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This blog is Written by 小林 谺,Template by ねんまく,Photo by JOURNEY WITHIN,Powered by 忍者ブログ.
徒然なる、谺の戯言日記。
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 10 有り得ない話


「それで最後が、新人歓迎会の話」
「おお。ちゃんっと考えておいたよ、それ」
「そう、ならいい。簡単な流れはそんなところ」
「ってそれだけ!? こう、どんなの考えたのー? とかさぁ」
「別に後で聞くから」
「えええ、冷たいなー。ま、みんなで楽しめるって事でボーリング大会に」
「聞いてない。付け加えるなら、それボツだね」
「ええ、何で!?」
「去年やったから」
「がふっ」

 妙な声を上げる琥珀をそのままに、腕時計を見てから窓の外を眺める。
 うん、この分なら会議には間に合いそう。後10分もすれば付くだろうし。

「遅刻しないですみそう、良かった」
「何がっ!? 全然よくないよ! あーどうすんだよっ、今から考え直さないと」
「前見て運転に集中」
「やってるよ!」
「遊びなんて琥珀の得意分野じゃない」
「褒められてる気がしない…」
「褒めてないから」
「ぐっ……琳子が冷たい。にしても~どーすんだ、コレ、ちゃんと考えてないと怒られるってじぃちゃんに聞いたんだけど?」
「そう。怒られるよ」
「マジでか。……ううむ」
「多いとは言わないけど、一丸となって一つの事となると多い人数になるか――――!?」

 躰が急激に右に持っていかれた。

「ちょっ、琥珀!?」

 何ハンドル切ってるの、と言う間も、必要もなかった。
 振られてすぐに上げた顔、その視界に移ったのは、左に斜めになって突っ込んでくる車体、というか、トラック。
 ぶつかる、とか、危ない、とか、そんな思考が回るよりも先に、激突。
 聞きたくない音と、衝撃だけが躰を襲って―――――今度こそ、死んだかな、と。

 白い間だけが残って―――。

 残って―――ん?
 痛みがこない、圧迫感がない。
 即死って事かな、これは。というか、何でそんな事考えてるんだろう、私?
 それに。
 衝撃の瞬間、確かに、あの嫌な臭いがしていた。エアバックが作動した結果の、硝煙臭。火薬臭いというか。今はそれがない。
 嗅覚も麻痺したか、それともやっぱり―――

「琳ちゃん、琳ちゃん!」

 五月蝿い。
 琥珀、琳ちゃんて呼ぶなって言って―――はい?

「ごぁ」

 妙な音が聞こえたが、それはさておき。

「何処よ、ここ…」

 目を開けた。というか、開けられた。
 生きてる喜びを噛み締めるよりも、視界に広がった光景に思わずそんな科白が口から出てた。

「琳ちゃん、痛い…」
「その呼び方止めてよ」

 顎を摩りながら涙目で訴える琥珀。
 オートカウンターが働いたのは久しぶりだ。
 そもそも人が寝てるところを邪魔しに来る琥珀を迎撃していたのが始まりだけれど。お陰様で、寝てる時でもかすかな物音で目を覚ますようになったし―――て、そんな忌まわしい過去を振り返っている場合ではない。

「それで琥珀?」
「うん?」
「ここ、何処?」
「オレも知らない」
「トラックとか、車の残骸とかは?」
「わかんない」

 周囲を見回すと、左手には木立、それ以外は囲むようにうっそうとした森だけ。
 ここがぽっかり空いてるのは謎だけれど。
 足元というか、この空いている空間にあるのは、土、それから雑草。補足すると、私と琥珀。

「生きてるよね?」

 言いながら、すぐ傍に座り込んでいた琥珀の頬を抓ってみる。

「いだっ! いだだ、いだいって」
「天国とか夢じゃないみたいね」
「何でオレで確認するんだよー」

 後退して右頬を摩りながら口を尖らせる。

「そこに琥珀が居たから」
「うわ、何だよそれ! オレは山じゃないぞっ!!」
「怪我もしてない、と」
「スルー!?」
「…あ、きちんと立てるし。大丈夫そう」
「放置されたっ!?」
「―――琥珀、少し静かにしてよ。現状把握しないと、会議に遅れる」
「いや、そういう問題じゃないと思う」
「ハンドルを左に切ったのは、トラックが突っ込んできたからよね?」
「そこから入るの!?」
「いいから答える」
「…そーだよ。だけど、ぶつかったし、急ブレーキも何も間に合わなくて…」
「なら過失割合は向こうのが大きい、と」
「そういう問題!?」
「これは重要。会議にも遅れるだろうし、責任はしっかり取ってもらわないと。―――とはいえ、生きてるから別にいいんだけどね。車もないし」
「いいの!?」
「だって前回は死にかけたのよ、私。忘れたとは言わせない」
「……ごめん」
「それにしても、ここ、何処なんだろう。見覚えもない。琥珀は?」
「オレもわかんない」
「困ったわね。会議に遅刻確定か」
「まだ拘ってるの!? もういいじゃん、どうしようもないんだし!!」
「社長自らそんな事言わない。無責任過ぎる」
「いや、そーじゃなくて、だってしょうがな―――って、何だありゃぁああ!?」

