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This blog is Written by 小林 谺,Template by ねんまく,Photo by JOURNEY WITHIN,Powered by 忍者ブログ.
徒然なる、谺の戯言日記。
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 13 お試し期間


 落ちた時間は一瞬。
 けれど脳内では走馬灯――は、駆け巡らなかったけれど、足からいけば、何とか命は助かったりしないかな、とか安直な事を考えたりしていたわけで。

 どぐしゃ。ずずんっっ。

 どんな落下音よ……痺れたし。って、痺れた?

「―――生きてる…。よかった」

 よくわからないけれど、何とか無事に着地出来たみたい。
 それから上空を見上げる。
 顔は確認出来な―――見えるね。リエが青い顔をしてこちらを見下ろしているのが見て取れた。
 無事である事を告げる代わりに、手を振り返し―――

「大丈夫?」

 叫び声の主と思われる女の人を振り返った。
 何だか自分の目線が凄く高い位置にあるような気がしたけれど、それは今気にするべきところじゃない。
 振り返って目にしたその人は、何ていうか、茶色の柔らかそうな髪で、美人ってわけじゃないけれど可愛い感じの女性。驚いた顔のまま、無言でコクリと頷きを返してくれた。

 確かに、上からいきなり人が降って来たら驚くよね…。

 改めて自身の奇跡に感心した。
 勢いだけでやってしまったけれど、まさかアレだけ近くに聞こえた声が、こんな下の方からのものだとは思わなかった。というか、あんなに高いところにいたとも思わなかった、というか。

「危ないから、避難しててね」

 それに、一つの頷きと「ありがとう」と、小さな声を残して、よろよろと立ち上がった女性はそのまま逃げて行った。
 その背を見送って、私も安堵の息を吐き出す。
 色々な意味で、本当によかった…。

「なんだお前っ!」

 気が緩んだ私の背後で、声が上がる。
 何ていうか、ちょっと上の方から届けられる声。
 肩越しに振り返り……ああ、そういえば、と思い出す。
 例のドラゴンに乗った非人間がいたんだった、それどころじゃなかったから忘れてた。

「お前呼ばわりされる覚えはない」

 自然と声のトーンが下がる。

「いきなり出てきて何だ! 何て事してくれるんだよっ!!」
「何偉そうに上からモノ言ってるのよ、何様のつもり? か弱い女性相手に、格好悪いと思わないの?」
「お前の何処がか弱いんだ!」

 むかっ。
 確かに、私はか弱い部類には入らないだろうけど、初対面の癖に失礼極まりないでしょう、その科白。
 だいたい、私はさっき避難した女性の事を言ったのに。

「…確かに、私はか弱くないでしょうけれど。一般人の女性に対して、そんなモノに乗ってて襲いかかるなんてどういうつもりよ?」
「お前のことなんか襲ってないだろ!」
「さっき逃げてった女性の事よ」
「知らねぇよ!」
「……知らないで済むと思ってるわけ?」
「つーか何なんだよ、お前。そこどけっていい加減!!」

 何故か私の足元を指差して。
 しかも、どけって……何様よ、コイツ。しかも、きっちり襲ってるのをこの眼に見たのに。上からだけど。
 それに、助けてって叫んでたし、さっきの人。

「惚けようって事?」
「いいから、いつまで乗ってんだ! 早くどけっての!!」

 乗ってる?

 何故か必死になって訴えるその非人間は、どう見ても、人を襲って来てる風には見えない。
 というか、そういった緊張感がゼロなわけで。
 思わず、疑問のままに足元を見て、気付いた。
 そこには、上から叫ぶ非人間と似た姿の、やっぱり非人間と、ドラゴンが。

「……丁度いいところに落ちた、という事ね」
「何がだよっ!!」

 ヘンな落下音の正体は、つまりソレ。
 目線が高かったのも、このせいか。
 感触も何だか地面の割には柔らかいっていうか、足が痺れる程度ですんだもの、このせいかもしれない。

「五月蝿いわね、か弱い女性を襲ってたから天罰でしょ。実際上から落ちて来たんだし」

 言いながら躰ごと向き直り、上から見下ろすようにして叫んでるその姿を正面から見据える―――否、睨んだ。
 手加減する必要はないように思う。
 だって、人に危害を加えてるから。一方的に。
 これが戦争だっていうなら、正直関わりたくないけれど、魔王に組するこの方々は、何らかの勘違いを始まりとして、街へ攻撃を仕掛けて来ていた。
 誤解が解けるまで、と見逃していた。実際、国民の生活に直接結びつく被害が出てなかったせいだろうけれど。
 でも、今は違う。
 確かに人を襲っているのだ。
 今までとは明らかに、その行動に変化が出てる。

「つまり、自業自得って事」
「何がだっ! ―――って、お前……その、髪と眼の色。勇者!?」

 ぴしり。

 今、何かのたまった。
 睨んでいた私の顔は、今は多分、歪んだ笑みを浮かべてる。
 相手が明らかに怯んでるのがわかったから、間違いないだろう。

「本物だな、その色……。やっぱりか、やっぱり、ゆ 「勇者って言うなっ!!」

 ぼぐっ。

 一気に間合いを詰めて、思いっきり右の拳で殴りつけた。
 それから、普通に地に降り立つ。自然と躰が動いた。嫌な習性が付いてるな、と思いながら立ち上がる。

 ばきばきばき、どしゃっ。

 ………あれ? 上空にいた気がするのに、どうして殴れたんだろう?

 その疑問は、殴った後に湧いてきた。
 それから、殴った相手を確認しようと顔を上げて、思わず硬直する。
 幾ら思い切り殴ったとは言え、確かに、手加減するのも忘れたけれど、それはないよね?

 視線の先は、さっき落ちて来たのと同じくらい離れた場所の壁に埋まってる、非人間とドラゴンの姿。

「…有り得ない」

 思わず額に手を当てる。
 一つ目。上空に飛んでいた筈の相手なのに、普通に殴れてしまった。
 二つ目。あそこまで飛ばない。せいぜい、1、2メートルでしょう? 普通。
 三つ目。どうして壁に埋まってるのか。そんなコメディ漫画じゃあるまいし。

 ……どう考えても、可笑しいよね?

