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This blog is Written by 小林 谺,Template by ねんまく,Photo by JOURNEY WITHIN,Powered by 忍者ブログ.
徒然なる、谺の戯言日記。
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 05 そして、歯車は狂う


 4月になりました。
 春です、桜はまだ3部咲きという所ですけど、春です。
 今年は新入社員が――琥珀を入れて――4人。
 営業が1人、技術屋が2人、そして、正式に社長に就任した琥珀、と。
 入社式は昨日すませて、今日から業務開始です。

 開始、なんですけど……。

「琥珀っ! いい加減に起きなさいっ!!!!」

 いつの間にドアに鍵なんてかけたのよ!
 3日出張ででかけて、そのまま両親のお墓参りをして、昨日帰って来た。
 留守にしたのは4日、昨日こっちに戻って来て、そのまま入社式に出席して。 
 今日は早朝に全社員集合して朝礼、その後、各部署の代表会議をやるから、時間早いって言っておいたのに。
 さっきからドアを叩いてるのに起きる気配ゼロ……。

 面倒だから、いっそ壊して―――――て、落ち着け私。
 冷静に、冷静に。

「琥珀! 5秒以内に起きないと、おいてくからねっ!!」

 左手にはめた時計を見る。
 これで起きなければ、本当に、もう知らない。

「5」

 もう学生じゃないんだから、朝くらい一人で起きろって言うのよ。
 第一、昨日まではきちんと起きてたって竜馬さんが言ってたのに…。

「4」

 本当に社長なんて務まるのか、本気で心配。
 勿論、琥珀じゃなくて、会社の方が。
 倒産とか乗っ取られたりしなければいいけど…。

「3」

 会議の内容だって、説明したけど、絶対、興味ある部分しか覚えてないだろうし。
 琥珀だけに。
 最低3度は繰り返さないとならないってのに。

「2」

 寝惚けてても返事くらいするのに、それが全くないって事は、完全に熟睡してる。
 これだけ五月蝿くしてるのに、どうして起きないのよ、コイツは。

「1」

 ドアを叩くのをやめる。
 流石に手が痛んできたし、声も枯れ気味。
 朝から何でこんな疲れないといけないのよ……。

「0」

 しーん。
 無音……。
 起きてない、ね。
 お爺様、やっぱり、私にも無理だったみたいです。
 琥珀は調教できません…。

「―――なんて、言う訳ないでしょうがーっ!!!!!」

 どがぁんっ!

 痛恨の一撃。
 それはもう渾身の力を込めて、全身を絞って、左の拳を突き出した。
 当然、捻りを加えたコークスクリュー。
 これで私は鋼鉄の―――と、それはいい。

 問題は、この、結局壊してしまったドア、どうしよう………。
 勢い付いて飛んだドアは、1メートルほど先に落ちてる。
 どうして留め金ごと飛んでるんだろう、私は化け物か。
 それから。

「まだ寝てる…」

 聴覚壊れた? どうして今ので起きないのよ、コイツ。
 しかも幸せそうな顔してるし。
 せめて魘されて―――――て、そうじゃない。

 侵入。相変わらず雑多な物が多い部屋、成長の兆しが全く見られない。ゴミとか落ちてないだけマシなのかもしれないけど。
 壊れたドアを踏みつけて、布団の傍へ。
 どうでもいいけど寝相が悪すぎ。しかも大の字で寝てるって何様よ。
 未だ夢の中のこの男。
 さて、どうしてくれようか……。

「琥珀、起きる時間」

 言いながら、右の拳を腹部あたりにねじ込んだ。
 私は左利き。
 一応、手加減はしてる、つもり。

「うぇ……」

 熟睡中で緩んでるから、それはもう痛いでしょうね。
 横向いてくの字になって痛がる姿に、溜息を一つ。
 手加減はしても、琥珀に対して容赦するという言葉は何処かへ投げ捨ててある。

「起きた? さっさと用意して、仕事に行く時間」
「―――り、りんちゃ……」
「起きろって言ってるの!!」

 すぱこーん。

 フルスイングで後頭部を叩いた。
 思わず左手でやってしまったけど、平手だからきっと大丈夫。

「痛い……」

 涙目で後頭部をさすりつつ、躰を起こす。
 遅い。
 けど……、殴られる事に耐性でも付いたのかな。
 もう平気みたいな顔をして、瞼を擦ってる。

「叩いたから当たり前でしょう? それより、今日、朝早いって話をしたの、覚えてるよね?」
「あー……あ、ああ。うん? そうだっけぇえええん、覚えてる!」

 半眼で睨む。
 本当に忘れてた。
 やっぱりとしか言いようがないのが、哀しいけど……。
 途中から頷いたって、「そうだっけ」と言ってる時点で、バレると気付こうよ。
 学習能力がない、凄く今更だけど。

