。宜しくお願いします」
ぺこりと神官服、もとい、マナムーさんは頭を下げる。
余り関わり合いたくないような気もするんだけれど、疲れそうで。
さっきのアレを見てしまった後なだけに。
「それで、マナムーさん。こちら、リンコ様です」
「リンコ=マツナミです。こちらこそ宜しくお願いします」
「リンコ=マトゥナミ様とおっしゃられるんですか。ゆ……あ、いえ、何でもありません」
松がマトゥになってる事に疲れを覚えつつ、引き攣った笑みを浮かべるマナムーさんに軽く一礼した。
「あ、マナムーさん。おわかりと思いますけど、リンコ様が勇者様なんです! でも、そう呼ぶのはダメなので、リンコ様って言って下さいね」
勇者、その単語をリエが口にした瞬間、マナムーの顔から血の気がサッと引いた。
先ほどの光景を見てたら仕方ない反応かもしれないが、そこまで怯えなくてもいいと思う。
………それとも、当然の反応?
「え、あ、はい。そこは勿論。重々理解しております、リエ様」
「わ、本当ですかー。流石はマナムーさん、お耳が早いですねっ」
「いえ、大した事では…」
言いよどんでコチラをちらりと見やる。
殴ったりはしないから、そこまで怯えなくても………。
確かに、殴るって言った気はしないでもないけれど、本当に殴る訳ないのに。
例外を除いて。
「あの、それなら、リンコ様のお世話は、リエ様が?」
「はいっ!」
「そうですか。そうなると、リエ様の後任の方は……?」
「エル様が」
にこにこと告げられた呼称に、マナムーさんの顔が、というか動きが止まった。
そういえば、エル様って前にも聞いたけれど、誰なんだろう。
きちんと話を聞いてないのに飛び出しちゃったから、身内会話………とは、多分、違うだろうけど、そっちの話には付いていけない。
「元々、ミエルファ王女様の護衛は私以外にもおりましたから、問題ありません」
「護衛?」
「はい。あ、そういえば、リンコ様には詳しいお話がまだでしたね」
「うん。………とりあえず、戻ってから、お茶でも飲みながら教えてくれる?」
「わかりましたっ」
「ああっ!? お引止めしまして申し訳有りませんっ!」
ずさっと後ずさる。
………怯えられてる、完全に。
「別に気にしないで下さい。こちらこそ、先ほどは名乗らずに失礼しましたので」
「滅相もございません。後ほど、きちんとご挨拶に伺います」
「いえ、そこまでして貰わなくても…」
「そうですよー。それに、マナムーさんはこれから復興作業があるからそんな暇ないですよ、きっと」
暢気な声で告げたリエに、場の空気が固まった。正確には、マナムーさんの時間が止まった感じだけど。
うん、この子、空気読めないっていうか、読む気ない子に違いない。
1人納得し、マナムーさんに向き直って苦笑する。
「作業、頑張って下さいね」
「有り難うございます」
へこーっと頭を下げて踵を返した。
その背を見送るリエが、クスクス笑う。
「マナムーさんって本当に真面目なんですよ」
「確かに、そんな感じはするね…」
丁寧、というか。
「さて、それではリンコ様。戻りましょうか。お洋服の採寸もしないといけませんから」
「………採寸?」
「そうです。お洋服の話は、しましたよね?」
「うん。………そっか、そう、だよね。測るんだ…」
「はいっ。リンコ様、何着ても似合いそうですから、羨ましいです」
「いや、そんな事はないと思うんだけど……」
特に、アナタが今着ているような服は。
「そんな事あります! 愉しみですし、服飾師さんもきっと喜びます。作りがいがあるでしょうから」
「作っ………って、そこまでして貰わなくても」
「そういう訳にはいきません。流石に今すぐ着る物は既製品になりますけれど、リンコ様にはきちっとリンコ様だけのお洋服をご用意します。むしろしないといけません。失礼になります!」
拳を握り締めて力説するリエ。
何をそこまで熱くなるんだろうと疑問に思ったが、突っ込まずに曖昧な笑みを返した。
その後、城に戻った私が、リエから子供に解くようにこの世界の話を聞く事になるのだが。
私が些細な疑問を投げるたびに、白熱したリエが熱く語り返しては話が逸れ、結局、深夜遅くまで寝かせてもらえなかったというオチが付いた。
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去り行く背を見送って、安堵の息をもう一度吐き出す。
何ていうかツッコミ所は満載なんだけど。
一番は自分に対して…。
「…何でこんな事に」
呟きつつ、額に手を当てて。
いや、思うだけ無駄だって事はもうわかってるんだけれども。
思わずにはいられないのだ。―――何でこんな面倒な状況に、と。
「りーんーこーさーまーっ!!!!!」
この状況では余り聞きたくない声が聞こえた。失礼かもしれないけど。
顔を上げてその方向へと向き直ると……何だろう、凄い満面笑みを浮かべたリエが左手を大きくぶんぶん振りながら走って来る。
こちらへ向かって。
「りーんーこーさーまーっ!!!!!」
疲れないのかな、あの走り方…? っていうか、聞こえてるからその大声辞めて、お願い。
少しだけ顔が引き攣るのも仕方ないと思いつつ、軽く右手を上げて手を振り返す。
途端、満面の笑みが嬉しそうなそれに変わって。
「りんこさまーっ!!!!」
いや、だから叫ぶなと。
必然的に、それに呼応するように人の目がこっちに向いてしまう訳で。
すぐ傍まで走り寄ってきたリエは、立ち止まって肩を上下させてはーはー言ってるし。
やっぱり疲れるよね…あんな走り方の上に、そんな大声出してたら。
「リ、リンコ様、お怪我は!?」
「ないよ。…リエの方が大変そうなんだけど?」
「わ、私は…その、大丈夫です」
肩はまだ上下してるし、呼吸も荒いけどね…。
「それで、ここまで来たのに悪いと思うけど。もう終ったから」
「え……」
「帰ろうと思ってたところ。わざわざ来てくれたのに、悪いけれど」
「え、あ…そうですか」
途端、しゅんっとした顔になって。
やっぱりこのコ、琥珀に似てるかもしれない…。
「―――でも、来てくれて助かったかも。道を確認しないで来たから、正確に道順を覚えてなくて迷ったかもしれないから」
肩を竦めてそう言った科白に、花が咲いたように明るい笑顔を浮かべる。
