徒然なる、谺の戯言日記。
忍者ポイント広告
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
07 マトゥ
頭を整理している。
リエと名乗った彼女があの後何かを言ってた気がするけれど、覚えているのは、「お水をお持ちしますね」という最後の科白だけだ。
今は一人、この部屋に残されている。
私は彼女と会話していた、その場所に立ち尽くしたままだ。
反芻するのは、その口から紡がれ、耳に届いた言葉だけ。
ここは、神聖レシル王国という名の国。
現在地は、王都レシリア、そこに建つ王城の一室。
部屋の作りから察するに、客賓用のものだろうけど、多分に。
そうして、彼女が私に向けて言った、“勇者様”。
意味がわからない。
訳もわからない。
何がどうなっているのか、どうしてこんなところにいるのか。そもそも、何で私が“勇者”なのかもわからないが。
一番最後が一番納得出来ないんだけれども。
落ち着け、落ち着け。
言い聞かせる。
ここまで来るのに、実際はかなりの時間を要していたのだが、そんな事を気にする余裕はない。
止まっていた思考がやっと動き出したのだから、最初にやるべき事がある。
固まってる場合ではない、混乱してる場合でもない、悪態ついてる場合でもない、現状をしっかり把握しないと。
「―――って、出来るかっ!!!!」
叫んだ。
もう柄にもなく叫び声を上げましたよ、馬鹿みたいに。
部屋に一人しかいないから、その後は、しんっとした時間が流れるだけ。
「何だってのよ、これ」
額に手をあてる。
祖父に言われた事があるが、これ、私が困った時の癖らしい。
溜息を一つ吐き出して、とりあえず、寝ていたベットへと逆戻り、腰掛ける。
落ち着けと自分に言ったところで、何をどう落ち着いたらいいのかわからないし、考え様にも、わからない事ばかりでどうしようもない。
もう一度深い溜息を吐き出してから、ある事に気付いた。
自身の服装。
スーツ着てる……。
このままで寝てたのか、と思わず笑いそうになってから、待て、と自分を制する。
仕事に行く時の服装だ、これは。
それなら、私は仕事に行こうとしていたのに、気付いたらベットの中で寝ていたとなる。しかも知らない場所で。
更に意味不明な展開だ。
両手で頭を抱え込んだところで、ドアをノックする音が聞こえる。
ノックは2回、さっきも聞いた音だ。ゆっくりと顔を上げて、視線を向けると、顔を見せたのは見覚えのある姿。
「お水、お持ちしました」
変わらず満面の笑顔。
可愛いんだけどね、可愛いけれど、この場合、というか私はそれどころではないんですけど。
すぐ傍までトコトコと歩く姿も可愛いね―――って、違う。
気付かなかったけど、ベットの傍にナイトテーブルがあったようで、リエはそこにポットとグラスの乗ったお盆を置いて、
「お腹は空いてませんか?」
そんな事を聞いてきた。
「大丈夫」
「そうですか。―――はい、お水です」
にこにこと、グラスに注がれた半透明のそれを差し出す。
飲んで大丈夫なんだろうか、これ。きっと普段の私なら見ず知らずの人間にそんな物を出されても疑っただろうけど、気が動転してたと認めざるを得ない、そのまま、「有り難う」といって受け取り、一気に飲み干した。
「美味しい」
「本当ですか? 有り難うございます」
ぽつりと呟いた科白に、心底嬉しそうな声が返った。
