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This blog is Written by 小林 谺,Template by ねんまく,Photo by JOURNEY WITHIN,Powered by 忍者ブログ.
徒然なる、谺の戯言日記。
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 04 移り変わるも、それが日常


 祖父が倒れてから、4ヶ月が経った。
 今では会社も落ち着いてるし、斎賀の家も落ち着きを取り戻している。
 先日、祖父が退院して、家に戻った。
 すっかり日常通り―――――とは、流石にいかないけれど、それでも、みんなに笑顔が戻ったと思う。

 私は、というと。

「松波さん、痩せた?」

 何度目かわからない質問を聞いた。
 元々、ガリガリとは言わないけれど、全体的に細長い私は、よく言えばスレンダー。悪く言えば幼児体型に近いものがある。
 出るトコ出てないだけなんだけど。
 質問の主な金窪さんは、営業さんの紅一点。物凄い美人じゃないけれど、35歳とは思えない可愛い人。
 見た目も小さくて可愛いいし、実際年齢よりは若干若く見られたりするけど、雰囲気もほんわかしてるせいだと思う。
 仕事に対しては鬼だけども。
 そんな可愛い顔が、苦笑して私を見ている。
 そういえば、直接間近で顔を合わせるのって久しぶりな気がする。

「やつれた、と言って下さい」
「……大変そうだもんね」

 溜息がちの私に返ったのは、酷く同情心に満ちた同意だった。
 無理もない。
 と、いうか、アレを見て、そう思わない人間がいたら、私は殴りたい。
 むしろ変わって欲しい。
 ……変われるものなら。

「でもね、あたしは人事だから、だけど。松浪さんには悪いけど、面白いと思うよ?」
「私も、遠巻きに見ればそれは思いますけれど。直接被害を被るので、勘弁して頂きたいです」
「そこは認めてるんだ。そかそか…。よく辞退しなかったね? エライエライ」
「流石に、益永さんから引継ぎをしたばかりなのに、退職する訳にもいかないでしょうから」
「……そこまでなの?」
「はい」

 真顔で頷いた私に、金窪さんは意外そうなものを見る顔をしてみせる。
 確かに、私がはっきりきっぱりと“誰か”を毛嫌いするってないから、珍しいのかもしれないけど。
 仕方ないじゃない、唯一の例外なんだから。

「そかそか、それじゃ、やつれてもしょうがないね。ナイスダイエット法を編み出したんなら教えてもらおうと思ったんだけど。後半年もしたら夏が来るしね」
「……好きで体重減らしたのと違いますよ。第一、増やさないといけないのに」
「細くて綺麗な手足なんだからいいじゃない。羨ましいよー色白だし、肌綺麗だもんね」
「代謝がいいですから、そこは。…でも、やはり」
「…男と間違えられてナンパされるのが嫌なのね」
「嫌ですね」
「だから髪、伸ばしたんだ?」
「そうです。でも、最近は長髪の男性も多いので、数が減ったという所ですけれどね」
「あはは、しょーがないね。松浪さん、顔イイもん」
「そうですか?」
「うん。身長あるし、すらーっとしてて綺麗だよ。モデルさんとか、出来たんじゃない?」
「……足りない部分があるかと」
「そんな事ないって。まぁね、だからって訳じゃないけど、社長も心配なんじゃない?」
「それはありません」
「即答なの?」

 何が可笑しいのか、金窪さんは大笑いをしてる。
 心配する事はあっても、される事はない筈なんだけど。
 第一、そんな愁傷な心がけがあったら、あれだけの厄介事を私に持ってくる訳ないし。

「松浪さんの事だから健康には気を付けてるだろうし、体調不良で貧血起こしたりはしないだろうから。別に心配はしないけど、でも、気を付けてね?」
「はい、有り難うございます。…金窪さんは、これから外ですか?」

 此処は、会社の地下。
 朝からこんな所で金窪さんに会うのは珍しい。
 何しろ、朝から営業先へ直行だし、会社へ戻ってきても工場へ足を運んでまた外出、夜も遅い時間になってから事務所へ戻ってきて書類整理をしているらしい。仕事熱心と言えばそうだけど、その可愛らしい外見からは想像も付かないくらいパワフルな行動力。

「そう。こっちの作業状態がどんなかなって。……前社長の、最後の願いっていうか夢? だったでしょ。何とか完成させてあげたいんだけどね」
「体感RPGですか」

 溜息。
 正直、今の状況でそれの開発に気合いを入れて進めるのは、世情を見て頷けない部分がある。
 ヴァーチャルリアリティを追求した、体感ゲーム。
 コントローラー等を使わずに操作し、視覚、聴覚、思考を元に、ゲームの世界の住人に、実際自分がなっているかのような錯覚を起こさせるモノ。
 昨年、他社で発売されたのが、そのジャンルの第一弾と呼べる代物だった。
 それは、シュミレーションRPG、所謂、育成ゲームだったのだけれど。
 そのリアルさに発売前から評判も高くて、当時は品切れ続出の店舗が目立ったほど。
 でも。
 それも、1週間も経たないうちに、波が引いて行くように、好評から酷評へと変わった。
 理由は簡単だ。
 リアル過ぎた事。実際、自分の身に起きた事のように、体感出来てしまっていた事。
 現実逃避を促進、とかなら、まだ、その影響も少なかったんだろうけど。
 ゲームと現実の区別が付きにくくなるとかは前々から不安は持たれてたけど、実際それが激しく出てて。育成ゲームだったのがいけなかったのかもしれないけど。
 更に、ゲーム内で体験した事がそのまま躰にまで影響を及ぼしてしまったり。
 ようは、入院患者が出る騒ぎになってしまった、と。
 そのため、幾つかの会社では、開発を見送った所もあったとか。