 私を通り越して、その背後、というか、あからさまに空中を指差して、妙な雄叫び。
 私はというと、思案中なんだけれど。
 放置したいけど、そういう訳にも行かないのが、社長とその秘書な私達の関係というか。

「琥珀、さっきから五月蝿い。少し黙って。もしかしたら忘れてるだけで、知ってる場所なのかも」
「いや! それどころじゃないって!! だいたい、普通の道路走ってて事故って、ヘンなとこで目を覚ますってありえないからっ!! 高速なら落下とかも可能性はあるけど、それ死んでるって!」
「…それだと、やっぱり、死んだ? ここは天国とか? 有り得ない」
「さっき生きてるって確認したじゃんか! って、だからそうじゃないってば!! 琳ちゃん、あっち! あっち見てよ、あれっ!!」
「だから五月蝿い。もう少し静かに 「だから、アレっ!!」

 がっと両肩を掴んで私を180度回転させる。

 ごすっ。

「何だって言うの?」

 隣で腹部を押さえて屈み込んだ琥珀をそのままに、息を吐き出しつつ視線を上げて―――

「鳥にしては大きいね」

 そのままの感想を口にしてみた。

「そーだよ。何かデカイし、変な形してるし、飛んでるし」
「……何か乗ってる」
「人―――じゃないっつーか、鳥じゃねーっ!!!」

 思わず、頭を抱える。
 夢だ、これは悪い夢だと。

「琳ちゃん、琳ちゃん、アレ何に見える?」

 何故か、凄く嬉しそうな琥珀の声。
 答えたくない。

「なぁなぁ、アレってドラゴ 「それ以上口にしたら、殺す」

 ぽつりと呟いた。
 それ以上言われてなるものか、アレは想像上の生き物であり、実在しない存在である。
 それが今、飛んでる。正しくは、こちらに向かってきている―――ように、見える。

 悪夢、だね。うん。きっと、これは夢に違いない。
 まだ布団の中だ、きっと。自室で寝てる。
 これから会社での苦労を考えて、きっと琥珀が夢に出て来てて、しかもヘンな苦労をしている、と。
 そうに違いない。

 瞼を閉じる。
 起きないと、今日は会議があるから。
 それに、こんなヘンな夢はごめんだし、第一、夢の中でまで琥珀に苦労させられるなんて冗談じゃない。

「り、り、りりり琳ちゃっ!」
「何、黒電話の真似してるの?」
「ちがっ! そうじゃなくてっ」

 ひゅん。
 
 風を切る音。
 すぐ耳元を、何かが飛んでいった。

「り、琳ちゃ」
「……夢の中でまで琥珀に苦労させられるなんて」
「ひど! じゃなくて、そうじゃないって。これ夢じゃないからっていっぱいきたー!?」
「もういい。勘弁して、早く起きないと」
「だからちがっ!!」

 叫びながら、押し倒されて。

「…ったぃ、何す―――…は?」

 腰を打った。
 補足するなら何でかへばりついてる琥珀のせいで、激突の瞬間の衝撃は大きかったわけで。
 でもそれ以上に。いや、文句は言おうと思ったけれども。
 上体を軽く起こした私の目に入ったのは、さきほどまで立っていた辺りに、大量に突き刺さっているモノ。それから、琥珀の右足、ふくらはぎに刺さってる―――矢。

「ちょ、琥珀。足!」
「…うん、痛い」
「そういう問題じゃないでしょ!?」

 薄っすらと血が滲み出てる。
 止血しないと、それから応急手当。矢を抜いて―――矢?

「何で矢?」
「それ何弁?」

 ごすっ。

「…琳ちゃん、オレ、怪我人」
「それだけ元気なら大丈夫でしょう。―――とりあえず、足見せて、足」
「あ、うん。…いや、無理、そんな暇なさそう」
「何を寝惚けてるのよ、どういう構造かしらないけど、血が流れてきて 「あれ」

 指差すのは、“アレ”のいた方向。

「目の錯覚、それは」
「いや、全然錯覚じゃないよ! だいたい、矢だって、アイツが!!」
「アイツって…」

 首を巡らす。
 ……言いたくないけれど、その、何だろう。
 認めたくはないけれど、空を飛んでる、まぁ、西洋の竜。所謂ドラゴン。ギリギリ、そこはギリギリね。
 でも、そこに乗ってる人―――じゃ、ないよね。認めたくないけれど。
 躰が緑で耳が尖ってて、背中に躰と同じ色した羽根がある人間なんか、いないから。