律儀に返事しなくてもいいのに。
けれど、確かに、私はそれを飲んだ。
躰を抜けた冷たい感触が、これが夢ではなく現実であると告げている。
馬鹿な夢を見てるのかと思っていたのに、哀しいことにそれは否定されてしまった。
「ええと、それでね。聞きたいんだけど…」
「はい、何ですか? 勇者様」
「……いや、その呼び方止めて」
「え、でも…。そうですよね?」
きゅーんとして、小首傾げて聞かれても。
可愛いんだけれども、違うだろうに。
それは私が聞きたいよ……。
「私には、松浪琳子っていう名前があるから」
「マトゥナミリンコ様ですか」
「…松浪」
「マトゥナミ様ですね」
満面笑顔ですが、違います。
そもそも、それ全部が―――ああ、そうか。
「琳子。そっちが名前で、性が松浪」
「…では、リンコ=マトゥナミ様ですね」
「いや、だから松―――もういいや、それで。お水美味しかった、有り難うね」
どうして“松”が“マトゥ”になるのかさっぱりわからないが、訂正するのを諦める。
言っても無駄な気がしてきたし。
「はい、勇者様。どう致しまして」
「いや、それ止めて」
「はい?」
「その呼び方」
「でも、そうですよね?」
リピートですか、リピート。
何のために名乗ったのかと……。
「せめて、名前にしてくれる?」
「あ、はい。では、リンコ様」
「様って……それもいらないんだけど」
「え…、でも、リンコ様は勇者様ですし、そういう訳にもいかないのですけれど」
それから離れて欲しいんですが。
「本人がいらないって言ってもダメ?」
「はい」
即答ですか。
言った本人は、それを当然といった風にしてる訳で。
その顔を見て、これは何を言っても無駄だなと悟る私がいたりして。
「わかった、それでいいよ。でも、勇者とか言うのはやめてくれる?」
「え、でも…そうで 「そう呼ばれるの好きじゃないから」
ぴしゃりと言い放った科白に、一気に表情が暗くなった。
何ていうか、私が物凄く悪い事をした気になるのはどうしてだろう。
「だから名前にしてね」
とって付けた科白に、急浮上。ぱぁっと花が咲いたみたいな笑顔。
色見本みたいなコだ、なんて一瞬思ったけれど、口には出さないでおいた。
「はいっ、リンコ様」
何でこんなに嬉しそうなんだろうと激しく疑問に思う。
いや、他にも疑問は尽きないのだけれど。
「それで、リエさん」
「リエです、リンコ様」
見かけによらず強情のようで。
「それじゃ、リエ。聞くけど…―――ああ、妙な事言ってるなと思ったら言ってくれていいから」
「はい。何でしょう?」
「どうして私はここにいて、何故に私が勇者なのか、そもそもどうやってここに来たのか、それから何故ベットに寝ていたのか、最後に地理でいうとこの国はどのあたりに位置しているのか、教えてくれる?」
「え、ええと……そんなに一度に言われましても」
「一つずつでいいから」
「あ、はい…。ええと、リンコ様は勇者様ですからここにいて、何故リンコ様が勇者様なのかと言われましても選定理由は私にはわからないのですが」
「って、わからないの!?」
「はい、申し訳ありません」
「ちょっと待って、謝らなくていいから。わからないのにそう呼んだの?」
「はい。だってどこをどう見ても間違いありませんし、そのようにお聞きしましたので」
「………聞いたって、誰に」
「ミルファ王女様とラッセル様から」
誰?
