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This blog is Written by 小林 谺,Template by ねんまく,Photo by JOURNEY WITHIN,Powered by 忍者ブログ.
徒然なる、谺の戯言日記。
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 08 やっぱりマトゥ


「人違いしてますよ」

 声のトーンは、自分でも驚くくらい、低かった。
 無理もないけれど、琥珀以外にこういう声を出したのは初めてかもしれない。

「いいえ、間違いありません」
「私はそんな名前ではありません」
「ええ、存じております。あくまであなたを指す言葉であり、あなたの名前では確かにありませんね」

 見た目は軟弱というか病弱そうなのに、中身は違う。むしろ、絶対、性格悪いな、と。

「ですが、あなたがそうである事は、間違いありません」
「根拠は?」
「神託の元、エル様のお力をお借りして儀式を執り行い、呼び声に答えて現れたのが、あなた方だからです」

 和やかな笑みを浮かべ、幽霊、じゃなくてラッセルと名乗った男はそうのたまった。
 神託? エル様って誰? しかも儀式って……。
 でも、待って、それよりも。

「呼び声に答えた?」
「はい」
「身に覚えがない」
「ですが、確かに。答えなければ、ここへは来られません」
「……それって、召喚とかそんな儀式?」
「はい。よくご存知ですね」

 微笑んで頷く。

 ゲーム?

 そう思った瞬間、私はある事を思い出した。
 そう、そういえば、だ。
 止めた方がいいと私は思っていたけれど、筆頭に上げて頑張ってた、あの体感RPG。確か、主人公というか、コントロールするキャラ設定は、確か“勇者”だった筈だ。
 国の名前は違った気がするけれど、私が知ってるのは最初の企画の段階での内容だし、ストーリーは変わっている事もあるだろう。
 つまり、そういう事か。
 知らない間に、被験者、もとい、テストプレイヤーになっているという。
 あれだね、これは絶対、琥珀の仕業に違いない。他の社員、もとより開発部の人達がこんな事をする訳ないし。
 終了したら殴って、その後で説教だ。
 何て事するんだろう。
 むしろ今すぐ終らせるべきか――

「勇者様、それと、一つ、お詫びしなければならない事があります」

 黙り込んだ私に、言葉を続けるラッセル。
 NPCに間違いない。
 こちらのアクションに対して、決められた科白を口にする。それが終るまでは止まらない、と。

「従者の方ですが、私の迎えが遅れたため、魔王の手の者に連れ去られてしまいました。申し訳ございません」

 頭を下げた。それはもう、心底申し訳なさそうに。
 ああ、こういうストーリーなのね。
 連れがいるのか、なるほど。
 そして魔王とか。何だ、お決まりの勇者が魔王を倒してハッピーエンド?
 そういう在り来たりな話じゃなかった気がするんだけど、琥珀の趣味色に変わったのか。
 それで行くと、勇者を倒して、その従者とやらを連れ戻してエンディング、従者が死んだらバットエンディングとかになるんだろうな。

「あの、勇者様…?」
「え、ああ、聞いてるから大丈夫。それで、助けて欲しいっていうのは、その魔王を倒してくれとかそういう事?」
「いえ、そこまでは」
「はい?」
「以前は交易も盛んで、別段何も問題なく国を行き来するのも可能だったのですが。半年ほど前に突然、一方的に交易、往来、手紙のやり取りすら出来なくなりまして」
「はぁ?」
「時を同じくして、襲われるようになりまして。最初は何か勘違いをされているのでは、と、文書を送っていたのですが、どういう訳か、もう騙されない、といった趣旨の返信しか頂けず…」
「意味わかんない…」
「ええ、我々としても困り果てておりまして」
「そうじゃな…―――まさか、それで私を呼んだとかそういう事?」
「いえ、違います」
「って、違うの!?」
「大国クレッセリオスが」

 どんな設定よ、それ。
 しかも新しい単語、大国クレッセリオス。大国と付いてるからには、それはもう大きい国なんだろうけど。
 でもね…。

「……魔王より、そっち?」
「ええ、彼はとても良い方ですから。きっと何か勘違いをされているのではないかと」

 魔王が良い方って……どんなゲームなんだろう?
 確かに王道ではないかもしれないけど……。
 ああ、そうか。この人、見た目が非人間だから、そっち関連の人なのか。それならわかる。

「誤解が解ければ、元通りだと思いますので、そう気にしてはおりません。……勿論、問題が全くないという訳ではありませんが」
「問題あるなら、気にしようよ…」
「今のところ、建物以外への被害がありませんので」
「そういう論点なの? 十分問題だと思うけれど? そもそも、建物への被害って何?」
「ええ、魔王の元にいる方が幾人かでやって来ては、街に攻撃を 「それ十分問題じゃない!!」