「構えてるね」
「琳ちゃん、何でそんなに冷静な…」
「あ」
「あ、じゃねーっ!!」

 ひゅん。

 互いに離れて、正確には転がってだけれど、矢を交わす。
 あの音はこれだったのかと、今更確認してみたり。

「り…琳ちゃん、あれって」
「どういう訳か狙われてるようね。琥珀の好きな展開じゃない、よかったわね」
「いや、そういう問題じゃ!? だいたい、アレ人間じゃないよっ!!」
「見ればわかる、認めたくないけれど」
「来た、来たっ。ドラ―――…デカイね!!」
「もういいよ、言いたいなら言っても」
「オレ、ドラゴンってはじめてみたよっ!!」
「嬉しそうに言うな!」

 ごすっ。

「ぐっ…。2メートルはあろうかという距離を一気に縮めるとは、流石、琳ちゃん…」
「余計な事は言わなくていいから」

「見付けた…」

「何かしゃべった!?」
「見付けたってどういう事?」
「うぉっ! 何で琳ちゃん通じてんの!?」
「何でって 「やはり、お前か」

 日本語なのに、通じて当たり前。
 けれど、それを琥珀に伝えるよりも先に、相手の声が。

「私の科白を遮ってお前呼ばわりとはいい度胸」
「琳ちゃん、急に戦闘モードはいってん…ごふ」

 とりあえず、五月蝿い琥珀を黙らせておいて。
 キャラが壊れてるとか、もういい。そんな事を気にしている暇はない。

「―――それで? いきなり矢を射るとはどういう了見? 琥珀が間抜けにも怪我したじゃないの」
「はは、なるほど。流石と言ったところか」
「意味がわからないわね。第一、上から見下ろして何様のつもり?」
「近付くと何をされるかわからんからな。―――しかし、そうか。距離があれば手も足もでない、か」

 何も持ってないから、言わなくてもわかりそうな気がするけれど。
 押し黙った私に高笑いが返る。

「降りて来なさいよ」
「断る」

 言うと、矢を再び構える。

「バカじゃ、ないみたいね」
「―――って、琳ちゃん、何言ってるの!? ていうか会話してんの!?」
「そちらの赤い頭は何だ? ペットか? きゃんきゃん賑やかだな」
「似たようなモノね。別にいらないのだけれど」
「え、何が!?」
「はは、面白い女だ。だが、女とは……意外だが、これも与えられた役目。しかと真っ当する事にしよう」
「女女と、人を馬鹿に…」
「ええ!? 琳ちゃん、意味わかんな 「あんたは黙ってなさい」
「馬鹿にしたつもりはなかったが、それは失礼したな」

 その顔、あきらかに馬鹿にしてるじゃないの。

「琳ちゃん、またあんたって言ってる!」
「五月蝿い。今、それどころじゃ…」
「矢ーっ!?」
「耳元で大声出さないでっ…―――て、邪魔っ!」

 ばきっ。

「琳ちゃん、すげー」
「へぇ」

 ……成せば、なる。
 いや、こんな事、別に成し遂げたくはなかったんだけれど。
 ぽとりと落ちる、二つに割れた矢。
 飛んできた矢、どうして叩き割れるかな、私。

「さっすが、琳ちゃ…またいっぱい!?」

 その声に視線を“それ”へと向けて、

「有り得ない…」

 心底そう思う声音。どちらかというと疲れた感が大部分を占めているけれど。
 相手は口元を歪めて、いや、そこは別にもういい。いいんだけれども―――周囲に矢が浮いてるのは、どういう事?

「何、大人しくしていれば致命傷は避けられる」

 くぃ―――、手を動かす。
 その動作だけで、矢は解き放たれた。

「冗談…」
「琳ちゃん、あぶないって!」

 呟く私に、叫ぶ琥珀。

 どんっ。

「オレが何とかするから、琳ちゃん逃げて!!」

 突き飛ばしながら、そんな科白。
 生まれて初めて聞いたんだけれど、琥珀の口からそんな科白。
 
 がさっ、パキパキ。

 ああ、木立の方に突き飛ばされたんだな、と。
 何故か視界に映ったのは空、木立に埋もれるように沈む躰、自然破壊の音がする。
 ごめんね、枝さん。何の植物か、わからないけれど。
 更に、妙な浮遊感が―――

「―――え?」

 肩越しに視線を走らせて、理解した。
 感動してる場合じゃなかった。
 それどころか、やっぱり琥珀は疫病神で―――

「何で崖なのっ!?」
「ええええええっ!?」

 叫んだ私に、驚きの声が返り。慌てて傍にあった木立の枝を掴むけれど。
 きっと、琥珀から見たら私はその科白を残して消えたように見える訳で。

「り、琳ちゃ、ごめんっ! すぐ助け 「ごめんですむわけないでしょーっ!!」

 ぱきんっ。
 世は無常。
 むしろ、太い木の枝だったらよかったのに、木立の細いそれに、私が支えられるわけもなく。
 間抜けな叫びを残して、私は見事に落下した。



 そうして、気付いたらこの部屋にいた。
 つまりこれは現実であって、ゲームではないという事。

 何なの、これ…。
 有り得ない。

 今日何度目になるかわからない科白を内心吐き出して、私は頭を抱えた。



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