徒然なる、谺の戯言日記。
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16 それでもマトゥ
去り行く背を見送って、安堵の息をもう一度吐き出す。
何ていうかツッコミ所は満載なんだけど。
一番は自分に対して…。
「…何でこんな事に」
呟きつつ、額に手を当てて。
いや、思うだけ無駄だって事はもうわかってるんだけれども。
思わずにはいられないのだ。―――何でこんな面倒な状況に、と。
「りーんーこーさーまーっ!!!!!」
この状況では余り聞きたくない声が聞こえた。失礼かもしれないけど。
顔を上げてその方向へと向き直ると……何だろう、凄い満面笑みを浮かべたリエが左手を大きくぶんぶん振りながら走って来る。
こちらへ向かって。
「りーんーこーさーまーっ!!!!!」
疲れないのかな、あの走り方…? っていうか、聞こえてるからその大声辞めて、お願い。
少しだけ顔が引き攣るのも仕方ないと思いつつ、軽く右手を上げて手を振り返す。
途端、満面の笑みが嬉しそうなそれに変わって。
「りんこさまーっ!!!!」
いや、だから叫ぶなと。
必然的に、それに呼応するように人の目がこっちに向いてしまう訳で。
すぐ傍まで走り寄ってきたリエは、立ち止まって肩を上下させてはーはー言ってるし。
やっぱり疲れるよね…あんな走り方の上に、そんな大声出してたら。
「リ、リンコ様、お怪我は!?」
「ないよ。…リエの方が大変そうなんだけど?」
「わ、私は…その、大丈夫です」
肩はまだ上下してるし、呼吸も荒いけどね…。
「それで、ここまで来たのに悪いと思うけど。もう終ったから」
「え……」
「帰ろうと思ってたところ。わざわざ来てくれたのに、悪いけれど」
「え、あ…そうですか」
途端、しゅんっとした顔になって。
やっぱりこのコ、琥珀に似てるかもしれない…。
「―――でも、来てくれて助かったかも。道を確認しないで来たから、正確に道順を覚えてなくて迷ったかもしれないから」
肩を竦めてそう言った科白に、花が咲いたように明るい笑顔を浮かべる。
「はい。では、お戻りになられるんですね?」
「そうなるかな? とりあえず……火柱は他では上がっていないようだし」
「ここに来る間に魔族の方をお2人だけしかお見かけしてませんので、大丈夫だと思います」
「2人?」
「ええ、気絶されている方と、壁に綺麗に埋まっている方と」
笑顔で返った科白に、思わず苦笑いを浮かべる。
忘れていたのに。
「………他にもいなかった?」
「はい、おりませんでした」
はっきりと返った科白で、後から出てきた3人は逃げたのだろうと勝手に予想する。
後なのに、前2人…―――いや、最初の1人だけに言うなら、上からの落下の衝撃があったんだからそう簡単に眼を覚ましたりはしないだろうけれども、壁に埋まってるのと合わせて、まだ意識が戻らないとは。
手加減が難しい、と改めて思う。
日常生活にも支障を来たしそうな気がするんだけれども、コレ。
「リンコ様、どうかなさいましたか?」
「ううん、別に何でもない。少し話も聞きたいから、戻ったらお茶でも飲みながら落ち着きたいかな」
「わかりました。美味しいお飲み物をご用意致しますね! …リンコ様、暖かいのと冷たいのはどちらがお好みですか?」
「そうね、暖かい方がいいかな」
「はいっ!」
連れ立って歩き始めたとろこに、さっきの神官服の1人が駆け寄って来る。
「リエ様」
「………あ、マナムーさん。こんにちは。お勤めご苦労様でした」
ぺこり、と頭を下げるリエ。
「いえ、そのためにおりますから。………あの、リエ様」
「あっ! リンコ様、ご紹介します。こちら、マナムーさんです」
「…マナムー=テットンです。宜しくお願いします」
ぺこりと神官服、もとい、マナムーさんは頭を下げる。
余り関わり合いたくないような気もするんだけれど、疲れそうで。
さっきのアレを見てしまった後なだけに。
「それで、マナムーさん。こちら、リンコ様です」
「リンコ=マツナミです。こちらこそ宜しくお願いします」
「リンコ=マトゥナミ様とおっしゃられるんですか。ゆ……あ、いえ、何でもありません」
松がマトゥになってる事に疲れを覚えつつ、引き攣った笑みを浮かべるマナムーさんに軽く一礼した。
「あ、マナムーさん。おわかりと思いますけど、リンコ様が勇者様なんです! でも、そう呼ぶのはダメなので、リンコ様って言って下さいね」
勇者、その単語をリエが口にした瞬間、マナムーの顔から血の気がサッと引いた。
先ほどの光景を見てたら仕方ない反応かもしれないが、そこまで怯えなくてもいいと思う。
………それとも、当然の反応?