「はい。では、お戻りになられるんですね?」
「そうなるかな? とりあえず……火柱は他では上がっていないようだし」
「ここに来る間に魔族の方をお2人だけしかお見かけしてませんので、大丈夫だと思います」
「2人?」
「ええ、気絶されている方と、壁に綺麗に埋まっている方と」
笑顔で返った科白に、思わず苦笑いを浮かべる。
忘れていたのに。
「………他にもいなかった?」
「はい、おりませんでした」
はっきりと返った科白で、後から出てきた3人は逃げたのだろうと勝手に予想する。
後なのに、前2人…―――いや、最初の1人だけに言うなら、上からの落下の衝撃があったんだからそう簡単に眼を覚ましたりはしないだろうけれども、壁に埋まってるのと合わせて、まだ意識が戻らないとは。
手加減が難しい、と改めて思う。
日常生活にも支障を来たしそうな気がするんだけれども、コレ。
「リンコ様、どうかなさいましたか?」
「ううん、別に何でもない。少し話も聞きたいから、戻ったらお茶でも飲みながら落ち着きたいかな」
「わかりました。美味しいお飲み物をご用意致しますね! …リンコ様、暖かいのと冷たいのはどちらがお好みですか?」
「そうね、暖かい方がいいかな」
「はいっ!」
連れ立って歩き始めたとろこに、さっきの神官服の1人が駆け寄って来る。
「リエ様」
「………あ、マナムーさん。こんにちは。お勤めご苦労様でした」
ぺこり、と頭を下げるリエ。
「いえ、そのためにおりますから。………あの、リエ様」
「あっ! リンコ様、ご紹介します。こちら、マナムーさんです」
「…マナムー=テットンです。宜しくお願いします」
ぺこりと神官服、もとい、マナムーさんは頭を下げる。
余り関わり合いたくないような気もするんだけれど、疲れそうで。
さっきのアレを見てしまった後なだけに。
「それで、マナムーさん。こちら、リンコ様です」
「リンコ=マツナミです。こちらこそ宜しくお願いします」
「リンコ=マトゥナミ様とおっしゃられるんですか。ゆ……あ、いえ、何でもありません」
松がマトゥになってる事に疲れを覚えつつ、引き攣った笑みを浮かべるマナムーさんに軽く一礼した。
「あ、マナムーさん。おわかりと思いますけど、リンコ様が勇者様なんです! でも、そう呼ぶのはダメなので、リンコ様って言って下さいね」
勇者、その単語をリエが口にした瞬間、マナムーの顔から血の気がサッと引いた。
先ほどの光景を見てたら仕方ない反応かもしれないが、そこまで怯えなくてもいいと思う。
………それとも、当然の反応?
「え、あ、はい。そこは勿論。重々理解しております、リエ様」
「わ、本当ですかー。流石はマナムーさん、お耳が早いですねっ」
「いえ、大した事では…」
言いよどんでコチラをちらりと見やる。
殴ったりはしないから、そこまで怯えなくても………。
確かに、殴るって言った気はしないでもないけれど、本当に殴る訳ないのに。
例外を除いて。
「あの、それなら、リンコ様のお世話は、リエ様が?」
「はいっ!」
「そうですか。そうなると、リエ様の後任の方は……?」
「エル様が」
にこにこと告げられた呼称に、マナムーさんの顔が、というか動きが止まった。
そういえば、エル様って前にも聞いたけれど、誰なんだろう。
きちんと話を聞いてないのに飛び出しちゃったから、身内会話………とは、多分、違うだろうけど、そっちの話には付いていけない。
「元々、ミエルファ王女様の護衛は私以外にもおりましたから、問題ありません」
「護衛?」
「はい。あ、そういえば、リンコ様には詳しいお話がまだでしたね」
「うん。………とりあえず、戻ってから、お茶でも飲みながら教えてくれる?」
「わかりましたっ」
「ああっ!? お引止めしまして申し訳有りませんっ!」
ずさっと後ずさる。
………怯えられてる、完全に。
「別に気にしないで下さい。こちらこそ、先ほどは名乗らずに失礼しましたので」
「滅相もございません。後ほど、きちんとご挨拶に伺います」
「いえ、そこまでして貰わなくても…」
「そうですよー。それに、マナムーさんはこれから復興作業があるからそんな暇ないですよ、きっと」
暢気な声で告げたリエに、場の空気が固まった。正確には、マナムーさんの時間が止まった感じだけど。
うん、この子、空気読めないっていうか、読む気ない子に違いない。
1人納得し、マナムーさんに向き直って苦笑する。
「作業、頑張って下さいね」
「有り難うございます」
へこーっと頭を下げて踵を返した。
その背を見送るリエが、クスクス笑う。
「マナムーさんって本当に真面目なんですよ」
「確かに、そんな感じはするね…」
丁寧、というか。
「さて、それではリンコ様。戻りましょうか。お洋服の採寸もしないといけませんから」
「………採寸?」
「そうです。お洋服の話は、しましたよね?」
「うん。………そっか、そう、だよね。測るんだ…」
「はいっ。リンコ様、何着ても似合いそうですから、羨ましいです」
「いや、そんな事はないと思うんだけど……」
特に、アナタが今着ているような服は。
「そんな事あります! 愉しみですし、服飾師さんもきっと喜びます。作りがいがあるでしょうから」
「作っ………って、そこまでして貰わなくても」
「そういう訳にはいきません。流石に今すぐ着る物は既製品になりますけれど、リンコ様にはきちっとリンコ様だけのお洋服をご用意します。むしろしないといけません。失礼になります!」
拳を握り締めて力説するリエ。
何をそこまで熱くなるんだろうと疑問に思ったが、突っ込まずに曖昧な笑みを返した。
その後、城に戻った私が、リエから子供に解くようにこの世界の話を聞く事になるのだが。
私が些細な疑問を投げるたびに、白熱したリエが熱く語り返しては話が逸れ、結局、深夜遅くまで寝かせてもらえなかったというオチが付いた。
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15 タブーは“勇者”
ひくり、と顔が強張る。
ありえないくらい冷え冷えとした笑みを自分が浮かべているであろう事がわかった。
対峙するリーダー魔族さんの顔が一気に青褪めたから。
「…今、何か言った?」
声のトーンが更に下がっているのも仕様。
けれど。