名前が二つ出ました、はい、双方知りません。
片方は少し前、耳にした呼称だけれども。
「それで、ベットに寝ていたのは気を失っていたので、大事を取ってという事です。その辺りのお話は、ラッセル様から聞いていただけると、わかるかと思います。リンコ様をお連れしたのがラッセル様ですので」
疑問符しか浮かんでない私を置いて、リエは言葉を続けるのでした。
どうやら彼女、私が勇者と言われて、その身の回りの世話をするようお偉い方々から言われて、喜んでるというのだけはわかったけれども。
とりあえず、そのラッセルとやらに聞かないと先には進めないってのも理解。
「この国の位置ですが、エリシオール大陸の一番東にあります。東側は海に面しておりまして、北方、西方、南方はそれぞれ山に囲まれています。特に北西の山は、雲をしのぐ高さを誇る、エリシオール一高い山なんですよ」
ヘンな方向へ行ってる話だとは思っていたけれど。
夢かと疑う状況だったけれど、これは現実と再認識させられた上で、それか。
もう、厭きれるとかそれ以前に、愕然と、というか、やっと怒りが湧いてきたというか。
現状に。
「………どこよ」
「エリシオール大陸です」
「だから、それが…」
コンコン、と。2回のノック。
どこなのか、と口にするのを遮るように、それは室内に嫌に響き渡った。
再び頭を抱え込んだ私を、不安そうにリエは見つめていたのだけれど、響いた音に、表情を明るくさせた。
「きっと、ラッセル様です。さきほど、お水を取りに行く時に目を覚まされたとお伝えするよう頼んでおいたので」
言いながら、トコトコとドアの方へ。
諸悪の根源の登場か。
私の勝手な思い込みだったろうけど、リエの口から出た名前にそう思った。私をここへ“連れて来た”と言ってたんだから、強ち間違いでもない自身がある。
ドアを睨む。もう本気で。
のこのこ顔を出せるとはいい度胸してる。
とりあえず、言い分は聞くとしても、何発か殴らないと気がすまな―――
「よかった、お元気そうですね」
開かれたドア、目線を下げたまま入室して、やはり何故か一礼して、顔を上げてこちらを向いたその人物は、心底安堵したような声を漏らした。
私は、というと、睨むのも忘れて、その姿を見つめる。
これは、何?
驚かない人間がいたら、そいつはきっと脳の神経が焼ききれているに違いない。
笑みを称えたまま、すぐ近くまで歩み寄って来る。
歩いてるから、幽霊ではないらしい。しかし。
「お初目にお目にかかります。宰相の、ラッセル=アルベッキーノと申します」
2メートルほどの距離を置いて立ち止まり、優しそうな声で、優しげな笑みを浮かべて、そう名乗ってから、深々と頭を下げた。
いや、ていうか。
人間ですか? と、聞いたら失礼だろうか。
驚く事ばかりというか、そもそも何もかもが可笑しい状況だけれど。
ラッセル=アルベッキーノ、と名乗ったこの男。
白い。
とにかく、白いのだ。むしろ、青白い。
幽霊じゃないなら、引き篭り? と、聞きたくなるくらいに。細いし、むしろ細長いし。絶対虚弱体質だ。
まず、顔色が不健康そのもの、血色が悪すぎる。リエも白かったが、こちらは健康的で、美白な肌と言えるけれど、目の前の男は明らかに、病的。
更には、色が全く入っていない、白髪。老人という年齢には見えない、若いというわけではないが、どう見ても40代だ。なのに白髪。しかも長髪。肩より少し長いだけの、白髪。
そして、優しげではあるが、限りなく、限りなく、やっぱり白に近い、薄いスカイブルーの瞳。
着てる服まで、白い。真っ白だ。
……虚弱体質どころじゃないね。
人間ですか、これ? いや、これ呼ばわりは失礼だろうけど、流石に、私も限界というか。