「え、あ、はい。そこは勿論。重々理解しております、リエ様」
「わ、本当ですかー。流石はマナムーさん、お耳が早いですねっ」
「いえ、大した事では…」
言いよどんでコチラをちらりと見やる。
殴ったりはしないから、そこまで怯えなくても………。
確かに、殴るって言った気はしないでもないけれど、本当に殴る訳ないのに。
例外を除いて。
「あの、それなら、リンコ様のお世話は、リエ様が?」
「はいっ!」
「そうですか。そうなると、リエ様の後任の方は……?」
「エル様が」
にこにこと告げられた呼称に、マナムーさんの顔が、というか動きが止まった。
そういえば、エル様って前にも聞いたけれど、誰なんだろう。
きちんと話を聞いてないのに飛び出しちゃったから、身内会話………とは、多分、違うだろうけど、そっちの話には付いていけない。
「元々、ミエルファ王女様の護衛は私以外にもおりましたから、問題ありません」
「護衛?」
「はい。あ、そういえば、リンコ様には詳しいお話がまだでしたね」
「うん。………とりあえず、戻ってから、お茶でも飲みながら教えてくれる?」
「わかりましたっ」
「ああっ!? お引止めしまして申し訳有りませんっ!」
ずさっと後ずさる。
………怯えられてる、完全に。
「別に気にしないで下さい。こちらこそ、先ほどは名乗らずに失礼しましたので」
「滅相もございません。後ほど、きちんとご挨拶に伺います」
「いえ、そこまでして貰わなくても…」
「そうですよー。それに、マナムーさんはこれから復興作業があるからそんな暇ないですよ、きっと」
暢気な声で告げたリエに、場の空気が固まった。正確には、マナムーさんの時間が止まった感じだけど。
うん、この子、空気読めないっていうか、読む気ない子に違いない。
1人納得し、マナムーさんに向き直って苦笑する。
「作業、頑張って下さいね」
「有り難うございます」
へこーっと頭を下げて踵を返した。
その背を見送るリエが、クスクス笑う。
「マナムーさんって本当に真面目なんですよ」
「確かに、そんな感じはするね…」
丁寧、というか。
「さて、それではリンコ様。戻りましょうか。お洋服の採寸もしないといけませんから」
「………採寸?」
「そうです。お洋服の話は、しましたよね?」
「うん。………そっか、そう、だよね。測るんだ…」
「はいっ。リンコ様、何着ても似合いそうですから、羨ましいです」
「いや、そんな事はないと思うんだけど……」
特に、アナタが今着ているような服は。
「そんな事あります! 愉しみですし、服飾師さんもきっと喜びます。作りがいがあるでしょうから」
「作っ………って、そこまでして貰わなくても」
「そういう訳にはいきません。流石に今すぐ着る物は既製品になりますけれど、リンコ様にはきちっとリンコ様だけのお洋服をご用意します。むしろしないといけません。失礼になります!」
拳を握り締めて力説するリエ。
何をそこまで熱くなるんだろうと疑問に思ったが、突っ込まずに曖昧な笑みを返した。
その後、城に戻った私が、リエから子供に解くようにこの世界の話を聞く事になるのだが。
私が些細な疑問を投げるたびに、白熱したリエが熱く語り返しては話が逸れ、結局、深夜遅くまで寝かせてもらえなかったというオチが付いた。
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何ていうかツッコミ所は満載なんだけど。
一番は自分に対して…。
「…何でこんな事に」
呟きつつ、額に手を当てて。
いや、思うだけ無駄だって事はもうわかってるんだけれども。
思わずにはいられないのだ。―――何でこんな面倒な状況に、と。
「りーんーこーさーまーっ!!!!!」
この状況では余り聞きたくない声が聞こえた。失礼かもしれないけど。
顔を上げてその方向へと向き直ると……何だろう、凄い満面笑みを浮かべたリエが左手を大きくぶんぶん振りながら走って来る。
こちらへ向かって。
「りーんーこーさーまーっ!!!!!」
疲れないのかな、あの走り方…? っていうか、聞こえてるからその大声辞めて、お願い。
少しだけ顔が引き攣るのも仕方ないと思いつつ、軽く右手を上げて手を振り返す。
途端、満面の笑みが嬉しそうなそれに変わって。
「りんこさまーっ!!!!」
いや、だから叫ぶなと。
必然的に、それに呼応するように人の目がこっちに向いてしまう訳で。
すぐ傍まで走り寄ってきたリエは、立ち止まって肩を上下させてはーはー言ってるし。
やっぱり疲れるよね…あんな走り方の上に、そんな大声出してたら。
「リ、リンコ様、お怪我は!?」
「ないよ。…リエの方が大変そうなんだけど?」
「わ、私は…その、大丈夫です」
肩はまだ上下してるし、呼吸も荒いけどね…。
「それで、ここまで来たのに悪いと思うけど。もう終ったから」
「え……」
「帰ろうと思ってたところ。わざわざ来てくれたのに、悪いけれど」
「え、あ…そうですか」
途端、しゅんっとした顔になって。
やっぱりこのコ、琥珀に似てるかもしれない…。
「―――でも、来てくれて助かったかも。道を確認しないで来たから、正確に道順を覚えてなくて迷ったかもしれないから」
肩を竦めてそう言った科白に、花が咲いたように明るい笑顔を浮かべる。
「はい。では、お戻りになられるんですね?」