沈黙したのは、リーダー魔族さんだけじゃなかった。
全体が。この場が。それと共に、痛いくらいの視線が自分に注がれているのを感じる。
他の人にも、リーダー魔族さん曰く“加護者”と思われてたんだろう。この髪の色で。
けれど、さきほどの発言で、眼も黒いのがバレた。
両方黒いとか、ありえないのだから。この世界では。
わかっていた筈なのに、ある意味。それでも、目の前のコイツが余計な事を言わなければ―――
「や、やはり、勇者だな! 我々は 「聞き飽きた」
気を取り直して、とでも言うように声を上げたリーダー魔族さんの科白を絶対零度の声で遮り、睨む。
再度、場が沈黙し―――――魔族の3人は、こちらを伺うようにして、再びブツブツと呟き始める。
この距離でも何を言っているのかはわからない。
「危ない、下がって!」
神官服の男が叫んだ。
その声に肩を竦めて返し、地を蹴った。
こんな茶番劇に付き合うつもりはない。
それに余計な一言を口にしている、ただ殴って黙らせるだけでは事足りない。
第一、やられる前に、やるのが当たり前。
……その思考が普通じゃないのかもしれないけれど、喧嘩を売ってきたのは向こうで、私はそれを買っただけだ。
即金で。
「“返すは紅蓮のほの”……ぐぁ」
とりあえずリーダー魔族さんは放置。
その右隣にいたヤツへと殴りつけて―――
「何でこっ……がは」
そのまま腕を掴んでもう片方に投げつける。
「馬鹿なっ!?」
リーダー魔族さんが叫んだ。
意図的としか思えない行動を私が取ったせいなのか、動きが見えなかったとか阿呆な理由のせいなのかはわからないけれど。
「文句ある?」
言いながら接近し、両手を広げて何かを呟こうとした顔面に膝蹴りをお見舞いしてあげた。
呻き声を上げながら反り返って倒れる躰を踏み台にして、その背後へと回り、背中を思いっきり蹴り上げる。
見事な勢いでもって空中へと飛んでいった。
もう人間じゃないね、コレ。
上空を仰ぎ見ながら、冷静に自己分析を下した。
そこまで痛くはなかったはずだが、呻き声が2つだけ、小さく耳に届く。
最初の2人はノックアウト済み、お星様になったリーダー魔族さんは―――――落ちて来たから軽く右に躰を反転しつつ後退し、落下を見届ける。
いい音をさせて落ちた後、ぴくぴくと痙攣しているのを見ると生きているようだ。丈夫に出来てるね、本当。流石は魔族。
しかし、動く様子は全く見えない。あれだけ飛べば無理もないのだろうけれど。
それから肩で息を一つ付いて、人々に向き直る。
彼等の表情を一言で現すなら、ぽかーん、といった表現が一番相応しい。
言いたくないけれど。
「あのね」
厭きれ返った声しか、口からは出なかった。
ゆっくりと彼等に歩み寄りつつ、とりあえず言いたい事だけを告げる事にした。
彼等が正気を取り戻し、余計な事を言い出す前に。
「相手攻撃が打たれるのを待ってる余裕がないのに、それをするって可笑しいと思わない? 攻撃をすでに仕掛けているのだから、全力でそれに応じるのが当たり前だと思うのだけれど?」
「―――わ、我々の力では、彼等の魔力に対する 「だから、何で相手が攻撃するのを待ってるの?」
場が沈黙した。
「すでに、攻撃を受けている。相手側には、危害を加えるという明確な意思表示がされている。それなのに、わざわざその機会を与えてどうするの? 魔力では叶わないというのなら、相手にそれを使わせる前にねじ伏せないとダメよ」
「……詠唱中に殴るなんて」
その声は背後から聞こえた。
「同じ事を何度言わせるつもり?」
うんざりしつつ振り返り、肩越しに睨む。
いつの間に意識を回復したのか、最初に殴りつけた魔族がそこにいた。リーダー魔族さんの傍らで、その身を起こすようにして。
思わず、溜息が漏れた。
リーダー魔族さんを抱き起こす姿を睨み付けながら来た道を戻るようにして、魔族へと近付いていく。
「詠唱を待て? 自分達で攻撃をしかけておいて何を偉そうな事を言ってるのよ。未熟者が」
「なっ……私達が誰だか知っていて、そんな科白を!?」
「知らないけれど。文句を言う暇が有るなら、同じ威力の魔法とやらを、もっと短い語句で使いこなせるようになる事を優先すべきでしょうし、それが普通。でもそれが出来ないからそんな長い言葉をぶつぶつと口にする必要がある人に対して、未熟以外に何と言いのかしらね。というか、自分で攻撃してきてるんだから、その時点で戦闘は開始されてるも同然。相手が対向して攻撃するもは必然でしょうに。寝言は、寝てから言いなさい」
すぐ傍まで歩み寄り、跪いたままの状態を見下ろして一気に言い切った。
黙り込む姿を一瞥し、左右を見回し、飛んでいったもう1人が身を起こすのを確認してから、視線を戻す。
それから、にっこりと笑みを浮かべた。
「今すぐ帰る? 続ける? 私はどちらでもいいけれど、次は手加減しないから、そのつもりで」
ひっ、と小さな声を上げて、勢いよくリーダー魔族さんを肩に背負うようにして立ち上がると一目散に橋へと走り出した。
それに続く1人、更に遅れて2人。
全員が橋を渡りきって、そのままの勢いで退散していく背中を見送った。
あそこまで過剰に反応されるとは思わなかった……。
正直、少し傷ついたのだけれど、気にしたら負けだと自身に言い聞かせる。
随分前にも似たような事があったのだから、今更、今更、と繰り返し、大きく肩で息を吐き出した。
それから、ゆっくりと振り返り、安堵の表情を浮かべる人々へと向かって再び歩き始める。
「さっきの続き、いい?」
互いに躰の状態を確認するようにしていた彼等の視線が、一気にこちらを向いた。
それに思わず立ち止まってから、自分も何も言わずに退散しておいた方が良かったのではと思った。
もう遅いけれど。
満面笑みで、神官(?)の3人が駆け寄って来た。
「一瞬で間合いを詰めるとは流石です」
「…有り難う。でも、言わせて貰っていい?」
「「「何なりと、勇者様」」」
3人が満面笑みで声をそろえて返した科白に、あからさまに眉を顰める。
それに対して、声と同じようにして、神官服の彼等は揃って半歩後ずさった。
「勇者って呼ばないで。でもも何もないから。今度口にしたら、殴る」
口を開きかけた3人に、何を言わせるでもなく―――実際は、言わせてなるものかと見据えるようにして早告ぎで科白を続けた。