「…ちょ、朝礼と、えーと、会議……だっ、た?」
「そう。しっかりしてよね、今日から、“代理”が取れるんだから」
「あ、うん…。あはは、あんまよくわかんな 「5分で支度して」
「…ご飯食べ 「5分以内ならね」
「琳子、オレのこと嫌い?」

 朝から捨てられた仔犬にならないで欲しい…。
 こんな事してる余裕もないのに。

「うう、やっぱ嫌いか。黙ってるって事は」
「そうね。20歳超えてるのに、朝も自分で起きられないような人は」
「………ごめんなさい」
「後、4分18秒」
「減ってる!?」
「時間はどんどん過ぎるから」
「す、すぐ! すぐ用意するからっ、外で待ってて」
「二度寝したら置いてくからね」

 そう言ってきびすを返す。
 本当に、時間ギリギリなんだから。

「しないっ!!」
「遅れても置いて行くから」
「え゛」

 さっさと部屋を出て、入り口のところに置いてあった鞄を手に、玄関へ。
 これから毎朝こうなのかと思うと、溜息しか出てこない。
 
「これから大丈夫かな…―――と、しまった」

 人の事を言う前に、自分が忘れてる。
 新人歓迎会の案件、昨日必死に考えてまとめたヤツを忘れてる。
 毎年思うんだけど、何でコレを年度始めの重役会議で決めるのか謎だ。
 参加者全員が内容考えてくるってのも更に謎だし、全社員参加というのも謎だし。
 ま、人数が70人もいないから可能な年度一番最初の社内イベントってヤツなんだけど。
 お爺様の趣味に違いないんだろうけど、きっと、お爺様が社長っていうよりはガキ大将で、各部署の代表がそのグループメンバーみたいな感じだからだろうな、と。だから重役会議で内容決めるんだろうな、と。
 ヘンな話だけど。
 みんなで遊んで騒ぐの大好きだしね。
 だからあの会社にいられるというか、何というか。
 
 苦笑しつつ部屋に戻って、パソコンの隣にやっぱり置き去りにされていたA4の用紙を確認してバックに仕舞う。
 これ忘れたら今日の会議で私が怒られるハメになる。
 新人歓迎会の案を用意してなかっただけで怒られるのも、謎だけど……。

 もう忘れ物はない筈と脳内反芻しながら駐車場までやってきて、私の顔が引き攣ったのはきっと仕様。

「何してるの?」
「かーぎ」

 駐車場にいるのは、いい。
 私の車で通勤するから、そこにいるのも間違ってない。
 でも。

「琥珀は助手席」

 何で運転席側に立ってるのか……。

「オレ免許持ってるって」
「知ってるけど」
「会議の内容、説明してよ」
「……やっぱり覚えてない? そうだろうなとは思ってたけど」
「さっすが琳子。オレの事は何でもお見通しだな!」
「嬉しくない」
「即否定!? 酷いよー。褒めたのに」
「だから、嬉しくない」
「ううう、琳子がいぢめるー」
「朝から五月蝿い。それで、何でそっちにいるのよ。それは私の車」
「知ってるよー。だから、行きながら話聞くのに。流石の琳子も書類とか見ながら運転無理でしょ?」
「簡単な内容くらいなら覚えてるわよ」
「いや、きちんと言ってもらわないと」

 にへら、と反省ゼロの顔。
 そうか。これは、あれか。
 全く覚えてないって事ね……。

「事故らないでよね」
「琳子ってオレに対してだけ冷たくない?」
「甘やかすとロクな事にならないから」
「うう、酷い」

 そう言いながら手を差し出すし。
 琥珀の辞書に“反省”って文字は絶対存在してない。
 わかってない、わかってないし。

「あんたが免許取った直後に、竜馬さんの車大破させたの忘れてないから」

 ぴしり、と硬直。
 私が過去、琥珀のせいで入院した事件その2。
 あの時は本気で死にかけて臨死体験してたんだから、同じ過ちを2度繰り返すわけにはいかない。

「琳子、オレのこと、更に恨んでる!?」
「どうしてあんたが無傷で私が集中治療室だったのか、未だに謎」
「“あんた”って言ってるよ、琳子!!」
「五月蝿いわね。ぶつぶつ言ってないで、あんたは助手 「時間ないんだろ!」

 今度は私が硬直する番。
 時計を見やる。

 7:23―――――。

 会社まで車で片道27分。今日は全社員朝礼があるから、7:45には到着してないと、まずい。
 社長が朝礼に遅刻なんてありえない。
 50分から朝礼は始まるけど……ぎりぎり!?