「そうなるかな? とりあえず……火柱は他では上がっていないようだし」
「ここに来る間に魔族の方をお2人だけしかお見かけしてませんので、大丈夫だと思います」
「2人?」
「ええ、気絶されている方と、壁に綺麗に埋まっている方と」
笑顔で返った科白に、思わず苦笑いを浮かべる。
忘れていたのに。
「………他にもいなかった?」
「はい、おりませんでした」
はっきりと返った科白で、後から出てきた3人は逃げたのだろうと勝手に予想する。
後なのに、前2人…―――いや、最初の1人だけに言うなら、上からの落下の衝撃があったんだからそう簡単に眼を覚ましたりはしないだろうけれども、壁に埋まってるのと合わせて、まだ意識が戻らないとは。
手加減が難しい、と改めて思う。
日常生活にも支障を来たしそうな気がするんだけれども、コレ。
「リンコ様、どうかなさいましたか?」
「ううん、別に何でもない。少し話も聞きたいから、戻ったらお茶でも飲みながら落ち着きたいかな」
「わかりました。美味しいお飲み物をご用意致しますね! …リンコ様、暖かいのと冷たいのはどちらがお好みですか?」
「そうね、暖かい方がいいかな」
「はいっ!」
連れ立って歩き始めたとろこに、さっきの神官服の1人が駆け寄って来る。
「リエ様」
「………あ、マナムーさん。こんにちは。お勤めご苦労様でした」
ぺこり、と頭を下げるリエ。
「いえ、そのためにおりますから。………あの、リエ様」
「あっ! リンコ様、ご紹介します。こちら、マナムーさんです」
「…マナムー=テットンです。宜しくお願いします」
ぺこりと神官服、もとい、マナムーさんは頭を下げる。
余り関わり合いたくないような気もするんだけれど、疲れそうで。
さっきのアレを見てしまった後なだけに。
「それで、マナムーさん。こちら、リンコ様です」
「リンコ=マツナミです。こちらこそ宜しくお願いします」
「リンコ=マトゥナミ様とおっしゃられるんですか。ゆ……あ、いえ、何でもありません」
松がマトゥになってる事に疲れを覚えつつ、引き攣った笑みを浮かべるマナムーさんに軽く一礼した。
「あ、マナムーさん。おわかりと思いますけど、リンコ様が勇者様なんです! でも、そう呼ぶのはダメなので、リンコ様って言って下さいね」
勇者、その単語をリエが口にした瞬間、マナムーの顔から血の気がサッと引いた。
先ほどの光景を見てたら仕方ない反応かもしれないが、そこまで怯えなくてもいいと思う。
………それとも、当然の反応?
「え、あ、はい。そこは勿論。重々理解しております、リエ様」
「わ、本当ですかー。流石はマナムーさん、お耳が早いですねっ」
「いえ、大した事では…」
言いよどんでコチラをちらりと見やる。
殴ったりはしないから、そこまで怯えなくても………。
確かに、殴るって言った気はしないでもないけれど、本当に殴る訳ないのに。
例外を除いて。
「あの、それなら、リンコ様のお世話は、リエ様が?」
「はいっ!」
「そうですか。そうなると、リエ様の後任の方は……?」
「エル様が」
にこにこと告げられた呼称に、マナムーさんの顔が、というか動きが止まった。
そういえば、エル様って前にも聞いたけれど、誰なんだろう。
きちんと話を聞いてないのに飛び出しちゃったから、身内会話………とは、多分、違うだろうけど、そっちの話には付いていけない。
「元々、ミエルファ王女様の護衛は私以外にもおりましたから、問題ありません」
「護衛?」
「はい。あ、そういえば、リンコ様には詳しいお話がまだでしたね」
「うん。………とりあえず、戻ってから、お茶でも飲みながら教えてくれる?」
「わかりましたっ」
「ああっ!? お引止めしまして申し訳有りませんっ!」
ずさっと後ずさる。
………怯えられてる、完全に。
「別に気にしないで下さい。こちらこそ、先ほどは名乗らずに失礼しましたので」
「滅相もございません。後ほど、きちんとご挨拶に伺います」
「いえ、そこまでして貰わなくても…」
「そうですよー。それに、マナムーさんはこれから復興作業があるからそんな暇ないですよ、きっと」
暢気な声で告げたリエに、場の空気が固まった。正確には、マナムーさんの時間が止まった感じだけど。
うん、この子、空気読めないっていうか、読む気ない子に違いない。
1人納得し、マナムーさんに向き直って苦笑する。
「作業、頑張って下さいね」
「有り難うございます」
へこーっと頭を下げて踵を返した。
その背を見送るリエが、クスクス笑う。
「マナムーさんって本当に真面目なんですよ」
「確かに、そんな感じはするね…」
丁寧、というか。
「さて、それではリンコ様。戻りましょうか。お洋服の採寸もしないといけませんから」
「………採寸?」
「そうです。お洋服の話は、しましたよね?」
「うん。………そっか、そう、だよね。測るんだ…」
「はいっ。リンコ様、何着ても似合いそうですから、羨ましいです」
「いや、そんな事はないと思うんだけど……」
特に、アナタが今着ているような服は。
「そんな事あります! 愉しみですし、服飾師さんもきっと喜びます。作りがいがあるでしょうから」
「作っ………って、そこまでして貰わなくても」
「そういう訳にはいきません。流石に今すぐ着る物は既製品になりますけれど、リンコ様にはきちっとリンコ様だけのお洋服をご用意します。むしろしないといけません。失礼になります!」