 今更ながらの自問自答。
 やってから言うのも何だけれど、流石に私、あそこまで動ける人間じゃなかった。というか、あんな事出来るってすでに人間じゃない気がする。
 その場飛びで、どう見ても5メートルくらい飛んでいた。
 可笑しい。これは、可笑しい。
 そもそも―――、一番初めからして可笑しかった。あの高さから落ちて、幾らクッション(酷)があったからと言って、無傷で済むわけがない。
 それに合わせて、あの距離を離れた人の顔を見分けられるほど、眼がよかったわけでもない。まぁ、悪くはなかったけれども。
 それに、人を、ドラゴンまでも、壁に埋め込んだりとか。出来るわけないし。

「―――つまり」

 呟く。
 導き出される結論は、哀しいくらいに一つだけ。
 ラッセルの言っていた、“力”、だ。
 その時々の情況によって、呼ばれて来る者によって、違える“力”。

「私は、コレって事ね」

 身体能力の向上。
 ううん、すでに向上なんていうレベルを超えている。今更の自覚だけれど。
 それによって急激な変化が齎されている筈なのに、自然と動いた躰。
 つまり、躰は、知っていた。
 それだけ動けるのだという事を自覚していた、当人が意識するよりも早く。

 はぁ、と溜息を吐き出すと、立っている辺りが影になった。

「今度は何よ?」

 見上げる。
 非人間が3人追加されていた。ばっさばっさと、背中の羽根で飛んでる。
 ………もう、何でもありだね。本当。

「勇者、発見!」

 ぴしり。

「オレが仕留める!」
「いやオレだ!」

 何故か、私そっちのけ言い合いを始める3人。
 これは宣戦布告と取っていいのよね?
 最初の科白からして、私に喧嘩を売っているのよね?
 やってきた3人で口論しているけれども。

 ……申し訳ないけれど、試させて貰う事にしようか。
 丁度、自分から出てきてくれたんだし、手加減はするにしても、どこまで動けるのか―――

「まてまて、相手は勇者だ。ナメてかかると痛い目を見るぞ。アイツみたいに」

 ぴき。

「ああ、そうだな。勇者だもんな」

 ぴきぴき。

「3人でかかれば勇者だろうと関係ない!」

 ぴきぴきっ。

「「「行くぞ、勇者!!」」」

 ―――流石に無理です。
 
「「「コレでも喰ら 「勇者って言うなっ!!!!」

 飛び上がる。
 勢いだけで、そのまま、丁度頭上に飛んでたヤツの顎にアッパーを食らわせて―――

「ぐぇ」

 怯んだソイツの頭を掴んで回転、右隣を飛んでる非人間目掛けて投げつけ―――

「ぐはっ」

 その勢いで、残った左隣の非人間目掛けて飛び蹴りをかました。

「何で!?」
「こっちの科白よっ!!」

 地に落ちる影が4つ。
 正確には、私だけは降り立った、という表現が似合うくらい、しっかり自分の足で立ってる。
 呻く声を上げて地に横たわる3人。

 ………よかった、生きてる。
 思わず勢いだけで殴りかかってしまったけれど、無事ならいい。
 呻いてるけれども、自業自得。
 私は、降りかかる火の粉を払っただけ。
 とりあえず、わりかしいい感じに動ける事はわかった。
 もう少しきちんと見てみないと、限界とかはわからないけれど、これなら全くの役立たずで終らなくて済みそうだと一安心した。



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 12 急転直下


 儀礼的だけれど、挨拶を済ませて。
 笑顔の二人を前に、私はとても――自分にとって――重要な事を思い出した。

「―――後、今更言う事でもないだろうけど、勇者って呼ぶのは止めてね。周りに不必要に広めるのも」
「ええ、そこは重々に。お役目名だけでずっとお呼びするのは、失礼に値しますから」
「…リンコ様。でも、内緒にしてても、色でわかっちゃうと思います」

 リエの暢気な科白に、場が硬直する。

「リ、リエ、それは……言ってはダメではないですか。せっかくリンコ様がやる気になって下さったのに」

 青白い顔を、更に青褪めさせてラッセルが呟く。
 何だか目眩を覚えている風に見えるのは、外見のせいだけじゃないだろう。
 私も同じ気分だし。

「…何か、被るモノとかないかな? 帽子とかフードとか。せめて髪の色だけでも誤魔化せれば……片方だけなら、ありえるんでしょ?」
「リンコ様、服でもわかっちゃいますよ? 着替えないと」

 にこにこと、リエ。
 そうか、確かにそうだね。私のこの格好では、確かに目立つ。明らかに外から―――国外、という意味でなくて―――来た人だろうから。
 ラッセルの顔色が更に悪くなっている気がするけれど、そこはスルー。
 この人の外見を気にしてはいけない。琥珀と同じだね、気にしたら負ける。
 精神的に。

「ですから、私がリンコ様に似合いそうなお洋服をご用意させて頂きますね!」

 ガッツポーズを決めて、すっごく嬉しそうに宣言しました。
 何でそんなにやる気なんだろう、このコ。
 勇者の傍仕えってそんなに名誉あるのかな……うん、確かに話に聞いただけだと、凄い事みたいだけれど。
 それでもリエの表情とか雰囲気は、何だか大げさ過ぎるように見えるのは私が彼女をよく知らないからであって、コレが地なんだろうか…。
 浮き沈みの激しい、色見本みたいなコだな。
 琥珀みたい。
 ……いや、話を聞いてくれる分、琥珀よりはマシかもしれない。

「……なるべく、目立たないのをお願いね」
「はいっ! リンコ様、好きな色とかありますか?」
「特にないけど……派手な色は余り好きじゃないかな。落ち着く色がいいかも。強いて言うなら、部屋のカーテンくらいの色とか」
「そうですかぁ」

 途端に残念そうな顔になりました。
 一体どんな服を想像してくれちゃってたんでしょう、このコ。少しだけ、不安が…。
 私も似たような顔を多分しているのだろう―――、苦笑いのラッセルが、リエと私を交互に見つめてから、私に向かい一礼する。

「そ、それでは。リンコ様、私は失礼させて頂きま―――」

 どっがぁんっ。

 続く地響き。というか、地震?
 それだとさっきの音が証明できない、かな…?