口篭もるようにして、まるで親にしかられた子供みたいな顔が3つ並んだ。
それを見て、これって脅迫になるのかな、と一瞬だけ思ったが、この際そういう事は念頭から追いやる事にした。
それよりも言わないといけない事がある。
「さっきの5人組にも言ったけれど、あなた達にも言いたい。どうして相手が攻撃してくるのを待ってたの? あれだけ時間があれば、何らかの手を打てたと思うのだけれど。実際防げていたわけだし」
3人の顔が、ぽかーん、とする。
魔族と対峙していた時は非常に緊迫した雰囲気だったし、他の人達の傷の具合等を確認していた時も凄く真剣な表情をしていた。
それなのに。
こちらに向かう顔は、果てしなく情けない。
それ以外に言いようがないくらい、本当に同一人物なのかと疑うくらいに、情けなかった。
「魔力、多分に魔法の威力においても、普通に逃げた彼等の方が上なんでしょう?」
「はい、そうです」
「それなのに、アレだけ隙だらけだったのに、何もしようとしなかったのはどうして?」
「「「え?」」」
「さきほど見た限りでは、あなた達は、一般人を守るためにいたのよね? それなのに、戦おうとはせずに守りに徹していたのはどうして?」
「我々の力では、大きなダメージを与える魔法を放つ事ができません」
「相手が長い詠唱とやらをしてる間にも何も出来ないの? 攻撃を仕掛けてきたのは彼等。その時点で、戦闘開始はなされてるのだから、遠慮する必要はないと思う。隙があるなら、どうすればいいか、考えないとダメよ。防ぐだけが守る事じゃないし、自力で追い返すくらいの気概がないと」
「しかし、彼等はこれまでにも何度か来ていますが、こうして防いでいれば帰るので」
「今回はいつもと違う。それに気付いてて、そう言ってるの?」
場が沈黙した。
「建物しか破壊しない、しかも、生活には直接関係のないものばかり。そう聞いた。けれど、今回は違う、そうでしょう?」
無言の頷きが3つ返る。
「だったら、今までと同じでいい訳がないよね? 誰かれ構わずに攻撃するのはよくないけれど、少なくとも、あなた達の立場を考えて、一般人、この国の国民に危害を加え様とする相手に対して、ううん、危害をくわえた相手に対して、そのまま防いで帰るのを待つなんて可笑しいわよね」
「……これまで、そのような事を考える事がなかったもので」
「守りたいなら、防ぐばかりじゃなくて、時には牙を向く事も必要。もちろん、そんな必要がないのが一番なのだけれどね」
肩を竦めた私に、3人はやっと安堵したような笑みを浮かべる。
「確かに、その通りですね」
「何故これまで疑問にすら思わなかったのか、不思議です」
「言われてみれば、あの長い詠唱中に何らかの手を打てばよかったんですね」
「或いは、詠唱させなければよかったんだ。そうすれば被害はもっと押さえられた」
頷きあう姿に、苦笑いしか出なかった。
私としても、これまでそういう思考が働かなかった事が、不思議です。本当に。
けれど言いたい事は言ったし、この3人を見て、もう二度と、ああいった間抜けな光景が繰り広げられる事はないだろうと安堵する。
正直、そのままのノリでいかれたら、付き合い切れないレベルだから。
「それで、他の人達の傷の具合はどうなの? さっき見た限りでは防げていたけれど……あなた達も、酷くはなさそうだけれど……」
「我々はかすり傷ですから」
「火傷をかすり傷って言うのは違う気がするけれど?」
「いえ、この服は対魔法の法呪が編まれているので、見た目ほど酷い怪我はおっていません」
「物理攻撃に弱いのね」
「ありていに言えばそうなります」
苦笑する3人に、どうみても神官(?)にしか見えないのだが、多分、魔法使いという職業なのだろうと判断した。さきほども、言葉を紡いで火の玉を防いでたくらいだし。
対物理攻撃にも高い防御力を誇ってくれたら便利なのに、世の中はそう美味くはないらしい。
「それじゃ、私はこれで。悪いけれど、怪我を治すような魔法とか使えないから、もう役に立つ事もないだろうし。大きな実害が出なくて何よりだったわね」
「「「はい」」」
声を揃えて頷き、3人は姿勢を正した。
「有り難うございます」
1人がそう口にして、頭を下げ、残った2人がそれに続く。
最敬礼、そう呼ぶに相応しい状態を目にして、苦笑した。
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ひくり、と顔が強張る。
ありえないくらい冷え冷えとした笑みを自分が浮かべているであろう事がわかった。
対峙するリーダー魔族さんの顔が一気に青褪めたから。
「…今、何か言った?」
声のトーンが更に下がっているのも仕様。
けれど。
沈黙したのは、リーダー魔族さんだけじゃなかった。
全体が。この場が。それと共に、痛いくらいの視線が自分に注がれているのを感じる。
他の人にも、リーダー魔族さん曰く“加護者”と思われてたんだろう。この髪の色で。
けれど、さきほどの発言で、眼も黒いのがバレた。
両方黒いとか、ありえないのだから。この世界では。
わかっていた筈なのに、ある意味。それでも、目の前のコイツが余計な事を言わなければ―――
「や、やはり、勇者だな! 我々は 「聞き飽きた」
気を取り直して、とでも言うように声を上げたリーダー魔族さんの科白を絶対零度の声で遮り、睨む。
再度、場が沈黙し―――――魔族の3人は、こちらを伺うようにして、再びブツブツと呟き始める。
この距離でも何を言っているのかはわからない。
「危ない、下がって!」
神官服の男が叫んだ。
その声に肩を竦めて返し、地を蹴った。
こんな茶番劇に付き合うつもりはない。
それに余計な一言を口にしている、ただ殴って黙らせるだけでは事足りない。
第一、やられる前に、やるのが当たり前。
……その思考が普通じゃないのかもしれないけれど、喧嘩を売ってきたのは向こうで、私はそれを買っただけだ。
即金で。
「“返すは紅蓮のほの”……ぐぁ」
とりあえずリーダー魔族さんは放置。
その右隣にいたヤツへと殴りつけて―――
「何でこっ……がは」
そのまま腕を掴んでもう片方に投げつける。
「馬鹿なっ!?」
リーダー魔族さんが叫んだ。