拳を握り締めて力説するリエ。
何をそこまで熱くなるんだろうと疑問に思ったが、突っ込まずに曖昧な笑みを返した。
その後、城に戻った私が、リエから子供に解くようにこの世界の話を聞く事になるのだが。
私が些細な疑問を投げるたびに、白熱したリエが熱く語り返しては話が逸れ、結局、深夜遅くまで寝かせてもらえなかったというオチが付いた。
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15 タブーは“勇者”
ひくり、と顔が強張る。
ありえないくらい冷え冷えとした笑みを自分が浮かべているであろう事がわかった。
対峙するリーダー魔族さんの顔が一気に青褪めたから。
「…今、何か言った?」
声のトーンが更に下がっているのも仕様。
けれど。
沈黙したのは、リーダー魔族さんだけじゃなかった。
全体が。この場が。それと共に、痛いくらいの視線が自分に注がれているのを感じる。
他の人にも、リーダー魔族さん曰く“加護者”と思われてたんだろう。この髪の色で。
けれど、さきほどの発言で、眼も黒いのがバレた。
両方黒いとか、ありえないのだから。この世界では。
わかっていた筈なのに、ある意味。それでも、目の前のコイツが余計な事を言わなければ―――
「や、やはり、勇者だな! 我々は 「聞き飽きた」
気を取り直して、とでも言うように声を上げたリーダー魔族さんの科白を絶対零度の声で遮り、睨む。
再度、場が沈黙し―――――魔族の3人は、こちらを伺うようにして、再びブツブツと呟き始める。
この距離でも何を言っているのかはわからない。
「危ない、下がって!」
神官服の男が叫んだ。
その声に肩を竦めて返し、地を蹴った。
こんな茶番劇に付き合うつもりはない。
それに余計な一言を口にしている、ただ殴って黙らせるだけでは事足りない。
第一、やられる前に、やるのが当たり前。
……その思考が普通じゃないのかもしれないけれど、喧嘩を売ってきたのは向こうで、私はそれを買っただけだ。
即金で。
「“返すは紅蓮のほの”……ぐぁ」
とりあえずリーダー魔族さんは放置。
その右隣にいたヤツへと殴りつけて―――
「何でこっ……がは」
そのまま腕を掴んでもう片方に投げつける。
「馬鹿なっ!?」
リーダー魔族さんが叫んだ。
意図的としか思えない行動を私が取ったせいなのか、動きが見えなかったとか阿呆な理由のせいなのかはわからないけれど。
「文句ある?」
言いながら接近し、両手を広げて何かを呟こうとした顔面に膝蹴りをお見舞いしてあげた。
呻き声を上げながら反り返って倒れる躰を踏み台にして、その背後へと回り、背中を思いっきり蹴り上げる。
見事な勢いでもって空中へと飛んでいった。
もう人間じゃないね、コレ。
上空を仰ぎ見ながら、冷静に自己分析を下した。
そこまで痛くはなかったはずだが、呻き声が2つだけ、小さく耳に届く。
最初の2人はノックアウト済み、お星様になったリーダー魔族さんは―――――落ちて来たから軽く右に躰を反転しつつ後退し、落下を見届ける。
いい音をさせて落ちた後、ぴくぴくと痙攣しているのを見ると生きているようだ。丈夫に出来てるね、本当。流石は魔族。
しかし、動く様子は全く見えない。あれだけ飛べば無理もないのだろうけれど。
それから肩で息を一つ付いて、人々に向き直る。
彼等の表情を一言で現すなら、ぽかーん、といった表現が一番相応しい。
言いたくないけれど。
「あのね」
厭きれ返った声しか、口からは出なかった。
ゆっくりと彼等に歩み寄りつつ、とりあえず言いたい事だけを告げる事にした。
彼等が正気を取り戻し、余計な事を言い出す前に。
「相手攻撃が打たれるのを待ってる余裕がないのに、それをするって可笑しいと思わない? 攻撃をすでに仕掛けているのだから、全力でそれに応じるのが当たり前だと思うのだけれど?」
「―――わ、我々の力では、彼等の魔力に対する 「だから、何で相手が攻撃するのを待ってるの?」
場が沈黙した。
「すでに、攻撃を受けている。相手側には、危害を加えるという明確な意思表示がされている。それなのに、わざわざその機会を与えてどうするの? 魔力では叶わないというのなら、相手にそれを使わせる前にねじ伏せないとダメよ」
「……詠唱中に殴るなんて」
その声は背後から聞こえた。
「同じ事を何度言わせるつもり?」
うんざりしつつ振り返り、肩越しに睨む。
いつの間に意識を回復したのか、最初に殴りつけた魔族がそこにいた。リーダー魔族さんの傍らで、その身を起こすようにして。
思わず、溜息が漏れた。
リーダー魔族さんを抱き起こす姿を睨み付けながら来た道を戻るようにして、魔族へと近付いていく。
「詠唱を待て? 自分達で攻撃をしかけておいて何を偉そうな事を言ってるのよ。未熟者が」
「なっ……私達が誰だか知っていて、そんな科白を!?」
「知らないけれど。文句を言う暇が有るなら、同じ威力の魔法とやらを、もっと短い語句で使いこなせるようになる事を優先すべきでしょうし、それが普通。でもそれが出来ないからそんな長い言葉をぶつぶつと口にする必要がある人に対して、未熟以外に何と言いのかしらね。というか、自分で攻撃してきてるんだから、その時点で戦闘は開始されてるも同然。相手が対向して攻撃するもは必然でしょうに。寝言は、寝てから言いなさい」