「琳子、固まってないでかーぎ!! 助手席乗って、会議の概要説明っ!!」

 概要なんて言葉、良く知ってたね。
 って、違うでしょう。私。落ち着け。落ち着―――

「琳ちゃん! 何やってるの、早く早く!!」
「もとはと言えば、あんたが起きないのが悪いのよっ!!!!!」

 ごすっ。

 頭をかかえて蹲る琥珀に、私は深呼吸。
 全然落ち着けてない、私……。

「安全運転で朝礼に間に合うように、更に、速度違反にならないよう飛ばしなさい」
「琳ちゃん、それ無理難題だからっ!!」

 ちゃり、と鍵を目の前に吊るされ鍵をしっかり受け取る琥珀。
 どうでもいいけど、何で涙目なのよ……泣きたいのはこっち。泣けるものなら。

「琳ちゃんって呼ばないでくれる?」

 じろりと一睨みして、さっさと助手席に回り込んでドアを開く。

「いつ鍵あけた!?」
「さっさと動く! 時間ぎりぎりなんだからっ!!」
「は、はいぃっ!」

 慌てて車に乗り込む姿に、全身で息を吐き出した。
 朝からどうしてこんなに疲れないといけないんだろう……。

「しゅっぱつしんこー!!」

 水を得た魚のような顔になった琥珀の横顔に、もう一度溜息。
 エンジンがかかって動き始めた車に、私は手持ちの鞄を開く。
 とりあえず、時間はかなり押してる。
 更に、つくまでの間に、興味のない事は聞いた傍から忘却の彼方へ追いやるこの脳に、しっかり話をしないといけない。

「あ、そーだ」
「何?」
「今日って、あの話もあったよな?」
「あの話じゃわからないけど」
「体感RPG!!」
「いちいち叫ばなくても聞こえる」
「う……ごめん」
「試作品の話ね、確かにあったけど……。体験プレイヤー募集要項とか、正直そっちは営業に任せてもいい気がするし、きちんとした内容説明とかで終ると思うけどね。その話は。言わなくても、それ中心で進めてたふしがあるから、皆大まかには知ってるだろうし」
「オレやりたいんだけど!!」
「そう」
「え、それだけ?」
「社長業務終らせた後なら別にいいけど。それだけの余裕があれば」
「それってダメって言ってるじゃんかー!!」
「それより重要なのがあるでしょう、今回は。確かに、重役会議って言っても、ほとんど身内と化してるし、ほぼ毎日会わせる顔だけど、でもね? 琥珀が代表取締役としての務めをしっかり果たしてもらわないと困るの」
「うう、わかってるよぉ」
「わかってないから言ってる。今のまま行ったら、会社が倒産するよ? 将来」
「う……それは困る」
「だったらきっちり仕事する。会議の内容なんて前日にきちんと確認して、頭に叩き込んでおきなさい」
「……はい」
「それじゃ、しっかり叩き込みなさいよ」

 今は時間が惜しいから。
 残り時間20分。
 間に合うか不安だけれど、それ以上に琥珀の方に不安が有り過ぎる。
 一息ついて、資料をめくる。ページ数は5枚と少ないのに、どれもこれも小さい文字がびっしりと。
 どうして昨日と同じ事をしてるんだろうと、頭が痛いけれど。
 一つ一つ簡単に説明しながら、出席者の名前も挙げて。
 社員の顔と名前は覚えておくよう散々言っておいたから、そこは大丈夫のようで少しだけ安堵した。
 


 けれど。
 私は、本当に、一番大切な事を忘れていた。
 “琥珀に関わるとロクな事がない”。
 身にしみてわかっていた筈なのに、このときの私は、すっかりそれを忘れていたのだ。
 全ては―――――後の祭りだった。



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