黙り込んでる私に、苦笑が返る。
苦笑いなんだろうけど、どう見ても、そのまま倒れそうな雰囲気。
「突然のことで、驚かれているかと思います」
言葉を紡ぐ。
口調からは、弱々しい感じは受けない。しっかりとした物言いだけれども、見た目に問題がある。
それと驚いてるのは、確かに突然だったけど、正しくは、あなたの容姿に。
人間ですか? と、思わず尋ねたいのを再度飲み込んだ。
「ですが、どうか、我々をお助け下さい。勇者様」
ぴしり。
深々と頭を下げる姿を前に、私の顔は無表情で固定された。
そういえば、そうだった。
私の思考は、“勇者”という単語に停止するのではなく、それはもうしっかりと、繋がった。
すっかり忘れていたけれど、目の前のこの男は諸悪の根源だったのだから。
<< BACK TOP NEXT >>
頭を整理している。
リエと名乗った彼女があの後何かを言ってた気がするけれど、覚えているのは、「お水をお持ちしますね」という最後の科白だけだ。
今は一人、この部屋に残されている。
私は彼女と会話していた、その場所に立ち尽くしたままだ。
反芻するのは、その口から紡がれ、耳に届いた言葉だけ。
ここは、神聖レシル王国という名の国。
現在地は、王都レシリア、そこに建つ王城の一室。
部屋の作りから察するに、客賓用のものだろうけど、多分に。
そうして、彼女が私に向けて言った、“勇者様”。
意味がわからない。
訳もわからない。
何がどうなっているのか、どうしてこんなところにいるのか。そもそも、何で私が“勇者”なのかもわからないが。
一番最後が一番納得出来ないんだけれども。
落ち着け、落ち着け。
言い聞かせる。
ここまで来るのに、実際はかなりの時間を要していたのだが、そんな事を気にする余裕はない。
止まっていた思考がやっと動き出したのだから、最初にやるべき事がある。
固まってる場合ではない、混乱してる場合でもない、悪態ついてる場合でもない、現状をしっかり把握しないと。
「―――って、出来るかっ!!!!」
叫んだ。
もう柄にもなく叫び声を上げましたよ、馬鹿みたいに。
部屋に一人しかいないから、その後は、しんっとした時間が流れるだけ。
「何だってのよ、これ」
額に手をあてる。
祖父に言われた事があるが、これ、私が困った時の癖らしい。
溜息を一つ吐き出して、とりあえず、寝ていたベットへと逆戻り、腰掛ける。
落ち着けと自分に言ったところで、何をどう落ち着いたらいいのかわからないし、考え様にも、わからない事ばかりでどうしようもない。
もう一度深い溜息を吐き出してから、ある事に気付いた。
自身の服装。
スーツ着てる……。
このままで寝てたのか、と思わず笑いそうになってから、待て、と自分を制する。
仕事に行く時の服装だ、これは。
それなら、私は仕事に行こうとしていたのに、気付いたらベットの中で寝ていたとなる。しかも知らない場所で。
更に意味不明な展開だ。
両手で頭を抱え込んだところで、ドアをノックする音が聞こえる。
ノックは2回、さっきも聞いた音だ。ゆっくりと顔を上げて、視線を向けると、顔を見せたのは見覚えのある姿。
「お水、お持ちしました」
変わらず満面の笑顔。
可愛いんだけどね、可愛いけれど、この場合、というか私はそれどころではないんですけど。
すぐ傍までトコトコと歩く姿も可愛いね―――って、違う。
気付かなかったけど、ベットの傍にナイトテーブルがあったようで、リエはそこにポットとグラスの乗ったお盆を置いて、
「お腹は空いてませんか?」
そんな事を聞いてきた。
「大丈夫」
「そうですか。―――はい、お水です」
にこにこと、グラスに注がれた半透明のそれを差し出す。