すぐ傍まで歩み寄り、跪いたままの状態を見下ろして一気に言い切った。
黙り込む姿を一瞥し、左右を見回し、飛んでいったもう1人が身を起こすのを確認してから、視線を戻す。
それから、にっこりと笑みを浮かべた。
「今すぐ帰る? 続ける? 私はどちらでもいいけれど、次は手加減しないから、そのつもりで」
ひっ、と小さな声を上げて、勢いよくリーダー魔族さんを肩に背負うようにして立ち上がると一目散に橋へと走り出した。
それに続く1人、更に遅れて2人。
全員が橋を渡りきって、そのままの勢いで退散していく背中を見送った。
あそこまで過剰に反応されるとは思わなかった……。
正直、少し傷ついたのだけれど、気にしたら負けだと自身に言い聞かせる。
随分前にも似たような事があったのだから、今更、今更、と繰り返し、大きく肩で息を吐き出した。
それから、ゆっくりと振り返り、安堵の表情を浮かべる人々へと向かって再び歩き始める。
「さっきの続き、いい?」
互いに躰の状態を確認するようにしていた彼等の視線が、一気にこちらを向いた。
それに思わず立ち止まってから、自分も何も言わずに退散しておいた方が良かったのではと思った。
もう遅いけれど。
満面笑みで、神官(?)の3人が駆け寄って来た。
「一瞬で間合いを詰めるとは流石です」
「…有り難う。でも、言わせて貰っていい?」
「「「何なりと、勇者様」」」
3人が満面笑みで声をそろえて返した科白に、あからさまに眉を顰める。
それに対して、声と同じようにして、神官服の彼等は揃って半歩後ずさった。
「勇者って呼ばないで。でもも何もないから。今度口にしたら、殴る」
口を開きかけた3人に、何を言わせるでもなく―――実際は、言わせてなるものかと見据えるようにして早告ぎで科白を続けた。
口篭もるようにして、まるで親にしかられた子供みたいな顔が3つ並んだ。
それを見て、これって脅迫になるのかな、と一瞬だけ思ったが、この際そういう事は念頭から追いやる事にした。
それよりも言わないといけない事がある。
「さっきの5人組にも言ったけれど、あなた達にも言いたい。どうして相手が攻撃してくるのを待ってたの? あれだけ時間があれば、何らかの手を打てたと思うのだけれど。実際防げていたわけだし」
3人の顔が、ぽかーん、とする。
魔族と対峙していた時は非常に緊迫した雰囲気だったし、他の人達の傷の具合等を確認していた時も凄く真剣な表情をしていた。
それなのに。
こちらに向かう顔は、果てしなく情けない。
それ以外に言いようがないくらい、本当に同一人物なのかと疑うくらいに、情けなかった。
「魔力、多分に魔法の威力においても、普通に逃げた彼等の方が上なんでしょう?」
「はい、そうです」
「それなのに、アレだけ隙だらけだったのに、何もしようとしなかったのはどうして?」
「「「え?」」」
「さきほど見た限りでは、あなた達は、一般人を守るためにいたのよね? それなのに、戦おうとはせずに守りに徹していたのはどうして?」
「我々の力では、大きなダメージを与える魔法を放つ事ができません」
「相手が長い詠唱とやらをしてる間にも何も出来ないの? 攻撃を仕掛けてきたのは彼等。その時点で、戦闘開始はなされてるのだから、遠慮する必要はないと思う。隙があるなら、どうすればいいか、考えないとダメよ。防ぐだけが守る事じゃないし、自力で追い返すくらいの気概がないと」
「しかし、彼等はこれまでにも何度か来ていますが、こうして防いでいれば帰るので」
「今回はいつもと違う。それに気付いてて、そう言ってるの?」
場が沈黙した。
「建物しか破壊しない、しかも、生活には直接関係のないものばかり。そう聞いた。けれど、今回は違う、そうでしょう?」
無言の頷きが3つ返る。
「だったら、今までと同じでいい訳がないよね? 誰かれ構わずに攻撃するのはよくないけれど、少なくとも、あなた達の立場を考えて、一般人、この国の国民に危害を加え様とする相手に対して、ううん、危害をくわえた相手に対して、そのまま防いで帰るのを待つなんて可笑しいわよね」
「……これまで、そのような事を考える事がなかったもので」
「守りたいなら、防ぐばかりじゃなくて、時には牙を向く事も必要。もちろん、そんな必要がないのが一番なのだけれどね」
肩を竦めた私に、3人はやっと安堵したような笑みを浮かべる。
「確かに、その通りですね」
「何故これまで疑問にすら思わなかったのか、不思議です」
「言われてみれば、あの長い詠唱中に何らかの手を打てばよかったんですね」
「或いは、詠唱させなければよかったんだ。そうすれば被害はもっと押さえられた」
頷きあう姿に、苦笑いしか出なかった。
私としても、これまでそういう思考が働かなかった事が、不思議です。本当に。
けれど言いたい事は言ったし、この3人を見て、もう二度と、ああいった間抜けな光景が繰り広げられる事はないだろうと安堵する。
正直、そのままのノリでいかれたら、付き合い切れないレベルだから。
「それで、他の人達の傷の具合はどうなの? さっき見た限りでは防げていたけれど……あなた達も、酷くはなさそうだけれど……」
「我々はかすり傷ですから」
「火傷をかすり傷って言うのは違う気がするけれど?」