「そう。やっぱりね、躰への影響っていうのが一番ネックなんだけど……、松波さん、この話題、あまり駄目?」
「正直な事を言えば、筆頭に上げるべきではないというが私の感想ですけれどね」
「難しい問題山積みだから?」
「そうです」
「でも、これって夢っていうか、子供心に一度は憧れた事あるんじゃないの? ヒーローとか、ヒロインとか」
「私、そういうのなかった子供ですから」

 肩を竦めた。
 可愛くない子供だったかもしれないけれど、私は、真面目に好きじゃない。
 存在自体が“悪”である、完全懲悪物が、嫌いなだけなんだけど。
 スーパーヒーローなんて、ご都合主義の塊だし。
 悪役がいなかったら、完全に持て余した存在になるくせに、正義を振り翳してるのが嫌。
 誰にでも、その人それぞれに正義はあるものだし。
 第一、悪いヤツって言ったって、そういった物に登場するのは、往々にして生き延びるためにそうする必要があったからだ。
 そんな世間一般から見て、ひねくれた物の見方をする子供は少なかっただろうけど。

「そうなんだ。お姫様とかに憧れたりは?」
「ないですね。夢みがちな子供って普通かもしれませんけど、私は昔から現実主義だったみたいですよ」
「そっかぁ、でも、なんだかそれって、松浪さんらしいね」
「そう言って貰えると、嬉しいような、哀しいような」
「褒めてるんだよ。松浪さんって、誰とでも解り合える訳じゃないって、解ってても、そうする努力をするコだからね」

 自分事のように嬉しそうな顔で笑う金窪さんに、私は肩を竦めて返す。
 確かに、それはそうなんだけど。
 でも、言っても解って貰えない、というか通じない時は力技だからちょっと複雑だ。
 それでも先に手を出す事はないけど。
 一部の例外を除いて。

「さてと、それじゃ行って来ますかっ! 今日も一日頑張るぞーっ!!」

 両手を振り上げてガッツポーズで気合い十分。
 ……本当に可愛いのに、どうしてこういう所は少年っぽぃというか、男の人みたいなんだろう。
 不思議だ。
 尤も、だからこそ、この会社で、しかも営業なんて務まってるんだろうけど。
 流石ゲーマー。て、それは関係ないか。

「行ってらっしゃい。気を付けて下さいね」
「はーい。…松浪さんも、頑張ってね。社長の事とか」
「…はい」

 脱力して答えた私に、金窪さんは再度ガッツポーズを小さく決めて、きびすを返すとそのまま鼻歌交じりに階段を上っていく。
 何で、ゲームのBGMなんだろう……。
 その外見からは結び付け難い、金窪さんの趣味思考は、目の前にしても認めたくないような気がするのは私だけじゃない筈だ。

「体感RPG、ね」

 ぽつりと呟いた。
 今の状況でそれをどうこうっていうのは、やっぱり良くないと思うのだが。
 前社長、こと、祖父の願いであったのは事実だし。
 何より、後を継いだ――まだ学生の身分だけど――琥珀も、祖父に従うというよりも自身の願望で、そのまま進めるように言ってるという。
 私と違って、琥珀は子供の頃から、そういうのが好きで。
 何ていうか、頭が痛くなるんだけど、その琥珀が幼少時代に口にした、「身近なヒーローっていうと、琳ちゃんかな」、という科白が未だに私のトラウマになっている。
 可笑しいって思うかもしれないけど。
 そういうのもあって、私が琥珀を敬遠したいと思うというか関わりたくないと思うのに比例して、そっち系が嫌いになっていったというのも、実は嘘じゃない。
 ヒーローなんて、真っ平ごめんだ。
 好きでそんな事するヤツの気がしれない。

 と、違う。
 そうじゃない。
 頭を抱えて、金窪さんとは逆の方向へ。
 階段を下りてすぐの部屋をスルーして、最奥のドアの前に立つ。
 それも問題かもしれないけど、それよりも、今、一番の問題は。
 というか、一番の悩みの種。

 私は、一つ、大きな深呼吸。
 ドアをノックし、返事も待たずに押し開き、8畳ほどの広さの室内を見回し―――睨むようにして、一点を見つめてそこに歩み寄る。

「仕事、して下さい」

 椅子に座るその背に向かい言い放つのと同時に、がっしりと襟首を掴んだ。
 声のトーンがかなり零下なのは、仕様。
 他の人の目が私に集中している、それは当然なんだろうけど。
 場が沈黙しているのは、引いているのか、すでに慣れたのか。
 後者だったら哀し過ぎる。