「…何?」

 揺れが収まってから聞いてみる。
 二人は何とか体勢を維持したようで、私の声に、困ったように顔を見合わせる。

「多分、いつものアレかと」
「アレ?」
「魔族の方が魔法を撃ってるんじゃないかなと思います」
「建物に対してだけですので」
「何でそんなに冷静なの…?」

 激しく目眩を覚える。
 これだけ揺れているのに、気にしないってかなり問題ではなかろうか?

「ここは、ああいった攻撃を受けても何ともないので」
「王城を囲むように神殿があるので、守りが行き届いているので、少し揺れるくらいですから」

 暢気な声が二つ返った。
 なるほど、そういう事ね。納得出来ないけれど、納得するしかない。
 私の常識は、この世界ではどうやら通用しないらしいから。
 尤も、一番の疑問点は、王城を囲む神殿、に尽きるのだけれど。
 ファンタジーにはある話かもしれないけれど、普通は、逆のような気がするんだけれども…?

「…そう、それで、いつものアレ、なのね」
「「はい」」

 困ったような返事が二つ返り、再び、轟音と地響き、当然のように揺れる。
 さきほどよりも激しく。
 すってん、とリエが尻餅を付いた。

「大丈夫?」
「あ、はい…なれてますから」
「……そう」

 照れ笑いを浮かべるリエを助け起こしながら、苦笑いを返す。慣れてるって、いつも転んでるのね。
 ……っていうか。
 私の気のせいじゃなければ、何か違う音も混じってるような気が? ―――じゃない。
 何で、こんな情況を放置してるのよ!

「やっぱり可笑しいから!!」
「「はぃい??」」
「こんなのほおって置いていいわけないでしょ!」
「しかし、国民に被害は 「五月蝿い! そういう問題じゃないの!! 国民に被害は出てなかろうと、家に被害は出てなかろうと、攻撃されてる事実にはかわりないんだから、放っておくのは可笑しいわよっ!!」

 ラッセルの科白を遮って一思いに叫ぶ。
 ……何でかな、リエ? どうしてそんなキラキラした乙女みたいな顔してるの? いや、実際乙女なんだけれども。しかも可愛い。でも、何かな、何か違うような気がするのは私の気のせい?

「とにかく、可笑しいよ、コレ。それに、城に攻撃されてるっていうけど、何か違う音も聞こえるし」
「音、ですか?」
「別に何も聞こえないですよ?」

 二人は互いの顔を見合わせるように、疑問符を投げかける。

「耳が悪いんじゃ―――って、待ちなさい! 何が国民に被害が出てないよ!!」

 聞こえた。確かに、聞こえた。
 耳が悪いんじゃないって言おうとした私の耳には、確かに。

 叫び声が。

 慌てて走り出す。
 ああ、もう。天蓋付きのベットなんて邪魔なだけじゃない。布団だったら飛び越えれば済むのに。
 私の突然の行動に、二人は驚いたように固まるだけだったけれど、気にしてる余裕はない。
 あの声、凄く切羽詰った感があった。
 薄手の白いカーテンを払い、その向こうにあった窓を―――開いてる、から、そのまま走り抜けて。
 ベランダ? テラスって言った方が雰囲気に合う気がするけれど、直線距離にして約10メートル…って無駄に広い、ここ。無駄が多い、無駄が。

「あの向こう、か」

 声がするのは、その先。
 柵? 塀? どちらでもいい。とにかく、その向こうから聞こえるのだ。
 ざっと、眼で確認。その高さ、多分、1メートル50センチ程度。―――いける。

「リンコ様っ、危ないです!!」

 リエの悲鳴にも似た声が背後から聞こえたけれど、気にする余裕はない。
 というか、大丈夫。心配ご無用。
 あのくらいの高さなら、助走があれば飛び越えられるのは経験済み。……したくしてした経験ではないけれども。

 勢い付いたまま、走り、飛び上がり、縁に手をかけてその向こうへと身を翻し―――

「なっ…!!」

 私の視界に広がったのは、長々と続く城壁にも似た、建物と、遥か下方に見える地上だった。
 その距離、推定50メートル、多分きっと。
 これは死んだかもと思うよりも先に、私の目は哀しい事に、見覚えのあるドラゴンと、その背に乗った非人間と、それを前にして叫び声を上げている女の人を捕らえていた。

 助けるどころか、私が死にそう……。
 そう思いながら、無情にも、重力に従い、私は落ちた。



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 11 “黒”


 全部、思い出した―――。
 それはつまり、コレは夢でもゲームでもなくって、間違いなく現実だという事。
 思わず、頭を抱える。

「リンコ様…、やはり、どこか痛みますか?」

 不安げにリエが聞いてくる。
 正直言えば頭が痛い。現状に対して。
 でも、それを言ったところでこの人達には意味を成さないし、何より、この現状を招いた張本人が目の前にいるんだから。

「大丈夫。ちょっと、頭の整理を付けてるだけ」
「そうですか…」
「許容をオーバーしてるけれど、言っても仕方ないから。とりあえず、現状を把握させて」

 視線をラッセルへと向ける。

「もう一度確認していい?」
「…はい」
「本当に私が勇者なの? その、言いたくないけど……一緒にいた、琥珀という可能性は? 私、呼ばれた覚えも答えた覚えもないから」

 けれど、琥珀ならありそうだ。
 馬鹿正直に、呼ばれたら返事しそうだし。そもそも、どう呼びかけたかは知らないけれど、「勇者様、助けて下さい」なんて言われたら、琥珀だったら喜んで返事しそうだから。