意図的としか思えない行動を私が取ったせいなのか、動きが見えなかったとか阿呆な理由のせいなのかはわからないけれど。
「文句ある?」
言いながら接近し、両手を広げて何かを呟こうとした顔面に膝蹴りをお見舞いしてあげた。
呻き声を上げながら反り返って倒れる躰を踏み台にして、その背後へと回り、背中を思いっきり蹴り上げる。
見事な勢いでもって空中へと飛んでいった。
もう人間じゃないね、コレ。
上空を仰ぎ見ながら、冷静に自己分析を下した。
そこまで痛くはなかったはずだが、呻き声が2つだけ、小さく耳に届く。
最初の2人はノックアウト済み、お星様になったリーダー魔族さんは―――――落ちて来たから軽く右に躰を反転しつつ後退し、落下を見届ける。
いい音をさせて落ちた後、ぴくぴくと痙攣しているのを見ると生きているようだ。丈夫に出来てるね、本当。流石は魔族。
しかし、動く様子は全く見えない。あれだけ飛べば無理もないのだろうけれど。
それから肩で息を一つ付いて、人々に向き直る。
彼等の表情を一言で現すなら、ぽかーん、といった表現が一番相応しい。
言いたくないけれど。
「あのね」
厭きれ返った声しか、口からは出なかった。
ゆっくりと彼等に歩み寄りつつ、とりあえず言いたい事だけを告げる事にした。
彼等が正気を取り戻し、余計な事を言い出す前に。
「相手攻撃が打たれるのを待ってる余裕がないのに、それをするって可笑しいと思わない? 攻撃をすでに仕掛けているのだから、全力でそれに応じるのが当たり前だと思うのだけれど?」
「―――わ、我々の力では、彼等の魔力に対する 「だから、何で相手が攻撃するのを待ってるの?」
場が沈黙した。
「すでに、攻撃を受けている。相手側には、危害を加えるという明確な意思表示がされている。それなのに、わざわざその機会を与えてどうするの? 魔力では叶わないというのなら、相手にそれを使わせる前にねじ伏せないとダメよ」
「……詠唱中に殴るなんて」
その声は背後から聞こえた。
「同じ事を何度言わせるつもり?」
うんざりしつつ振り返り、肩越しに睨む。
いつの間に意識を回復したのか、最初に殴りつけた魔族がそこにいた。リーダー魔族さんの傍らで、その身を起こすようにして。
思わず、溜息が漏れた。
リーダー魔族さんを抱き起こす姿を睨み付けながら来た道を戻るようにして、魔族へと近付いていく。
「詠唱を待て? 自分達で攻撃をしかけておいて何を偉そうな事を言ってるのよ。未熟者が」
「なっ……私達が誰だか知っていて、そんな科白を!?」
「知らないけれど。文句を言う暇が有るなら、同じ威力の魔法とやらを、もっと短い語句で使いこなせるようになる事を優先すべきでしょうし、それが普通。でもそれが出来ないからそんな長い言葉をぶつぶつと口にする必要がある人に対して、未熟以外に何と言いのかしらね。というか、自分で攻撃してきてるんだから、その時点で戦闘は開始されてるも同然。相手が対向して攻撃するもは必然でしょうに。寝言は、寝てから言いなさい」
すぐ傍まで歩み寄り、跪いたままの状態を見下ろして一気に言い切った。
黙り込む姿を一瞥し、左右を見回し、飛んでいったもう1人が身を起こすのを確認してから、視線を戻す。
それから、にっこりと笑みを浮かべた。
「今すぐ帰る? 続ける? 私はどちらでもいいけれど、次は手加減しないから、そのつもりで」
ひっ、と小さな声を上げて、勢いよくリーダー魔族さんを肩に背負うようにして立ち上がると一目散に橋へと走り出した。
それに続く1人、更に遅れて2人。
全員が橋を渡りきって、そのままの勢いで退散していく背中を見送った。
あそこまで過剰に反応されるとは思わなかった……。
正直、少し傷ついたのだけれど、気にしたら負けだと自身に言い聞かせる。
随分前にも似たような事があったのだから、今更、今更、と繰り返し、大きく肩で息を吐き出した。
それから、ゆっくりと振り返り、安堵の表情を浮かべる人々へと向かって再び歩き始める。
「さっきの続き、いい?」
互いに躰の状態を確認するようにしていた彼等の視線が、一気にこちらを向いた。
それに思わず立ち止まってから、自分も何も言わずに退散しておいた方が良かったのではと思った。
もう遅いけれど。
満面笑みで、神官(?)の3人が駆け寄って来た。
「一瞬で間合いを詰めるとは流石です」
「…有り難う。でも、言わせて貰っていい?」
「「「何なりと、勇者様」」」
3人が満面笑みで声をそろえて返した科白に、あからさまに眉を顰める。
それに対して、声と同じようにして、神官服の彼等は揃って半歩後ずさった。
「勇者って呼ばないで。でもも何もないから。今度口にしたら、殴る」
口を開きかけた3人に、何を言わせるでもなく―――実際は、言わせてなるものかと見据えるようにして早告ぎで科白を続けた。
口篭もるようにして、まるで親にしかられた子供みたいな顔が3つ並んだ。
それを見て、これって脅迫になるのかな、と一瞬だけ思ったが、この際そういう事は念頭から追いやる事にした。
それよりも言わないといけない事がある。
「さっきの5人組にも言ったけれど、あなた達にも言いたい。どうして相手が攻撃してくるのを待ってたの? あれだけ時間があれば、何らかの手を打てたと思うのだけれど。実際防げていたわけだし」
3人の顔が、ぽかーん、とする。
魔族と対峙していた時は非常に緊迫した雰囲気だったし、他の人達の傷の具合等を確認していた時も凄く真剣な表情をしていた。
それなのに。
こちらに向かう顔は、果てしなく情けない。
それ以外に言いようがないくらい、本当に同一人物なのかと疑うくらいに、情けなかった。
「魔力、多分に魔法の威力においても、普通に逃げた彼等の方が上なんでしょう?」
「はい、そうです」
「それなのに、アレだけ隙だらけだったのに、何もしようとしなかったのはどうして?」
「「「え?」」」
「さきほど見た限りでは、あなた達は、一般人を守るためにいたのよね? それなのに、戦おうとはせずに守りに徹していたのはどうして?」
「我々の力では、大きなダメージを与える魔法を放つ事ができません」
「相手が長い詠唱とやらをしてる間にも何も出来ないの? 攻撃を仕掛けてきたのは彼等。その時点で、戦闘開始はなされてるのだから、遠慮する必要はないと思う。隙があるなら、どうすればいいか、考えないとダメよ。防ぐだけが守る事じゃないし、自力で追い返すくらいの気概がないと」