「あ、琳子。すげーよ、コレ。おもしれー」

 多分、鬼の形相をしている筈の私に、満面笑みで頭を上げる。
 聞いてない、通じてない、この馬鹿には。

「そういう問題ではありません」
「何だよー。仕事してるだろー」

 子供全開で頬を膨らませて拗ねる姿に、私は右手に力を入れて無理やり立たせる。
 眉が攣りあがってるのも、きっと仕様。

「それは、あなたが個人的にバイトしてる内容。今は、社長として仕事に来てるのだから、そちらを優先して下さい」
「えー。やだよ~、後でいいじゃん、そんなの」
「嫌でも何でも、自分で社長をやると決めたのだから、やりなさい」
「めんどーだよ~。書類と睨めっことか暇だよー」

 無言で、後頭部を思いっきり殴りつけた。
 痛がってるのをそのままに、腕を掴むと引きずるようにしてその場を離れる。

「皆様、お騒がせ致しました。引き続き、業務を続けて下さい」

 ドアの前で反転、一礼し、哀しい事に恒例になりつつある挨拶。

「松浪さんも、お疲れ様」
「社長、こっちはまた後で。今は上で頑張って」
「ええっ! 誰も助けてくれないのっ!?」
「「「「「無理です」」」」」

 差し伸べられた手に返ったのは、息ぴったりな断言。
 当然だ、此処で引き止める人がいる訳がない。そこまで阿呆でもない筈だ。

「社長が、社長としても仕事をして貰わないと、僕らも困りますから。一応」
「うえええええ。裏切り者ー」

 笑顔での科白に、泣きが続いて。
 ていうか、どうして毎度毎度、同じ事をしてるのに懲りないんだか。

「それじゃ、仕事に戻りましょうか」

 これもお決まりの科白。
 溜息を付きたいのを我慢して、そのまま部屋を後にした。
 一日、最低5回は繰り返してる。
 本気で誰かどうにかして欲しいが、誰もどうにも出来ないのだから、私がするしかない。

「琳子~。酷いよー、せっかくイイ所だったのに…」
「琥珀、いい加減にしなさいよ?」
「うう、琳子が鬼だ…」

 涙目になる。22歳にもなって情けない事この上ない。
 何でこんなお子様がそのまま育った思考回路が社長に、と。
 もう何度繰り返したかわからないんだけど。

「琳子ぉ~」

 来た、来たよ。
 その顔、年の割に童顔っていうか少年全開で、中身も見た目も、少年なんだけど。
 更に、捨てられた子犬みたいな顔をする。
 何度となく、コレに騙されて来た。
 事実、社内のみんなはコレに騙されて――本人に騙す気はないから、更に性質が悪いんだけど――泣き寝入りというか、泣かれて負けるというか。

「そんな顔しても駄目。社長業務優先」

 きっぱりと言い切ると視線を逸らす。
 もう騙されないと思いつつも、私も未熟なのか、状況によっては折れてしまう訳で。
 だから見ないようにして。
 仕事の事に無理やり意識を集中させて。
 負けてなるものか、と。
 お陰で、精神はいらないくらい鍛えられてるんだけど。

「琳子が冷たい…」
「自業自得。しっかり仕事しなさいよ。嫌なら、最初から受けないで、断ればよかったの」
「…琳子、オレが爺ちゃんの跡って嫌?」
「誰が跡になろうとも、お爺様が認めたのならそれでいい。―――でもね、仕事しないってのは、そういう論法以前の問題。嫌とか嫌じゃないとか、仕事してない時点で嫌に決まってるでしょうが。第一、もう子供じゃないんだからね? 自分で決めた事くらい、きちんと成し遂げる努力をするべき。琥珀にとってそれは、お爺様の跡を継いで社長になたって事。書類が面倒とか言ってるレベルの話じゃないの、この会社の経営者っていう自覚あるの? 尤も、まだ完全に経営権は移ってないけど、学生だしね。でも、後々に全部琥珀の責任になる訳。それをわかってる? それにね、現状でも、琥珀が仕事しないと、会社が回らないのよ。止まるの、わかった?」

 横槍を入れられないように、一気に、しかも早口で言い切る。
 これで反論しようものなら、今の倍以上を言えばいいだけ。

「うう、ごめんなさい…」

 観念した。
 意気消沈、そんな言葉が似合うくらいに小さく大人しくなって、私は安堵の溜息を一つ。
 遅い。
 ていうか、それ以前の問題だけどね…。



 さて。
 社長室の机の上で、山積みとは言わないけど、小山程度になった書類の束が待っている。
 さっさとそっちを進めてもらわないと、支障を来たす所か、そのうち会社が転覆するって話。
 それがわからない訳ではないんだろうけど―――――そう思いたいけど。
 これを繰り返すたびに、私は思うのだ。
 やはり、祖父の願いであっても、断るべきだったんではないか、と。
 もう、今更だけど。



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