「リンコ様で間違いありません」

 しっかり、きっぱりと断言してくれました。

「どうしてそう言いきれるの? 二人って、可笑しいんでしょ?」
「はい。伝えによれば、確かに一人だけです」
「それなのに私だって言い切れるのはどうして? 文字だって完全に認識出来てないのに」
「リンコ様が黒髪黒眼だからです」

 はい?
 何、その答え。自信満々に言われても、黒髪なんて、日本人なら当たり前だし、別に珍しいものでもない。

「どうして髪と瞳の色で決めるのよ…」
「この世界では、基本的に、その二つの色に“黒”を持つ者は生まれません」
「え…?」
「“黒”は創造神にだけ赦された色なのです。全てのものが交じり合って生まれる色、それが“黒”です。つまり全てに通じる色であり、逆を言えば、全てがそこより生じた証だからです」
「いないって事?」
「基本的といったように、創造3柱の加護を受けてて生まれてきた者達は、髪ないし瞳、どちらかの色に“黒”を持ちます。決して“黒”を持つ者が生まれないわけではありません。唯一の例外として、魔王だけは、“黒”の髪と額に第三の眼をその証として持ちますが、通常の位置にある瞳は“黒”ではありません。つまり、髪と瞳、その両方に“黒”を持つ者は決して生まれないのです。その姿を持つのは、創造3柱が具現化した時のみです」

 つまり、この世界で、髪と眼が“黒”ってのはイレギュラーって事で。
 日本人が来たら、みんなイレギュラーじゃない…。

「って、待って。琥珀だって髪も眼も黒よ?」
「そうですか? 従者の方は、赤い髪をしていたと認識しておりますが」
「………そういえば」

 そう、あのバカ。仮にも社長なんだから色をどうにかしろって言ったのに。
 学生気分のまま、真っ赤な頭のままだった。

「あれ、染めてるだけなんだけど…?」
「髪の色を変える、というのはありますが、この世界において、その本質に通じる、加護を受けた色を変える事は出来ません」
「でも外から来た場合だと、例外って事にならない?」
「確かに、あの方がお一人で来ていればそうなるかもしれませんが。リンコ様は見事な漆黒の髪と瞳でいらっしゃいますから」

 にこやかに断言されてしまいました。
 隣でリエがコクコクと頷いてるし。
 どうあっても、私が勇者説を考え直す気はないようだ。

「……そう」

 深く息を吐き出しながら、頷く。
 これはもう、言っても無駄だと自分自身に言い聞かせる。
 言いたい事は山ほどあるけれど、こうなってしまったのでは仕方が無い。
 強制だし、かなり不本意だけれど、諦めるしかない。

「わかった。最後に一つ、聞いていい?」
「はい、何なりと」
「私達は、帰れるの?」

 その科白に、二人の時が止まる。
 リエが何故か哀しそうな顔でこっちを見てるけれど、私としてはこれは聞いておかないといけない。
 向こうでの、これまでの生活があるし、何より、会社の事が心配だから。
 社長と秘書が揃って行方不明とかシャレにならないし、ヘンな噂が広まったりでもしたら私立ち直れないし。
 ……そういえば、トラックと事故ってたし。
 あれ、どうなったんだろう?
 無人の車にトラックが突っ込んだ、とかになってるのかな……うう有り得ない。私の愛車が。

「…ラッセル、でいいんだよね? どうなの?」
「結論だけを言えば、帰れます」
「すごく引っかかる言い方だけれど?」
「私達を助けて下さい」
「それは、つまり、そうするまでは、帰れない…というよりは、帰す気がないって事ね」
「申し訳ありません」
「もっと頼りになりそうな人を呼んだ方がいいと思うのだけれど」
「いいえ。私は、私達を助けて下さる方を願いました。結果、それに答えて来て下さったのが、リンコ様達なのです。今、私達にとって、尤も頼りになる方なのですよ」
「………それは、過去話に影響され過ぎというか、私を過大評価しているというか」
「そうですね。私にとっては遥かなる過去の話に過ぎません。しかし、エル様にとってはほんの少し前の話ですから、間違いはありません」

 にこやかに、本当ににこやかに微笑んでラッセルはそう告げた。
 何度か出てきている“エル様”というのが誰なのか気になるところだけれど、それ以上にラッセルの見た目の方が気になった。
 その笑顔は病弱そうな外見とあいまって、何ていうか……実際は健康でかなり元気な人なんだろうけど、果てしなく気弱な男の沈痛な願い、にしか見えなかった。
 ……こういう男が宰相の任に付いてるのって、アレかな。見た目で相手の心理を揺さぶるためなんだろうか。
 そんな不敬な事を考えてから、一つ息を吐き出す。

 さて、覚悟を決め様。
 これはもうやるしかない事、決定事項なのだ。
 何のために呼ばれたのか、大国クレッセリオスに対して、という事だけれど、具体的にはまだ先の話のようで、よくはわからない。
 わからないけれども……やるしかないのだ。その、勇者とやらを。
 でなければ、私達は帰れない。
 ああ、そうだ。
 間抜けにも誘拐された―――私を庇ってのことだけれども、結果としては私を崖から突き落として攫われたのだから、間抜け以外に言いようがない琥珀を、助けに行かないといけない。
 私独りで帰っても意味はないのだ。
 琥珀も連れて帰らなければ。何より、お爺様に頼まれている事だし、あんなでも社長だし。

「…わかった。勇者、ね……かなり不本意だけど、要求を飲むわ」

 二人の顔が途端に、嬉しそうなそれに変わった。

「ただし、一つだけ言わせて」
「「はい?」」
「私は特に何が出来るってわけじゃないから、本当に、期待はずれになると思う。けれど、一度やると決めたからには、私に出来る範囲で精一杯やらせて貰うから。…何ていうか、何もしてないのに言いたくないけれど、それでも結局役に立てなかったら、ごめんね」