飲んで大丈夫なんだろうか、これ。きっと普段の私なら見ず知らずの人間にそんな物を出されても疑っただろうけど、気が動転してたと認めざるを得ない、そのまま、「有り難う」といって受け取り、一気に飲み干した。
「美味しい」
「本当ですか? 有り難うございます」
ぽつりと呟いた科白に、心底嬉しそうな声が返った。
律儀に返事しなくてもいいのに。
けれど、確かに、私はそれを飲んだ。
躰を抜けた冷たい感触が、これが夢ではなく現実であると告げている。
馬鹿な夢を見てるのかと思っていたのに、哀しいことにそれは否定されてしまった。
「ええと、それでね。聞きたいんだけど…」
「はい、何ですか? 勇者様」
「……いや、その呼び方止めて」
「え、でも…。そうですよね?」
きゅーんとして、小首傾げて聞かれても。
可愛いんだけれども、違うだろうに。
それは私が聞きたいよ……。
「私には、松浪琳子っていう名前があるから」
「マトゥナミリンコ様ですか」
「…松浪」
「マトゥナミ様ですね」
満面笑顔ですが、違います。
そもそも、それ全部が―――ああ、そうか。
「琳子。そっちが名前で、性が松浪」
「…では、リンコ=マトゥナミ様ですね」
「いや、だから松―――もういいや、それで。お水美味しかった、有り難うね」
どうして“松”が“マトゥ”になるのかさっぱりわからないが、訂正するのを諦める。
言っても無駄な気がしてきたし。
「はい、勇者様。どう致しまして」
「いや、それ止めて」
「はい?」
「その呼び方」
「でも、そうですよね?」
リピートですか、リピート。
何のために名乗ったのかと……。
「せめて、名前にしてくれる?」
「あ、はい。では、リンコ様」
「様って……それもいらないんだけど」
「え…、でも、リンコ様は勇者様ですし、そういう訳にもいかないのですけれど」
それから離れて欲しいんですが。
「本人がいらないって言ってもダメ?」
「はい」
即答ですか。
言った本人は、それを当然といった風にしてる訳で。
その顔を見て、これは何を言っても無駄だなと悟る私がいたりして。
「わかった、それでいいよ。でも、勇者とか言うのはやめてくれる?」
「え、でも…そうで 「そう呼ばれるの好きじゃないから」
ぴしゃりと言い放った科白に、一気に表情が暗くなった。
何ていうか、私が物凄く悪い事をした気になるのはどうしてだろう。
「だから名前にしてね」
とって付けた科白に、急浮上。ぱぁっと花が咲いたみたいな笑顔。
色見本みたいなコだ、なんて一瞬思ったけれど、口には出さないでおいた。
「はいっ、リンコ様」
何でこんなに嬉しそうなんだろうと激しく疑問に思う。
いや、他にも疑問は尽きないのだけれど。
「それで、リエさん」
「リエです、リンコ様」
見かけによらず強情のようで。
「それじゃ、リエ。聞くけど…―――ああ、妙な事言ってるなと思ったら言ってくれていいから」
「はい。何でしょう?」
「どうして私はここにいて、何故に私が勇者なのか、そもそもどうやってここに来たのか、それから何故ベットに寝ていたのか、最後に地理でいうとこの国はどのあたりに位置しているのか、教えてくれる?」
「え、ええと……そんなに一度に言われましても」
「一つずつでいいから」
「あ、はい…。ええと、リンコ様は勇者様ですからここにいて、何故リンコ様が勇者様なのかと言われましても選定理由は私にはわからないのですが」
「って、わからないの!?」
「はい、申し訳ありません」
「ちょっと待って、謝らなくていいから。わからないのにそう呼んだの?」
「はい。だってどこをどう見ても間違いありませんし、そのようにお聞きしましたので」
「………聞いたって、誰に」
「ミルファ王女様とラッセル様から」
誰?