「しかし、彼等はこれまでにも何度か来ていますが、こうして防いでいれば帰るので」
「今回はいつもと違う。それに気付いてて、そう言ってるの?」
場が沈黙した。
「建物しか破壊しない、しかも、生活には直接関係のないものばかり。そう聞いた。けれど、今回は違う、そうでしょう?」
無言の頷きが3つ返る。
「だったら、今までと同じでいい訳がないよね? 誰かれ構わずに攻撃するのはよくないけれど、少なくとも、あなた達の立場を考えて、一般人、この国の国民に危害を加え様とする相手に対して、ううん、危害をくわえた相手に対して、そのまま防いで帰るのを待つなんて可笑しいわよね」
「……これまで、そのような事を考える事がなかったもので」
「守りたいなら、防ぐばかりじゃなくて、時には牙を向く事も必要。もちろん、そんな必要がないのが一番なのだけれどね」
肩を竦めた私に、3人はやっと安堵したような笑みを浮かべる。
「確かに、その通りですね」
「何故これまで疑問にすら思わなかったのか、不思議です」
「言われてみれば、あの長い詠唱中に何らかの手を打てばよかったんですね」
「或いは、詠唱させなければよかったんだ。そうすれば被害はもっと押さえられた」
頷きあう姿に、苦笑いしか出なかった。
私としても、これまでそういう思考が働かなかった事が、不思議です。本当に。
けれど言いたい事は言ったし、この3人を見て、もう二度と、ああいった間抜けな光景が繰り広げられる事はないだろうと安堵する。
正直、そのままのノリでいかれたら、付き合い切れないレベルだから。
「それで、他の人達の傷の具合はどうなの? さっき見た限りでは防げていたけれど……あなた達も、酷くはなさそうだけれど……」
「我々はかすり傷ですから」
「火傷をかすり傷って言うのは違う気がするけれど?」
「いえ、この服は対魔法の法呪が編まれているので、見た目ほど酷い怪我はおっていません」
「物理攻撃に弱いのね」
「ありていに言えばそうなります」
苦笑する3人に、どうみても神官(?)にしか見えないのだが、多分、魔法使いという職業なのだろうと判断した。さきほども、言葉を紡いで火の玉を防いでたくらいだし。
対物理攻撃にも高い防御力を誇ってくれたら便利なのに、世の中はそう美味くはないらしい。
「それじゃ、私はこれで。悪いけれど、怪我を治すような魔法とか使えないから、もう役に立つ事もないだろうし。大きな実害が出なくて何よりだったわね」
「「「はい」」」
声を揃えて頷き、3人は姿勢を正した。
「有り難うございます」
1人がそう口にして、頭を下げ、残った2人がそれに続く。
最敬礼、そう呼ぶに相応しい状態を目にして、苦笑した。
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14 哀しいお約束
どおおおん。
安堵の息を吐いた所で、ギャグとしか思えない音が聞こえた。
今度は何かと思いつつ頭を巡らし、
「有り得ない」
もう何度目になるかわからない科白を口にする。
視線の先には、高く高く天へと上る、火柱。
暫くして、それが消えて。
「本当、夢なら覚めて欲しい」
一人呟く。
けれどこれは哀しいくらい現実で。
どおおおん。
また同じ音がして、火柱が上がる。
それを眺めながらため息を一つ吐き出した。
「仕方ない」
大まかな方向しかわからないけれど、こことは違う方法―――多分に“魔法”とかいうものに部類する技なんだろうけれど。
火柱が上がっていた場所を目指し地を蹴った。
目的地はあっさりと見つかった。
定期的に上る火柱がいい目印になっていたから。とは言え、街の外れの方で、結構距離はあったけれど。
それよりも、問題は―――
「何がしたいのかわからない」
ため息混じりの正直な感想。
本気で茫然と立ち尽くした、何をやってるんだろう、と。
一定度の距離を保ち、街側と川側とに別れてる。
街側には、幾人かの人の姿。
そして、対する川側―――石造りの橋を背に立つ、非人間が5人。
「中々やるな!」
非人間5人衆の一人が声を上げる。
街を背に立つのは、3人。真っ白いコスプレ衣装に身を包み―――いや、その背後で怯えているふうの方々もそうなんだけれど。特にその3人は明らかにRPGに出てくるような、特殊な職業の服装。というかいわゆる神官服? 勿論、実際の神官が聞いたら怒りそうな気はするけれど。
「この程度で根を上げると思っているのか」
強気な発言だけれど、その姿は満身創痍という言葉がぴったりくる感じだし、表情には苦渋も見て取れる。
双方には何故か結構な距離が開いているから、互いの顔まで見えているかはわからないけれど。
「人間の魔力で魔族に叶うと思うな!」
非人間の1人が高らかに宣言し、5人衆が揃って何かをぶつぶつ言い始め、流石にそれは聞き取れなかったけれども、白い服の3人が何かに備えるようにして構え―――
「「「「「くらえっ!!」」」」」
見事なまでにハモった5人衆。
動作も綺麗に揃っていて、全員が同時に手のひらを前へと突き出し―――――炎が舞った。
「守りの壁!」
「「凪の風!」」
間髪入れずに白い服の3人が声を上げ、炎がその勢いを保ったまま進路を上空へと変えた。
同じように掌を突き出す姿は、向かい合う5人衆と等しい。
違うのは、3人は苦しそうっていうところ。
数秒の間をおいて炎が四散し―――
「中々やるな!」
―――以下、リピート。
補足しておくと、この光景が繰り返されるのは、私が此処へ着てから4度目。
正直な話、見飽きた。
額に手を当てて、重い息を大きく吐き出す。
そうしてる間にも、彼らは5度目の作業に移っている。
科白まで全く同じで、何がしたいのか本気で疑問。
その状態に何の疑問も抱かずに、進んでいるのもわけがわからない。
琥珀に言わせれば「それがお約束ってヤツだよ」で済む話なんだろうけれど、私は認めない。
戦闘状態になっているのに、相手の攻撃を待ってるだけなんて―――そういうターン制のゲームなら仕方ないかもしれないけれど。これはゲームではない。彼らにとっての、現実なのだから。
「もう、たくさん」
心の底からうんざりした声で呟き、静かに一歩を踏み出す。