 肩を竦めた私に返ったのは、何故か満面の笑みだった。

「リンコ様、有り難うございます」

 ラッセルが深々と頭を下げる。

「リンコ様、これから宜しくお願いしますね」

 花を撒き散らせて、可愛らしくリエが続いた。

「こちらこそ、宜しく」



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 10 有り得ない話


「それで最後が、新人歓迎会の話」
「おお。ちゃんっと考えておいたよ、それ」
「そう、ならいい。簡単な流れはそんなところ」
「ってそれだけ!? こう、どんなの考えたのー? とかさぁ」
「別に後で聞くから」
「えええ、冷たいなー。ま、みんなで楽しめるって事でボーリング大会に」
「聞いてない。付け加えるなら、それボツだね」
「ええ、何で!?」
「去年やったから」
「がふっ」

 妙な声を上げる琥珀をそのままに、腕時計を見てから窓の外を眺める。
 うん、この分なら会議には間に合いそう。後10分もすれば付くだろうし。

「遅刻しないですみそう、良かった」
「何がっ!? 全然よくないよ! あーどうすんだよっ、今から考え直さないと」
「前見て運転に集中」
「やってるよ!」
「遊びなんて琥珀の得意分野じゃない」
「褒められてる気がしない…」
「褒めてないから」
「ぐっ……琳子が冷たい。にしても~どーすんだ、コレ、ちゃんと考えてないと怒られるってじぃちゃんに聞いたんだけど?」
「そう。怒られるよ」
「マジでか。……ううむ」
「多いとは言わないけど、一丸となって一つの事となると多い人数になるか――――!?」

 躰が急激に右に持っていかれた。

「ちょっ、琥珀!?」

 何ハンドル切ってるの、と言う間も、必要もなかった。
 振られてすぐに上げた顔、その視界に移ったのは、左に斜めになって突っ込んでくる車体、というか、トラック。
 ぶつかる、とか、危ない、とか、そんな思考が回るよりも先に、激突。
 聞きたくない音と、衝撃だけが躰を襲って―――――今度こそ、死んだかな、と。

 白い間だけが残って―――。

 残って―――ん?
 痛みがこない、圧迫感がない。
 即死って事かな、これは。というか、何でそんな事考えてるんだろう、私?
 それに。
 衝撃の瞬間、確かに、あの嫌な臭いがしていた。エアバックが作動した結果の、硝煙臭。火薬臭いというか。今はそれがない。
 嗅覚も麻痺したか、それともやっぱり―――

「琳ちゃん、琳ちゃん!」

 五月蝿い。
 琥珀、琳ちゃんて呼ぶなって言って―――はい?

「ごぁ」

 妙な音が聞こえたが、それはさておき。

「何処よ、ここ…」

 目を開けた。というか、開けられた。
 生きてる喜びを噛み締めるよりも、視界に広がった光景に思わずそんな科白が口から出てた。

「琳ちゃん、痛い…」
「その呼び方止めてよ」

 顎を摩りながら涙目で訴える琥珀。
 オートカウンターが働いたのは久しぶりだ。
 そもそも人が寝てるところを邪魔しに来る琥珀を迎撃していたのが始まりだけれど。お陰様で、寝てる時でもかすかな物音で目を覚ますようになったし―――て、そんな忌まわしい過去を振り返っている場合ではない。

「それで琥珀?」
「うん?」
「ここ、何処?」
「オレも知らない」
「トラックとか、車の残骸とかは?」
「わかんない」

 周囲を見回すと、左手には木立、それ以外は囲むようにうっそうとした森だけ。
 ここがぽっかり空いてるのは謎だけれど。
 足元というか、この空いている空間にあるのは、土、それから雑草。補足すると、私と琥珀。

「生きてるよね?」

 言いながら、すぐ傍に座り込んでいた琥珀の頬を抓ってみる。

「いだっ! いだだ、いだいって」
「天国とか夢じゃないみたいね」
「何でオレで確認するんだよー」

 後退して右頬を摩りながら口を尖らせる。

「そこに琥珀が居たから」
「うわ、何だよそれ! オレは山じゃないぞっ!!」
「怪我もしてない、と」
「スルー!?」
「…あ、きちんと立てるし。大丈夫そう」
「放置されたっ!?」
「―――琥珀、少し静かにしてよ。現状把握しないと、会議に遅れる」
「いや、そういう問題じゃないと思う」
「ハンドルを左に切ったのは、トラックが突っ込んできたからよね?」
「そこから入るの!?」
「いいから答える」
「…そーだよ。だけど、ぶつかったし、急ブレーキも何も間に合わなくて…」
「なら過失割合は向こうのが大きい、と」
「そういう問題!?」
「これは重要。会議にも遅れるだろうし、責任はしっかり取ってもらわないと。―――とはいえ、生きてるから別にいいんだけどね。車もないし」
「いいの!?」
「だって前回は死にかけたのよ、私。忘れたとは言わせない」
「……ごめん」
「それにしても、ここ、何処なんだろう。見覚えもない。琥珀は?」
「オレもわかんない」
「困ったわね。会議に遅刻確定か」
「まだ拘ってるの!? もういいじゃん、どうしようもないんだし!!」
「社長自らそんな事言わない。無責任過ぎる」
「いや、そーじゃなくて、だってしょうがな―――って、何だありゃぁああ!?」

 私を通り越して、その背後、というか、あからさまに空中を指差して、妙な雄叫び。
 私はというと、思案中なんだけれど。
 放置したいけど、そういう訳にも行かないのが、社長とその秘書な私達の関係というか。

「琥珀、さっきから五月蝿い。少し黙って。もしかしたら忘れてるだけで、知ってる場所なのかも」
「いや! それどころじゃないって!! だいたい、普通の道路走ってて事故って、ヘンなとこで目を覚ますってありえないからっ!! 高速なら落下とかも可能性はあるけど、それ死んでるって!」
「…それだと、やっぱり、死んだ? ここは天国とか? 有り得ない」
「さっき生きてるって確認したじゃんか! って、だからそうじゃないってば!! 琳ちゃん、あっち! あっち見てよ、あれっ!!」
「だから五月蝿い。もう少し静かに 「だから、アレっ!!」