「いえ、この服は対魔法の法呪が編まれているので、見た目ほど酷い怪我はおっていません」
「物理攻撃に弱いのね」
「ありていに言えばそうなります」
苦笑する3人に、どうみても神官(?)にしか見えないのだが、多分、魔法使いという職業なのだろうと判断した。さきほども、言葉を紡いで火の玉を防いでたくらいだし。
対物理攻撃にも高い防御力を誇ってくれたら便利なのに、世の中はそう美味くはないらしい。
「それじゃ、私はこれで。悪いけれど、怪我を治すような魔法とか使えないから、もう役に立つ事もないだろうし。大きな実害が出なくて何よりだったわね」
「「「はい」」」
声を揃えて頷き、3人は姿勢を正した。
「有り難うございます」
1人がそう口にして、頭を下げ、残った2人がそれに続く。
最敬礼、そう呼ぶに相応しい状態を目にして、苦笑した。
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ひくり、と顔が強張る。
ありえないくらい冷え冷えとした笑みを自分が浮かべているであろう事がわかった。
対峙するリーダー魔族さんの顔が一気に青褪めたから。
「…今、何か言った?」
声のトーンが更に下がっているのも仕様。
けれど。
沈黙したのは、リーダー魔族さんだけじゃなかった。
全体が。この場が。それと共に、痛いくらいの視線が自分に注がれているのを感じる。
他の人にも、リーダー魔族さん曰く“加護者”と思われてたんだろう。この髪の色で。
けれど、さきほどの発言で、眼も黒いのがバレた。
両方黒いとか、ありえないのだから。この世界では。
わかっていた筈なのに、ある意味。それでも、目の前のコイツが余計な事を言わなければ―――
「や、やはり、勇者だな! 我々は 「聞き飽きた」
気を取り直して、とでも言うように声を上げたリーダー魔族さんの科白を絶対零度の声で遮り、睨む。
再度、場が沈黙し―――――魔族の3人は、こちらを伺うようにして、再びブツブツと呟き始める。
この距離でも何を言っているのかはわからない。
「危ない、下がって!」
神官服の男が叫んだ。
その声に肩を竦めて返し、地を蹴った。
こんな茶番劇に付き合うつもりはない。
それに余計な一言を口にしている、ただ殴って黙らせるだけでは事足りない。
第一、やられる前に、やるのが当たり前。
……その思考が普通じゃないのかもしれないけれど、喧嘩を売ってきたのは向こうで、私はそれを買っただけだ。
即金で。
「“返すは紅蓮のほの”……ぐぁ」
とりあえずリーダー魔族さんは放置。
その右隣にいたヤツへと殴りつけて―――
「何でこっ……がは」
そのまま腕を掴んでもう片方に投げつける。
「馬鹿なっ!?」
リーダー魔族さんが叫んだ。
意図的としか思えない行動を私が取ったせいなのか、動きが見えなかったとか阿呆な理由のせいなのかはわからないけれど。
「文句ある?」
言いながら接近し、両手を広げて何かを呟こうとした顔面に膝蹴りをお見舞いしてあげた。
呻き声を上げながら反り返って倒れる躰を踏み台にして、その背後へと回り、背中を思いっきり蹴り上げる。
見事な勢いでもって空中へと飛んでいった。
もう人間じゃないね、コレ。
上空を仰ぎ見ながら、冷静に自己分析を下した。
そこまで痛くはなかったはずだが、呻き声が2つだけ、小さく耳に届く。
最初の2人はノックアウト済み、お星様になったリーダー魔族さんは―――――落ちて来たから軽く右に躰を反転しつつ後退し、落下を見届ける。
いい音をさせて落ちた後、ぴくぴくと痙攣しているのを見ると生きているようだ。丈夫に出来てるね、本当。流石は魔族。
しかし、動く様子は全く見えない。あれだけ飛べば無理もないのだろうけれど。
それから肩で息を一つ付いて、人々に向き直る。
彼等の表情を一言で現すなら、ぽかーん、といった表現が一番相応しい。
言いたくないけれど。
「あのね」
厭きれ返った声しか、口からは出なかった。
ゆっくりと彼等に歩み寄りつつ、とりあえず言いたい事だけを告げる事にした。
彼等が正気を取り戻し、余計な事を言い出す前に。
「相手攻撃が打たれるのを待ってる余裕がないのに、それをするって可笑しいと思わない? 攻撃をすでに仕掛けているのだから、全力でそれに応じるのが当たり前だと思うのだけれど?」
「―――わ、我々の力では、彼等の魔力に対する 「だから、何で相手が攻撃するのを待ってるの?」
場が沈黙した。
「すでに、攻撃を受けている。相手側には、危害を加えるという明確な意思表示がされている。それなのに、わざわざその機会を与えてどうするの? 魔力では叶わないというのなら、相手にそれを使わせる前にねじ伏せないとダメよ」
「……詠唱中に殴るなんて」
その声は背後から聞こえた。
「同じ事を何度言わせるつもり?」
うんざりしつつ振り返り、肩越しに睨む。
いつの間に意識を回復したのか、最初に殴りつけた魔族がそこにいた。リーダー魔族さんの傍らで、その身を起こすようにして。
思わず、溜息が漏れた。
リーダー魔族さんを抱き起こす姿を睨み付けながら来た道を戻るようにして、魔族へと近付いていく。
「詠唱を待て? 自分達で攻撃をしかけておいて何を偉そうな事を言ってるのよ。未熟者が」
「なっ……私達が誰だか知っていて、そんな科白を!?」
