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This blog is Written by 小林 谺,Template by ねんまく,Photo by JOURNEY WITHIN,Powered by 忍者ブログ.
徒然なる、谺の戯言日記。
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 03 悪夢


 ふいに視線を私に戻した祖父が、やんわりと笑みを浮かべる。

「早いな。あんなに小さかった琳子も、今じゃこんなに大きくなった」
「……少し、大きくなりすぎた気もしますけれどね」

 私は身長が175センチもある。
 どうせなら、小さい方が良かった。身長が大きいだけでヘンに頼られたりした事もあったし、小さい方が可愛げがあるってもの。そこにいるだけで、場を和ませちゃったりも出来るしね。私は緊張させるのは得意みたいだけど。

「琳子」
「はい?」
「お前が、私への恩返しのつもりで働いていてくれている事は知っている」
「学生時代に言ったら怒られましたよね」
「好きな道を選べと言ったのに」
「何度も言いましたよね? 好きな道が、此処で働く事だと。だから何も言わないで履歴書送ったんですから。直接言ったら、絶対反対するだろうし、何より、コネで入ったみたいですから」
「苗字が違った事を此れ幸いとな。尤も、マスは気付いて、言って来たが…」
「普通に面接してくださって感謝しています」
「お前なら、もっと良い会社への就職も可能だったろに」
「檀家を80も持つ寺の住職の跡取という、約束された将来を投げ捨てて、会社を興した方の科白とは思えませんけど?」
「…これは、参ったな」

 得意げに返した私に、祖父は苦笑した。
 そう、斎賀家は、住職の家系だ。
 斎寺(いつきでら)という、何処にでも有りそうな感じの名前だが、先に言った通り檀家を80も抱え、その歴史は600年近くあるという由緒正しい(?)お寺なのだ。
 祖父は、その跡取息子だった――他は姉と妹――にも関わらず、後を継がずに会社を興した。
 補足すると、当時住職だった曾祖父の後を継いだのは竜馬さんで、一代抜けたが、斎賀の家はしっかりと住職の家系を守っている。

「さて、琳子」
「はい?」
「私は、休もうと思っているよ。しっかりとな」
「そうして下さい。無理が立ってるんですし、軽度とはいえ馬鹿に出来ませんよ。脳梗塞。それに一応、高齢に部類するんですから。お爺様には、もう2、30年は長生きして頂かないと」
「……流石に、そこまで生きるのは無理だろう。100歳超えるじゃないか」
「お爺様なら、200歳目指せます」
「それは流石に…」
「よく言いますよね? 親孝行、したい時に、親はなしって。私が両親に出来なかった親孝行、更に、父がお爺様に出来なかった親孝行の分も合わせて、お爺様に孝行するつもりなんですから。長生きして貰わないと困ります」
「…そうか。それなら、しっかり長生きしないとな」
「はい、そうして下さい」
「琳子。私は、辞任するよ」

 は?
 ええと、今、凄くあっさりと、とんでもない事を言ったような気が。
 私の聞き間違い?
 辞任って聞こえたんだけど…?
 じにん、ええと、辞任、自認、自任…。
 言葉の構成状態を見て、最初に浮かんだモノ以外合わないけど。
 やっぱり、聞き間違い?

「社長を、辞める、と言ったんだよ」

 もう一度、しっかりと、私を見て。
 辞める―――――そう、断言した。
 思考が停止するってこういうのを言うんだと、思う。
 頭が真っ白になるって、こういう事なんだって、何故だか冷静に考えてる自分がいた。

「どんな後遺症があるかはまだわからないが、これから検査もあるだろうからな。…琳子の言う通り、もういい年だ。それに会社の事を考えれば、此処で身を引いておいた方がいいだろう」

 それは、もう決定事項なんだと、私が何を言っても覆りはしないのだろう事がわかった。
 でも…。

「マスには、もう話をしてある。明日にでも、皆に伝えてくれるだろう」
「―――それで、益永さん、明日来るって…」
「ああ。マスに、琳子には黙っているよう頼んだからな。直接、言いたかったのもあるが、その件で、琳子に頼みがある」

 こくり、と生唾を飲み込んだ。
 何故だろう、忘れていた不安が脳裏を過ぎる。

「次の、社長の事ですか? 秘書を降りろと言うのであれば、営業に専念しますし、技術屋のサポートに回っても問題ありませんが? 益永さんから引き継ぐまで、やっていた事ですから」
「いや、出来れば続けてもらいたいと思っている。私の秘書を勤めるのはかなり大変だったと思うが、お前はよくやってくれていたし、社内全体をよく見てくれているから助かったしな」

 私は首を傾げた。
 実際、傾げた訳じゃないけど。
 祖父の言わんとしてる事がわからない。

「後をな、琥珀(こはく)に任せようと思っている」

 は?
 完全に、私の思考はそこで停止した。
 思考だけでなく、躰全体で。
 当然のように顔にもしっかり出てた。

「やはりな…。そういう顔をすると思ったぞ」

 苦笑した祖父の科白。
 だって、しない訳ないじゃない?
 琥珀?
 冗談にしてもキツ過ぎる…。

「冗談ではなく、本気だ。益永の了承は得てる」

 まるで私の心を読んだかのように。
 真っ直ぐに私を見つめて。
 でも、了承って。益永さんが? あの、琥珀に?