 がっと両肩を掴んで私を180度回転させる。

 ごすっ。

「何だって言うの?」

 隣で腹部を押さえて屈み込んだ琥珀をそのままに、息を吐き出しつつ視線を上げて―――

「鳥にしては大きいね」

 そのままの感想を口にしてみた。

「そーだよ。何かデカイし、変な形してるし、飛んでるし」
「……何か乗ってる」
「人―――じゃないっつーか、鳥じゃねーっ!!!」

 思わず、頭を抱える。
 夢だ、これは悪い夢だと。

「琳ちゃん、琳ちゃん、アレ何に見える?」

 何故か、凄く嬉しそうな琥珀の声。
 答えたくない。

「なぁなぁ、アレってドラゴ 「それ以上口にしたら、殺す」

 ぽつりと呟いた。
 それ以上言われてなるものか、アレは想像上の生き物であり、実在しない存在である。
 それが今、飛んでる。正しくは、こちらに向かってきている―――ように、見える。

 悪夢、だね。うん。きっと、これは夢に違いない。
 まだ布団の中だ、きっと。自室で寝てる。
 これから会社での苦労を考えて、きっと琥珀が夢に出て来てて、しかもヘンな苦労をしている、と。
 そうに違いない。

 瞼を閉じる。
 起きないと、今日は会議があるから。
 それに、こんなヘンな夢はごめんだし、第一、夢の中でまで琥珀に苦労させられるなんて冗談じゃない。

「り、り、りりり琳ちゃっ!」
「何、黒電話の真似してるの?」
「ちがっ! そうじゃなくてっ」

 ひゅん。
 
 風を切る音。
 すぐ耳元を、何かが飛んでいった。

「り、琳ちゃ」
「……夢の中でまで琥珀に苦労させられるなんて」
「ひど! じゃなくて、そうじゃないって。これ夢じゃないからっていっぱいきたー!?」
「もういい。勘弁して、早く起きないと」
「だからちがっ!!」

 叫びながら、押し倒されて。

「…ったぃ、何す―――…は?」

 腰を打った。
 補足するなら何でかへばりついてる琥珀のせいで、激突の瞬間の衝撃は大きかったわけで。
 でもそれ以上に。いや、文句は言おうと思ったけれども。
 上体を軽く起こした私の目に入ったのは、さきほどまで立っていた辺りに、大量に突き刺さっているモノ。それから、琥珀の右足、ふくらはぎに刺さってる―――矢。

「ちょ、琥珀。足!」
「…うん、痛い」
「そういう問題じゃないでしょ!?」

 薄っすらと血が滲み出てる。
 止血しないと、それから応急手当。矢を抜いて―――矢?

「何で矢?」
「それ何弁?」

 ごすっ。

「…琳ちゃん、オレ、怪我人」
「それだけ元気なら大丈夫でしょう。―――とりあえず、足見せて、足」
「あ、うん。…いや、無理、そんな暇なさそう」
「何を寝惚けてるのよ、どういう構造かしらないけど、血が流れてきて 「あれ」

 指差すのは、“アレ”のいた方向。

「目の錯覚、それは」
「いや、全然錯覚じゃないよ! だいたい、矢だって、アイツが!!」
「アイツって…」

 首を巡らす。
 ……言いたくないけれど、その、何だろう。
 認めたくはないけれど、空を飛んでる、まぁ、西洋の竜。所謂ドラゴン。ギリギリ、そこはギリギリね。
 でも、そこに乗ってる人―――じゃ、ないよね。認めたくないけれど。
 躰が緑で耳が尖ってて、背中に躰と同じ色した羽根がある人間なんか、いないから。

「構えてるね」
「琳ちゃん、何でそんなに冷静な…」
「あ」
「あ、じゃねーっ!!」

 ひゅん。

 互いに離れて、正確には転がってだけれど、矢を交わす。
 あの音はこれだったのかと、今更確認してみたり。

「り…琳ちゃん、あれって」
「どういう訳か狙われてるようね。琥珀の好きな展開じゃない、よかったわね」
「いや、そういう問題じゃ!? だいたい、アレ人間じゃないよっ!!」
「見ればわかる、認めたくないけれど」
「来た、来たっ。ドラ―――…デカイね!!」
「もういいよ、言いたいなら言っても」
「オレ、ドラゴンってはじめてみたよっ!!」
「嬉しそうに言うな!」

 ごすっ。

「ぐっ…。2メートルはあろうかという距離を一気に縮めるとは、流石、琳ちゃん…」
「余計な事は言わなくていいから」

「見付けた…」

「何かしゃべった!?」
「見付けたってどういう事?」
「うぉっ! 何で琳ちゃん通じてんの!?」
「何でって 「やはり、お前か」

 日本語なのに、通じて当たり前。
 けれど、それを琥珀に伝えるよりも先に、相手の声が。

「私の科白を遮ってお前呼ばわりとはいい度胸」
「琳ちゃん、急に戦闘モードはいってん…ごふ」

 とりあえず、五月蝿い琥珀を黙らせておいて。
 キャラが壊れてるとか、もういい。そんな事を気にしている暇はない。

「―――それで? いきなり矢を射るとはどういう了見? 琥珀が間抜けにも怪我したじゃないの」
「はは、なるほど。流石と言ったところか」
「意味がわからないわね。第一、上から見下ろして何様のつもり?」
「近付くと何をされるかわからんからな。―――しかし、そうか。距離があれば手も足もでない、か」

 何も持ってないから、言わなくてもわかりそうな気がするけれど。
 押し黙った私に高笑いが返る。

「降りて来なさいよ」
「断る」

 言うと、矢を再び構える。

「バカじゃ、ないみたいね」
「―――って、琳ちゃん、何言ってるの!? ていうか会話してんの!?」
「そちらの赤い頭は何だ? ペットか? きゃんきゃん賑やかだな」
「似たようなモノね。別にいらないのだけれど」
「え、何が!?」
「はは、面白い女だ。だが、女とは……意外だが、これも与えられた役目。しかと真っ当する事にしよう」
「女女と、人を馬鹿に…」
「ええ!? 琳ちゃん、意味わかんな 「あんたは黙ってなさい」
「馬鹿にしたつもりはなかったが、それは失礼したな」