「知らないけれど。文句を言う暇が有るなら、同じ威力の魔法とやらを、もっと短い語句で使いこなせるようになる事を優先すべきでしょうし、それが普通。でもそれが出来ないからそんな長い言葉をぶつぶつと口にする必要がある人に対して、未熟以外に何と言いのかしらね。というか、自分で攻撃してきてるんだから、その時点で戦闘は開始されてるも同然。相手が対向して攻撃するもは必然でしょうに。寝言は、寝てから言いなさい」
すぐ傍まで歩み寄り、跪いたままの状態を見下ろして一気に言い切った。
黙り込む姿を一瞥し、左右を見回し、飛んでいったもう1人が身を起こすのを確認してから、視線を戻す。
それから、にっこりと笑みを浮かべた。
「今すぐ帰る? 続ける? 私はどちらでもいいけれど、次は手加減しないから、そのつもりで」
ひっ、と小さな声を上げて、勢いよくリーダー魔族さんを肩に背負うようにして立ち上がると一目散に橋へと走り出した。
それに続く1人、更に遅れて2人。
全員が橋を渡りきって、そのままの勢いで退散していく背中を見送った。
あそこまで過剰に反応されるとは思わなかった……。
正直、少し傷ついたのだけれど、気にしたら負けだと自身に言い聞かせる。
随分前にも似たような事があったのだから、今更、今更、と繰り返し、大きく肩で息を吐き出した。
それから、ゆっくりと振り返り、安堵の表情を浮かべる人々へと向かって再び歩き始める。
「さっきの続き、いい?」
互いに躰の状態を確認するようにしていた彼等の視線が、一気にこちらを向いた。
それに思わず立ち止まってから、自分も何も言わずに退散しておいた方が良かったのではと思った。
もう遅いけれど。
満面笑みで、神官(?)の3人が駆け寄って来た。
「一瞬で間合いを詰めるとは流石です」
「…有り難う。でも、言わせて貰っていい?」
「「「何なりと、勇者様」」」
3人が満面笑みで声をそろえて返した科白に、あからさまに眉を顰める。
それに対して、声と同じようにして、神官服の彼等は揃って半歩後ずさった。
「勇者って呼ばないで。でもも何もないから。今度口にしたら、殴る」
口を開きかけた3人に、何を言わせるでもなく―――実際は、言わせてなるものかと見据えるようにして早告ぎで科白を続けた。
口篭もるようにして、まるで親にしかられた子供みたいな顔が3つ並んだ。
それを見て、これって脅迫になるのかな、と一瞬だけ思ったが、この際そういう事は念頭から追いやる事にした。
それよりも言わないといけない事がある。
「さっきの5人組にも言ったけれど、あなた達にも言いたい。どうして相手が攻撃してくるのを待ってたの? あれだけ時間があれば、何らかの手を打てたと思うのだけれど。実際防げていたわけだし」
3人の顔が、ぽかーん、とする。
魔族と対峙していた時は非常に緊迫した雰囲気だったし、他の人達の傷の具合等を確認していた時も凄く真剣な表情をしていた。
それなのに。
こちらに向かう顔は、果てしなく情けない。
それ以外に言いようがないくらい、本当に同一人物なのかと疑うくらいに、情けなかった。
「魔力、多分に魔法の威力においても、普通に逃げた彼等の方が上なんでしょう?」
「はい、そうです」
「それなのに、アレだけ隙だらけだったのに、何もしようとしなかったのはどうして?」
「「「え?」」」
「さきほど見た限りでは、あなた達は、一般人を守るためにいたのよね? それなのに、戦おうとはせずに守りに徹していたのはどうして?」
「我々の力では、大きなダメージを与える魔法を放つ事ができません」
「相手が長い詠唱とやらをしてる間にも何も出来ないの? 攻撃を仕掛けてきたのは彼等。その時点で、戦闘開始はなされてるのだから、遠慮する必要はないと思う。隙があるなら、どうすればいいか、考えないとダメよ。防ぐだけが守る事じゃないし、自力で追い返すくらいの気概がないと」
「しかし、彼等はこれまでにも何度か来ていますが、こうして防いでいれば帰るので」
「今回はいつもと違う。それに気付いてて、そう言ってるの?」
場が沈黙した。
「建物しか破壊しない、しかも、生活には直接関係のないものばかり。そう聞いた。けれど、今回は違う、そうでしょう?」
無言の頷きが3つ返る。
「だったら、今までと同じでいい訳がないよね? 誰かれ構わずに攻撃するのはよくないけれど、少なくとも、あなた達の立場を考えて、一般人、この国の国民に危害を加え様とする相手に対して、ううん、危害をくわえた相手に対して、そのまま防いで帰るのを待つなんて可笑しいわよね」
「……これまで、そのような事を考える事がなかったもので」
「守りたいなら、防ぐばかりじゃなくて、時には牙を向く事も必要。もちろん、そんな必要がないのが一番なのだけれどね」
肩を竦めた私に、3人はやっと安堵したような笑みを浮かべる。
「確かに、その通りですね」
「何故これまで疑問にすら思わなかったのか、不思議です」
「言われてみれば、あの長い詠唱中に何らかの手を打てばよかったんですね」
「或いは、詠唱させなければよかったんだ。そうすれば被害はもっと押さえられた」
頷きあう姿に、苦笑いしか出なかった。
私としても、これまでそういう思考が働かなかった事が、不思議です。本当に。