名前が二つ出ました、はい、双方知りません。
片方は少し前、耳にした呼称だけれども。
「それで、ベットに寝ていたのは気を失っていたので、大事を取ってという事です。その辺りのお話は、ラッセル様から聞いていただけると、わかるかと思います。リンコ様をお連れしたのがラッセル様ですので」
疑問符しか浮かんでない私を置いて、リエは言葉を続けるのでした。
どうやら彼女、私が勇者と言われて、その身の回りの世話をするようお偉い方々から言われて、喜んでるというのだけはわかったけれども。
とりあえず、そのラッセルとやらに聞かないと先には進めないってのも理解。
「この国の位置ですが、エリシオール大陸の一番東にあります。東側は海に面しておりまして、北方、西方、南方はそれぞれ山に囲まれています。特に北西の山は、雲をしのぐ高さを誇る、エリシオール一高い山なんですよ」
ヘンな方向へ行ってる話だとは思っていたけれど。
夢かと疑う状況だったけれど、これは現実と再認識させられた上で、それか。
もう、厭きれるとかそれ以前に、愕然と、というか、やっと怒りが湧いてきたというか。
現状に。
「………どこよ」
「エリシオール大陸です」
「だから、それが…」
コンコン、と。2回のノック。
どこなのか、と口にするのを遮るように、それは室内に嫌に響き渡った。
再び頭を抱え込んだ私を、不安そうにリエは見つめていたのだけれど、響いた音に、表情を明るくさせた。
「きっと、ラッセル様です。さきほど、お水を取りに行く時に目を覚まされたとお伝えするよう頼んでおいたので」
言いながら、トコトコとドアの方へ。
諸悪の根源の登場か。
私の勝手な思い込みだったろうけど、リエの口から出た名前にそう思った。私をここへ“連れて来た”と言ってたんだから、強ち間違いでもない自身がある。
ドアを睨む。もう本気で。
のこのこ顔を出せるとはいい度胸してる。
とりあえず、言い分は聞くとしても、何発か殴らないと気がすまな―――
「よかった、お元気そうですね」
開かれたドア、目線を下げたまま入室して、やはり何故か一礼して、顔を上げてこちらを向いたその人物は、心底安堵したような声を漏らした。
私は、というと、睨むのも忘れて、その姿を見つめる。
これは、何?
驚かない人間がいたら、そいつはきっと脳の神経が焼ききれているに違いない。
笑みを称えたまま、すぐ近くまで歩み寄って来る。
歩いてるから、幽霊ではないらしい。しかし。
「お初目にお目にかかります。宰相の、ラッセル=アルベッキーノと申します」
2メートルほどの距離を置いて立ち止まり、優しそうな声で、優しげな笑みを浮かべて、そう名乗ってから、深々と頭を下げた。
いや、ていうか。
人間ですか? と、聞いたら失礼だろうか。
驚く事ばかりというか、そもそも何もかもが可笑しい状況だけれど。
ラッセル=アルベッキーノ、と名乗ったこの男。
白い。
とにかく、白いのだ。むしろ、青白い。
幽霊じゃないなら、引き篭り? と、聞きたくなるくらいに。細いし、むしろ細長いし。絶対虚弱体質だ。
まず、顔色が不健康そのもの、血色が悪すぎる。リエも白かったが、こちらは健康的で、美白な肌と言えるけれど、目の前の男は明らかに、病的。
更には、色が全く入っていない、白髪。老人という年齢には見えない、若いというわけではないが、どう見ても40代だ。なのに白髪。しかも長髪。肩より少し長いだけの、白髪。
そして、優しげではあるが、限りなく、限りなく、やっぱり白に近い、薄いスカイブルーの瞳。
着てる服まで、白い。真っ白だ。
……虚弱体質どころじゃないね。
人間ですか、これ? いや、これ呼ばわりは失礼だろうけど、流石に、私も限界というか。
黙り込んでる私に、苦笑が返る。
苦笑いなんだろうけど、どう見ても、そのまま倒れそうな雰囲気。
「突然のことで、驚かれているかと思います」
言葉を紡ぐ。
口調からは、弱々しい感じは受けない。しっかりとした物言いだけれども、見た目に問題がある。
それと驚いてるのは、確かに突然だったけど、正しくは、あなたの容姿に。
人間ですか? と、思わず尋ねたいのを再度飲み込んだ。
「ですが、どうか、我々をお助け下さい。勇者様」
ぴしり。
深々と頭を下げる姿を前に、私の顔は無表情で固定された。
そういえば、そうだった。
私の思考は、“勇者”という単語に停止するのではなく、それはもうしっかりと、繋がった。
すっかり忘れていたけれど、目の前のこの男は諸悪の根源だったのだから。
<< BACK TOP NEXT >>
PR