 その顔、あきらかに馬鹿にしてるじゃないの。

「琳ちゃん、またあんたって言ってる!」
「五月蝿い。今、それどころじゃ…」
「矢ーっ!?」
「耳元で大声出さないでっ…―――て、邪魔っ!」

 ばきっ。

「琳ちゃん、すげー」
「へぇ」

 ……成せば、なる。
 いや、こんな事、別に成し遂げたくはなかったんだけれど。
 ぽとりと落ちる、二つに割れた矢。
 飛んできた矢、どうして叩き割れるかな、私。

「さっすが、琳ちゃ…またいっぱい!?」

 その声に視線を“それ”へと向けて、

「有り得ない…」

 心底そう思う声音。どちらかというと疲れた感が大部分を占めているけれど。
 相手は口元を歪めて、いや、そこは別にもういい。いいんだけれども―――周囲に矢が浮いてるのは、どういう事?

「何、大人しくしていれば致命傷は避けられる」

 くぃ―――、手を動かす。
 その動作だけで、矢は解き放たれた。

「冗談…」
「琳ちゃん、あぶないって!」

 呟く私に、叫ぶ琥珀。

 どんっ。

「オレが何とかするから、琳ちゃん逃げて!!」

 突き飛ばしながら、そんな科白。
 生まれて初めて聞いたんだけれど、琥珀の口からそんな科白。
 
 がさっ、パキパキ。

 ああ、木立の方に突き飛ばされたんだな、と。
 何故か視界に映ったのは空、木立に埋もれるように沈む躰、自然破壊の音がする。
 ごめんね、枝さん。何の植物か、わからないけれど。
 更に、妙な浮遊感が―――

「―――え?」

 肩越しに視線を走らせて、理解した。
 感動してる場合じゃなかった。
 それどころか、やっぱり琥珀は疫病神で―――

「何で崖なのっ!?」
「ええええええっ!?」

 叫んだ私に、驚きの声が返り。慌てて傍にあった木立の枝を掴むけれど。
 きっと、琥珀から見たら私はその科白を残して消えたように見える訳で。

「り、琳ちゃ、ごめんっ! すぐ助け 「ごめんですむわけないでしょーっ!!」

 ぱきんっ。
 世は無常。
 むしろ、太い木の枝だったらよかったのに、木立の細いそれに、私が支えられるわけもなく。
 間抜けな叫びを残して、私は見事に落下した。



 そうして、気付いたらこの部屋にいた。
 つまりこれは現実であって、ゲームではないという事。

 何なの、これ…。
 有り得ない。

 今日何度目になるかわからない科白を内心吐き出して、私は頭を抱えた。



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 09 繋がる記憶


 私が思案するように押し黙り、場が静かになった。
 決して、私が薄笑みを浮かべていたからではない筈。

「リンコ様。言い忘れましたが」
「何?」
「もう一つ、根拠があります。リンコ様が勇者だという、確かな根拠…というよりは、証ですね」
「何?」

 ぴくりと“勇者”という単語に眉が攣りあがる。
 言った本人もわかっていて口にしたのだろうけど、何故か苦笑していた。

「言葉が通じます」
「はい?」
「リンコ様のいた世界と、ここは違える世界ですよね?」
「……世界、というか」

 ゲームの中だから、違うのは当たり前というか。

「確かに、違う。知らない国名が出てるし、魔王までいるから」
「リンコ様のいた世界には、魔王はいなかったのですね」
「いないね」
「では、魔族や、竜族や、精霊や 「いないから」
「……リンコ様のいた世界って不思議なところですね」

 何故かキラキラした目をしているリエがぽつりと呟いた。
 俗に言う夢みる乙女みたいに。

「不思議というか、私にとってはそれが普通なんだけれど。それで、それがどうかしたの?」
「え、ああ…。この世界で使われている言語は、リンコ様のいた世界で使われていた言語と違うものなんです。それなのに言葉が通じている、会話が成立するという事が、証拠です」
「…どこらへんが?」
「召喚の儀式の際に扱う“陣”には、この世界の言語を理解するというものが組み込まれておりますから」

 それは便利機能。
 でも、ストーリーが矛盾しているのに、こういうところはきちんと説明がある。
 やっぱり可笑しい、これ……。

「それで会話が成立する、と?」
「ええ、そうです。文字も読める筈ですよ」

 にこやかにそう告げて、懐から折りたたまれた紙を一枚取り出した。
 芸が細かい、ヘンなところの芸が。別にいらない説明だと思うんだど、これ…。
 いや、確かに、自身が異世界へ行ってしまった、というのを体感できるという意味では、有りかもしれないが。

「どうぞ」

 きちんと開いたその紙を、短い科白と共に差し出して。
 何だかな、と思いつつ受け取る私。
 そこまでは、良かったんだけど。

「どうかなされましたか?」

 苦笑して紙を受け取った私の顔が、それを目にした途端、怪訝そうなものに変わり、訝しげな声をラッセルが上げる。
 どうしたもこうしたもない。

「―――読めない」

 間を置いて、きっぱりと私は答えた。
 見たこともない文字が連なっている。真面目に読めない。
 英語とかならまだ少しは…って気がするけど、何語よ。これ。
 強いて言うなら、パピルスに書いてあったエジプト文字に似てるけれど。象形文字って言うんだっけか?
 それを丸文字で書きました、みたいな文字。
 読めるわけない。

「まさか!」

 何故か大慌てのラッセル。
 私から紙を取り戻して、何故か私と紙を交互に見つめている。
 何故か蒼白――元々だけど――さらに青褪めたような顔になっている。今度こそ倒れそう。
 そこまで慌てる事? プログラムに欠陥が見つかってる時点で、こういう自体があっても別におかしくないし。
 ……ああ、そうか。NPCとしては当然の反応―――