そこが見える位置だったけれど、建物の影になっていて、今まで双方には気付かれなかった。
何か動きがあればと思って手を出さなかったけれどどうにも暫く終わりそうにはないし、何より、文句を言わないと気がすまないというか。
彼らからすれば緊張する場面、そこに横から暢気に歩いてくる姿は、どう見えたかはわからない。
ただ、互いに睨み合うのに夢中で全く気付いてない様子に思わず嘲笑したくなった。
横から攻撃されたらどうするつもりなんだろう、と。
「君、危ないから下がって!」
左側にいた白い服の男が叫び声を上げた。
私から見て一番近い位置にいたから、最初に視界の隅に入り込んだんだろう事はわかった。
けれど、それに従う義理も義務もない。
男の声に視線が集中するのを感じ―――というか、5人衆は見事に顔ごとこちらへ向けてるけれど。
「こんなお約束、必要ない」
ぽつりと呟いた私の声は、きっと届かなかった。
「危ないから!」
もう一度届いた声は別の男のモノだったが気にするでもなく、地を蹴った。
それが周囲にどう映るか、その結果は何となく予想は付いたけれども。
「ぐぇ」
小さなうめき声だけを残して、簡単に5人衆の一角は崩れ落ちた。
軽くとび蹴りしただけなのに一撃で沈むとは鈍いのか、肉弾戦に慣れていないのか、足元に伏した姿を見下ろしてため息を一つ。
「茶番は終了って事でいいかな?」
5人衆改め、4人衆へといい笑顔で問いかける。
情けないほど“ぽかーん”としか言い様のない顔を向けていたのだが、次いで、弾かれたようにその顔を驚愕したものへと変えた。
「おまっ!?」
「どもらなくても。それに、人を指差すのはいけないと思うけれど?」
「くそっ、コイツ…」
「全員でやるぞ!? いいか!!」
どうやらこの中でのリーダーは真ん中の非人間改め魔族さんのようだ。
「これでもくらえっ!」
リーダー魔族さんの声に合わせて残りの3人が躰ごとこちらへ向き直る。
それから4人衆は確認するようにして互いの顔を見やり、一つ頷き合ってから、両手を胸元で組んでぶつぶつと―――
「だから、それ、もういいから」
げんなりと呟く、5度目はいらない。
呆れ返った顔のまま3歩で間合いを詰めて、
「2人目」
腰を落とした体勢でその腹部目掛けて一発、一応の手加減をし―――――た、筈なんだけれども、哀れ勢い付いたまま後方へと吹っ飛んでいった。
どうにも加減が難しいらしい、この“力”とやらは。
苦笑する私の前で、自分達のすぐ側を仲間が飛んでいった4人衆改め3人衆は本気で茫然とした表情を浮かべている。
色々な意味で予想外だったんだろうけれど、それにしても―――
「詠唱中に攻撃? 何て真似をするんだ!!」
リーダー魔族さんから苦情を頂きました。
意味がわかりません。
「攻撃の態勢に入ってる状態で私が応戦してもそれは正当防衛。第一、殴って下さいと言わんばかりに隙だらけだったから、文句を言われる筋合いはない」
きっぱりと言い切る。
それが予想外だったのか、あからさまに動揺する3人衆。
何というか、凄く、私が悪者になったような気がするのはどうしてだろう。
「魔力による戦いというのは、己の持てる“力”を出し切り 「それって、始まる前から、人間よりあなた達の方が上だってわかりきってる事だよね? それなのに、試す必要ってあるわけ? 全然ないよね?」
場が沈黙した。
「それに第一、そっちが先に喧嘩を売ってるのに、相手の一撃が先にヒットしたからと言って文句を口にするのも可笑しい。だったら最初から手を出すなって話」
付け加えて、一歩を踏み出す。
それに合わせて後退する3人衆。
「相手の攻撃を待ってそれを受けてから自ターンとか、変身中やら呪文詠唱中とかは攻撃したらいけませんとか。そういう、特撮とかゲームみたいな“お約束”いらないから」
呆れ返った科白で告げながらも、ゆっくりと歩み寄る。
距離に変わりはない、同じように3人衆も後退しているから。
けれど、逃げ出そうとしない辺りはある意味で表彰できるかなと思っていた矢先、突然、リーダー魔族さんの目が大きく見開いた。
後退するのをやめてその場に踏み止まると、凝視するようにして私の顔を見つめる。
それに何となく嫌な予感がしたけれど、足は止めずに―――
「おまえ……加護者かと思ったが、その瞳…。―――お前が勇者か!?」
半ば茫然とした表情と声で、けれどもしっかりと、リーダー魔族さんは決して口にしてはならない科白を紡いでしまったのだった。
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どおおおん。
安堵の息を吐いた所で、ギャグとしか思えない音が聞こえた。
今度は何かと思いつつ頭を巡らし、
「有り得ない」
もう何度目になるかわからない科白を口にする。
視線の先には、高く高く天へと上る、火柱。
暫くして、それが消えて。
「本当、夢なら覚めて欲しい」
一人呟く。
けれどこれは哀しいくらい現実で。
どおおおん。
また同じ音がして、火柱が上がる。
それを眺めながらため息を一つ吐き出した。
「仕方ない」
大まかな方向しかわからないけれど、こことは違う方法―――多分に“魔法”とかいうものに部類する技なんだろうけれど。
火柱が上がっていた場所を目指し地を蹴った。
目的地はあっさりと見つかった。
定期的に上る火柱がいい目印になっていたから。とは言え、街の外れの方で、結構距離はあったけれど。
それよりも、問題は―――
「何がしたいのかわからない」
ため息混じりの正直な感想。
本気で茫然と立ち尽くした、何をやってるんだろう、と。
一定度の距離を保ち、街側と川側とに別れてる。
街側には、幾人かの人の姿。
そして、対する川側―――石造りの橋を背に立つ、非人間が5人。
「中々やるな!」
非人間5人衆の一人が声を上げる。
街を背に立つのは、3人。真っ白いコスプレ衣装に身を包み―――いや、その背後で怯えているふうの方々もそうなんだけれど。特にその3人は明らかにRPGに出てくるような、特殊な職業の服装。というかいわゆる神官服? 勿論、実際の神官が聞いたら怒りそうな気はするけれど。
「この程度で根を上げると思っているのか」
強気な発言だけれど、その姿は満身創痍という言葉がぴったりくる感じだし、表情には苦渋も見て取れる。