「琥珀は私に良く似ているしな」
「そうですか…?」

 思わず、尖った声で呟いた。
 多分、ロコツに嫌そうな顔もしてたと思う。
 だって、これまでただの一度も、そんな事を思ったことはないし、第一、琥珀と祖父が似ている訳がない。
 琥珀――斎賀琥珀(さいが こはく)は、竜馬さんの次男で、私からすれば従兄弟にあたる。
 8歳の頃、祖父の元に引き取られた私は、竜馬さんの息子2人と一緒に育った。
 所謂、幼馴染という部類に入るかもしれない。
 けれど。
 兄の一葉(かずは)さんは、典型的なお兄さん。
 私より3歳年上で、子供の頃からやたらしっかりしたお兄さんだったから、私も実兄じゃないけど兄のように思ってる。
 問題は、弟。
 それが琥珀。
 私より4歳年下で、今年の3月で大学を卒業する、疫病神。
 子供の頃から私の後を付いて周り、犬に追いかけられては私に助けを求め、モメ事を起こしてはその後始末を私に押し付け、果てに高校時代、私に“鋼鉄の戦女神”という有り難くない通り名を付けさせた張本人。
 好き好んで、近隣の不良を締める普通の女子高校生が何処にいるって言うのよ。
 わざわざ遠い高校選んだのに。
 それでも無駄だってわかったから、短大は片道2時間以上かかる所で独り暮らしをしてた。
 それなのに、何故か3日に1度は顔を合わせていた。
 夕飯漁りに来てただけみたいなんだけど…。
 ほっとけばって思うでしょ?
 それが出来れば、10年以上前にそうしてる。
 でもね、何ていうのかな?
 捨てられた子犬みたいな顔するから、ほっとけないのよ。
 何であんなに同情心を誘うのが得意なんだろうと思うし、もう騙されないとも思うんだけど。
 ああいうのに、弱い。
 会ったばかりの頃、琥珀は4歳になったばかりだったし、本当に子供子供って感じで。私もお世話になってるからって、弟みたいな感じで面倒みてたけど。
 次第に何か違うと思い始めて、絶対違うと気付いたけれど。
 もう手遅れだった、そんな状態。
 補足すると、進行中……。
 未だに、厄介事を運んでくる。 

 あ、何だか目眩がして来た。
 私が一人ぐらぐらしてるのを見て、むしろ、わかりきった反応なんだろうけど。
 祖父は本当に、本当に、すまなそうな顔をした。

「琳子が、嫌がっているのは理解しているつもりだ。それをわかっている上で、頼みたい」

 祖父は、私の事を良く知っている。
 多分、私が私自身を理解している以上に、私自身が気付いていない事まで、知ってる。
 と、思う。
 だから、益永さんを通して伝えるのではなく、祖父自身が伝えるのを選んだ。
 それに気付いてしまった。
 琥珀は確かに、私にとっては疫病神で、これまでの事があるから避けて通りたいというか、係わり合いになりたくない。正直言うと。
 でも。
 私は、祖父の頼みを断れない。
 それを知ってて、言ってる。
 すまなそうな顔をしているのは、私が祖父に恩を感じているからその頼みごとが断れないだろう事を理解した上で、頼んでいるから。

「正直、まだ学生で、甘やかした覚えはないが、甘えん坊に育っているから、心配は心配だ。だが、琳子が傍に付いてくれるなら何の心配もない」

 弱いな、と思う。
 頼りにされるのは、嫌いじゃない。
 必要とされるのは、嬉しいかもしれない。
 でも、限度がある。
 そして、琥珀はその限度を超えた存在。
 それでも。

「仕方、ないですね」

 祖父にそこまで言われて、断れるほど、私は爛れてない。
 正直、祖父以外の人に言われたら速攻で断って、辞職願いを提出するけど。

「続けてくれるか」
「はい…。第一、益永さんから引き継いだばかりなのに、すぐ辞める訳にもいきませんから」
「そこまで嫌か」
「だって、琥珀に関わるとロクな事がないから」
「確かにな。…入院した事もあったな」
「2度ほど」
「それでも、頼まれてくれるか」

 再度、確認の言葉。
 何て言いうか、他の人にとっては、驚きこそすれ、何でもない事だろうと思う。
 多分に。
 けれど、私にとっては。

「はい。やると言ったからには、きっちりやります。琥珀に、しっかり、社長としての任を真っ当させます」
「そうか、有り難う」

 祖父は、本当に嬉しそうに笑った。
 私は苦笑しか返せなかったけれど。

「琥珀もまだ学生だしな、今すぐの話ではないが。卒業前に引継ぎは済ませるつもりだ」
「わかりました」
 
 宣言した以上、やらない訳にはいかない。
 これからを思うと頭痛どころでは済まないのだけれど、それでもやるしかなかった。
 それはさながら悪夢のように思えた。
 極彩色の、底がないくらい性質の悪い、悪夢に違いなかった。




 私の日常は、こうして、壊れる事が決まったのだが。
 やがて壊れるどころでは済まない話になるのは、もう少し先の話。
 勿論、この時の私は、その後、降りかかる事になる、人生最大にして最凶の災いを知る筈もなかった。



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