「って、ちょっと待って。そういう反応しないよね、普通。スルーするでしょ、スルー」
「何をおっしゃいますか、召喚の儀式の“陣”には、確かに言葉も通じ、文字も読めるよう文言が刻まれているのですよ。それなのに読めないなんて有り得ません。儀式が失敗……いや、けれど、リンコ様はここにいらっしゃるし…」
「ラッセル様、落ち着いて下さい」
「リエ、これは由々しき事態ですよ、そのように暢気な―――ああ、そうか!!」

 弾かれたように叫び声を上げる。
 倒れそうと心配していた私は当然驚いたけれど、何故か傍にいたリエまでぎょっとしたような顔をしている。
 
「わかりました、そういうことですね」
「いや、何が?」
「本来“一人”しかいないはずの勇者、その召喚の儀式。現れるのは一人だけなのです、それなのにリンコ様には従者の方がいたからですね。おそらく、文字に関する内容がお二人それぞれにわかれて継承されているのではないかと」
「…待って。一人って? 元々従者付きじゃないの?」
「いえ、一人です。儀式に応じて現れるのは、勇者、ただ一人です」
「それってどういう事…? 設定ミス…?」
「設定、とは?」
「こちらの話だから気にしないで。それより、元々、一人なのは間違いないのね?」
「はい、確かに。―――申し訳ありません、私が遅れたばかりに」

 心底申し訳なさそうな顔。
 病的な外見にプラスされて、今にも死にそうな表情になる。
 思わず心配しそうになるけど、リエはそんな事ないし、ここまでで彼はそういう外見で中身は健康と認識してるから大丈夫……ていうか、わかってても不安になる。倒れないか、この人(?)。
 でも、今、それより気になるのが、何度か出てる、その言葉。

「いや、それは別にいいんだけど……。遅れたってどういう事?」
「はい。思えば、こちらへ出る場所がずれていたのですから、その時に気付くべきでした」
「ずれてた?」
「はい。本来ならば、この城の中庭に現れるはずだったのですが」

 そんな目立つところに出なくてよかった、そう内心呟いた。

「それがずれてヘンなところに出たから、私は気絶してたって事?」
「いえ、違いますが」
「私、気絶してたのよね? 実際、気付いたらここで寝てたんだし」
「―――リンコ様、覚えていらっしゃらないんですか?」

 何故か驚いた顔をされる。
 いや、名前を名乗ってる時点で記憶喪失とかじゃないってわかると思うけれど…。

「記憶喪失じゃないけど?」
「いえ、そうではなく。リンコ様、崖から落ちたんですよ?」
「はい…?」
「儀式は成功したのに、お姿が見えないので、慌てて検索の魔法をかけたんですが」

 魔法……そこはRPGっぽぃ。
 魔王がいるからあってもいいのか、それは。

「国の南方にいると反応が出たので、すぐ迎えに行ったのです。魔王の手の者が襲いかかっている姿が見えて、お助けしなければと思ったところで、リンコ様が崖から落ちて」
「…間抜けな」
「そこで私は、リンコ様の落下地点へと回り込み無事に助けられたのですが……その後で崖の上まで浮上してみましたところ、従者の方を連れ去る魔王の手の者の姿が、その、すでに遥か遠くへ」
「……魔王の手の者ってどうしてわかるの?」
「見覚えのある方でしたから」
「街を襲ってたっていう人?」
「いえ、何度かここへもいらっしゃった事のある、外交をされている、魔王の側近の方です」
「……何だかな。何でそんな人が誘拐?」
「多分、この国の地理に詳しいからではないかと」
「納得出来るような、出来ないような……」

 しかし、崖から落ちた?
 そこはかとなく、そんな夢を見たような気がするけれど…。
 あれは夢だろうし、いや、でも言われてることに符号する個所が多いから、このゲームのオープニングというヤツなのかもしれな―――

「待って。私、いつ付けた?」
「「はい?」」
「あ、ごめん、違う。こっちの話。少し待って、頭の整理してるから」

 適当に誤魔化して。
 ここがゲームの中だとして、その住人にゲームとか言っても無駄だろうから。

 私、大切な事を忘れてる。
 まず、あのゲームをプレイするにはそれなりの装置をつける必要があるという事。
 とはいえ、インカム付きのヘッドギアと手袋と足首と、センサーのついたモノつけるだけなんだけど。
 私はそれを付けた覚えがない。
 寝てる間につけられる可能性はゼロ。私はそういうのに敏感で、些細な物音でも目を覚ますから。……睡眠薬でも盛られたら起きないだろうけど、流石にそこまではしないだろうし。
 そうするなら、起きてる時。でも自分で付けた記憶がない。
 第一、どうしてスーツ姿なのかわからない。
 これって、こういう服装ってプログラミングされてるって事だよね?
 RPGには有り得ない服装。
 それに、スカートだし。私はきちんと女性でここにいるし、経った時の目線の感じがいつもと同じだった。
 そうすると、最初から、これは私に合わせてプログラミングされたってことになる。
 でも、その可能性は有り得ない。
 そもそもテストプレイヤーをどうするか、という話を会議で―――

「あ、れ…?」

 茫然と、本当に茫然と呟いた。

 会議に出席した記憶がない。
 でも、出社するの時に着てたスーツ姿なわけで。
 そもそも、それすら夢で、今もまだ布団の中で寝てる―――わけはないね。
 私は水を飲んだ。喉を通り抜ける、あの冷たい感覚は夢では有り得ない。
 そもそもこんなに意識のはっきりした連続性のある夢は有り得ない。
 だから、これは夢じゃない。
 夢じゃないなら、これは何?
 体感RPG、という答え以外見つからないけど、私はそのための装置をつけた記憶がない。
 どういう事?
 記憶が混乱してる、自分の記憶が怪しい。どこからが現実でどこからが―――ああ、これが体感RPGの欠点だった。区別が付かなくなる。
 それなら記憶がないけど、知らない間にあれを付けてるって事になる。
 そんな馬鹿な話、あってたまるか。
 最悪。本当に最悪だ、自分の記憶すら曖昧になるなんて。
 落ち着け、落ち着け、落ち着いて―――

 私、事故ったんじゃなかったっけ?

 唐突に出てきたそれに、有り得ない事だけれど、やっと、記憶が繋がった。

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