双方には何故か結構な距離が開いているから、互いの顔まで見えているかはわからないけれど。
「人間の魔力で魔族に叶うと思うな!」
非人間の1人が高らかに宣言し、5人衆が揃って何かをぶつぶつ言い始め、流石にそれは聞き取れなかったけれども、白い服の3人が何かに備えるようにして構え―――
「「「「「くらえっ!!」」」」」
見事なまでにハモった5人衆。
動作も綺麗に揃っていて、全員が同時に手のひらを前へと突き出し―――――炎が舞った。
「守りの壁!」
「「凪の風!」」
間髪入れずに白い服の3人が声を上げ、炎がその勢いを保ったまま進路を上空へと変えた。
同じように掌を突き出す姿は、向かい合う5人衆と等しい。
違うのは、3人は苦しそうっていうところ。
数秒の間をおいて炎が四散し―――
「中々やるな!」
―――以下、リピート。
補足しておくと、この光景が繰り返されるのは、私が此処へ着てから4度目。
正直な話、見飽きた。
額に手を当てて、重い息を大きく吐き出す。
そうしてる間にも、彼らは5度目の作業に移っている。
科白まで全く同じで、何がしたいのか本気で疑問。
その状態に何の疑問も抱かずに、進んでいるのもわけがわからない。
琥珀に言わせれば「それがお約束ってヤツだよ」で済む話なんだろうけれど、私は認めない。
戦闘状態になっているのに、相手の攻撃を待ってるだけなんて―――そういうターン制のゲームなら仕方ないかもしれないけれど。これはゲームではない。彼らにとっての、現実なのだから。
「もう、たくさん」
心の底からうんざりした声で呟き、静かに一歩を踏み出す。
そこが見える位置だったけれど、建物の影になっていて、今まで双方には気付かれなかった。
何か動きがあればと思って手を出さなかったけれどどうにも暫く終わりそうにはないし、何より、文句を言わないと気がすまないというか。
彼らからすれば緊張する場面、そこに横から暢気に歩いてくる姿は、どう見えたかはわからない。
ただ、互いに睨み合うのに夢中で全く気付いてない様子に思わず嘲笑したくなった。
横から攻撃されたらどうするつもりなんだろう、と。
「君、危ないから下がって!」
左側にいた白い服の男が叫び声を上げた。
私から見て一番近い位置にいたから、最初に視界の隅に入り込んだんだろう事はわかった。
けれど、それに従う義理も義務もない。
男の声に視線が集中するのを感じ―――というか、5人衆は見事に顔ごとこちらへ向けてるけれど。
「こんなお約束、必要ない」
ぽつりと呟いた私の声は、きっと届かなかった。
「危ないから!」
もう一度届いた声は別の男のモノだったが気にするでもなく、地を蹴った。
それが周囲にどう映るか、その結果は何となく予想は付いたけれども。
「ぐぇ」
小さなうめき声だけを残して、簡単に5人衆の一角は崩れ落ちた。
軽くとび蹴りしただけなのに一撃で沈むとは鈍いのか、肉弾戦に慣れていないのか、足元に伏した姿を見下ろしてため息を一つ。
「茶番は終了って事でいいかな?」
5人衆改め、4人衆へといい笑顔で問いかける。
情けないほど“ぽかーん”としか言い様のない顔を向けていたのだが、次いで、弾かれたようにその顔を驚愕したものへと変えた。
「おまっ!?」
「どもらなくても。それに、人を指差すのはいけないと思うけれど?」
「くそっ、コイツ…」
「全員でやるぞ!? いいか!!」
どうやらこの中でのリーダーは真ん中の非人間改め魔族さんのようだ。
「これでもくらえっ!」
リーダー魔族さんの声に合わせて残りの3人が躰ごとこちらへ向き直る。
それから4人衆は確認するようにして互いの顔を見やり、一つ頷き合ってから、両手を胸元で組んでぶつぶつと―――
「だから、それ、もういいから」
げんなりと呟く、5度目はいらない。
呆れ返った顔のまま3歩で間合いを詰めて、
「2人目」
腰を落とした体勢でその腹部目掛けて一発、一応の手加減をし―――――た、筈なんだけれども、哀れ勢い付いたまま後方へと吹っ飛んでいった。
どうにも加減が難しいらしい、この“力”とやらは。
苦笑する私の前で、自分達のすぐ側を仲間が飛んでいった4人衆改め3人衆は本気で茫然とした表情を浮かべている。
色々な意味で予想外だったんだろうけれど、それにしても―――
「詠唱中に攻撃? 何て真似をするんだ!!」
リーダー魔族さんから苦情を頂きました。
意味がわかりません。
「攻撃の態勢に入ってる状態で私が応戦してもそれは正当防衛。第一、殴って下さいと言わんばかりに隙だらけだったから、文句を言われる筋合いはない」
きっぱりと言い切る。
それが予想外だったのか、あからさまに動揺する3人衆。
何というか、凄く、私が悪者になったような気がするのはどうしてだろう。
「魔力による戦いというのは、己の持てる“力”を出し切り 「それって、始まる前から、人間よりあなた達の方が上だってわかりきってる事だよね? それなのに、試す必要ってあるわけ? 全然ないよね?」
場が沈黙した。
「それに第一、そっちが先に喧嘩を売ってるのに、相手の一撃が先にヒットしたからと言って文句を口にするのも可笑しい。だったら最初から手を出すなって話」
付け加えて、一歩を踏み出す。
それに合わせて後退する3人衆。
「相手の攻撃を待ってそれを受けてから自ターンとか、変身中やら呪文詠唱中とかは攻撃したらいけませんとか。そういう、特撮とかゲームみたいな“お約束”いらないから」
呆れ返った科白で告げながらも、ゆっくりと歩み寄る。
距離に変わりはない、同じように3人衆も後退しているから。
けれど、逃げ出そうとしない辺りはある意味で表彰できるかなと思っていた矢先、突然、リーダー魔族さんの目が大きく見開いた。
後退するのをやめてその場に踏み止まると、凝視するようにして私の顔を見つめる。
それに何となく嫌な予感がしたけれど、足は止めずに―――
「おまえ……加護者かと思ったが、その瞳…。―――お前が勇者か!?」
半ば茫然とした表情と声で、けれどもしっかりと、リーダー魔族さんは決して口にしてはならない科白を紡いでしまったのだった。
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