 叫び声を上げた私に、2人がぱちくりと目を瞬く。

「しかし、国民に被害は出ておりませんし。食生活に結びつくところへの攻撃はありませんから」
「街に攻撃って、生活に支障が出ない?」
「それが、街を囲む塀や、集会場といった集合施設だけですから」
「何、それ…。意味がわからない」
「ええ、我々にもわからないのです。ですから困り果てておりまして」
「それは確かに、困るね。どう対処すればいいのかが」
「ええ」

 頭が痛い。絶対ボツだね、これ。

「―――ちょっと待って。それで、その、従者? 連れ去られたって、魔王の手の者って言ったよね?」
「はい」
「どうして? その、呼んだ原因が、大国クレッセリオスにあるなら、魔王側の人が連れ去るのって可笑しいよね? その大国クレッセリオスの―――て、名前が長い。その大国の人が連れてくならわかるんだけど?」

 ダメダメだね。
 プログラムエラーとかそういう次元じゃない、ストーリーが矛盾してる。
 ボツ確定。

「それは、わかりかねますが…おそらく」
「おそらく?」
「勇者様の従者だからではないかと」
「却下」
「「はい?」」

 2人揃って疑問符を上げた。
 どういう理屈になるのか、それは。魔王が良い人なのに、勇者の従者だからって連れ去るって意味不明すぎる。

「あなた達に言ったわけじゃないから。気にしないで」
「……では、誰に向けて?」
「バカに向けて」
「はぁ…?」
「ま、いいや。とりあえず、いいかな?」
「はい、何なりと」
「勇者って呼ぶの止めてくれる?」
「………。いえ、しかし、そうですから」

 またこのパターンか。
 しかもこちらは、断言してるし。

「そう呼ばれるの好きじゃないから」
「しかし、事実そ 「しかしもかかしもない。止めてくれる?」

 睨むようにして科白を遮る。
 面倒な、もしかして毎度毎度この訂正をしないといけないって事?

「私には松浪琳子っていう名前があるから、そちらで」
「マトゥナミリンコ様ですか」
「あんたもかっ!!」

 思わず叫んだ私に、2人揃ってびくりと反応し、ラッセルは困ったように苦笑して、リエは―――何故か目を輝かせていた。

「―――琳子。そっちが名前で、性が松浪」
「では、リンコ=マ 「いや、もういいから、それは」

 げんなりとした私の科白に続いた聞き覚えのあるフレーズを思いっきり遮った。
 何度も何度も同じことを……。
 “マトゥ”じゃなくて“松”、私の名前は純日本語の漢字。
 遮られた当の本人であるラッセルはぱちくりと目を瞬いてるけれど。

「それで、私は何をすればいい訳?」
「当面は身を潜めていただき、その間、できれば国の復興作業などを手伝って頂けると嬉しいのですが」
「はぁ? ちょっと待って、そのために呼んだ訳? それって別に勇者じゃなくたっていいじゃない? むしろ、建設関係の職人を呼びなさいって話だと思うけれど?」
「当面は、ですから」
「……その後は?」
「大国クレッセリオスの当国への侵攻を防いでいただければ、と」
「………無理じゃないかな、それ?」
「いえ、ゆ―――リンコ様でしたら、出来ます」

 言い直した、今。“ゆ”って言ってから訂正した。
 本当に宰相なんだろうか、この人(?)。

「根拠は?」
「リンコ様が、応じてここへ来てくださった方だからです」
「それって根拠になるの?」
「はい。―――過去にも召喚の儀式を執り行った事が、確かに記されております。存亡の危機にあった国を救ったと。そのための“力”を持った勇者が、儀式に答えて現れるとありましたので、間違いありません」
「……“力”って」

 そもそも、呼ばれた覚えがない。
 勿論、答えた覚えもないのだが。

「その時々によって違えるようですので、何とも言えませんが」
「わからないの?」
「はい。リンコ様はどのような“力”をお持ちですか?」
「……聞かれてもわからないけど。そもそも、私はただの一般人だから」
「いいえ、儀式に答えて現れましたので、間違いなく…………。一般人ではないかと」

 妙な間が開いた。「勇者様ですから」とか、入るから?

「一般人である事を、ここでも否定されるとは…」

 呟く。
 高校時代にはさんざ否定されたけれど。後にも先にも、あの時だけだ。
 琥珀……やっぱり殴ってやる。説教してやる。オマケに座禅も付けてやるわ、覚えてなさいよ。
 自分がやりたいって言ってたのに、私を使うとはいい度胸よね、本当。



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