けれど言いたい事は言ったし、この3人を見て、もう二度と、ああいった間抜けな光景が繰り広げられる事はないだろうと安堵する。
正直、そのままのノリでいかれたら、付き合い切れないレベルだから。
「それで、他の人達の傷の具合はどうなの? さっき見た限りでは防げていたけれど……あなた達も、酷くはなさそうだけれど……」
「我々はかすり傷ですから」
「火傷をかすり傷って言うのは違う気がするけれど?」
「いえ、この服は対魔法の法呪が編まれているので、見た目ほど酷い怪我はおっていません」
「物理攻撃に弱いのね」
「ありていに言えばそうなります」
苦笑する3人に、どうみても神官(?)にしか見えないのだが、多分、魔法使いという職業なのだろうと判断した。さきほども、言葉を紡いで火の玉を防いでたくらいだし。
対物理攻撃にも高い防御力を誇ってくれたら便利なのに、世の中はそう美味くはないらしい。
「それじゃ、私はこれで。悪いけれど、怪我を治すような魔法とか使えないから、もう役に立つ事もないだろうし。大きな実害が出なくて何よりだったわね」
「「「はい」」」
声を揃えて頷き、3人は姿勢を正した。
「有り難うございます」
1人がそう口にして、頭を下げ、残った2人がそれに続く。
最敬礼、そう呼ぶに相応しい状態を目にして、苦笑した。
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14 哀しいお約束
どおおおん。
安堵の息を吐いた所で、ギャグとしか思えない音が聞こえた。
今度は何かと思いつつ頭を巡らし、
「有り得ない」
もう何度目になるかわからない科白を口にする。
視線の先には、高く高く天へと上る、火柱。
暫くして、それが消えて。
「本当、夢なら覚めて欲しい」
一人呟く。
けれどこれは哀しいくらい現実で。
どおおおん。
また同じ音がして、火柱が上がる。
それを眺めながらため息を一つ吐き出した。
「仕方ない」
大まかな方向しかわからないけれど、こことは違う方法―――多分に“魔法”とかいうものに部類する技なんだろうけれど。
火柱が上がっていた場所を目指し地を蹴った。
目的地はあっさりと見つかった。
定期的に上る火柱がいい目印になっていたから。とは言え、街の外れの方で、結構距離はあったけれど。
それよりも、問題は―――
「何がしたいのかわからない」
ため息混じりの正直な感想。
本気で茫然と立ち尽くした、何をやってるんだろう、と。
一定度の距離を保ち、街側と川側とに別れてる。
街側には、幾人かの人の姿。
そして、対する川側―――石造りの橋を背に立つ、非人間が5人。
「中々やるな!」
非人間5人衆の一人が声を上げる。
街を背に立つのは、3人。真っ白いコスプレ衣装に身を包み―――いや、その背後で怯えているふうの方々もそうなんだけれど。特にその3人は明らかにRPGに出てくるような、特殊な職業の服装。というかいわゆる神官服? 勿論、実際の神官が聞いたら怒りそうな気はするけれど。
「この程度で根を上げると思っているのか」
強気な発言だけれど、その姿は満身創痍という言葉がぴったりくる感じだし、表情には苦渋も見て取れる。
双方には何故か結構な距離が開いているから、互いの顔まで見えているかはわからないけれど。
「人間の魔力で魔族に叶うと思うな!」
非人間の1人が高らかに宣言し、5人衆が揃って何かをぶつぶつ言い始め、流石にそれは聞き取れなかったけれども、白い服の3人が何かに備えるようにして構え―――
「「「「「くらえっ!!」」」」」
見事なまでにハモった5人衆。
動作も綺麗に揃っていて、全員が同時に手のひらを前へと突き出し―――――炎が舞った。
「守りの壁!」
「「凪の風!」」
間髪入れずに白い服の3人が声を上げ、炎がその勢いを保ったまま進路を上空へと変えた。
同じように掌を突き出す姿は、向かい合う5人衆と等しい。
違うのは、3人は苦しそうっていうところ。
数秒の間をおいて炎が四散し―――
「中々やるな!」
―――以下、リピート。
補足しておくと、この光景が繰り返されるのは、私が此処へ着てから4度目。
正直な話、見飽きた。
額に手を当てて、重い息を大きく吐き出す。
そうしてる間にも、彼らは5度目の作業に移っている。
科白まで全く同じで、何がしたいのか本気で疑問。
その状態に何の疑問も抱かずに、進んでいるのもわけがわからない。
琥珀に言わせれば「それがお約束ってヤツだよ」で済む話なんだろうけれど、私は認めない。
戦闘状態になっているのに、相手の攻撃を待ってるだけなんて―――そういうターン制のゲームなら仕方ないかもしれないけれど。これはゲームではない。彼らにとっての、現実なのだから。
「もう、たくさん」
心の底からうんざりした声で呟き、静かに一歩を踏み出す。
そこが見える位置だったけれど、建物の影になっていて、今まで双方には気付かれなかった。
何か動きがあればと思って手を出さなかったけれどどうにも暫く終わりそうにはないし、何より、文句を言わないと気がすまないというか。
彼らからすれば緊張する場面、そこに横から暢気に歩いてくる姿は、どう見えたかはわからない。
ただ、互いに睨み合うのに夢中で全く気付いてない様子に思わず嘲笑したくなった。
横から攻撃されたらどうするつもりなんだろう、と。
「君、危ないから下がって!」
左側にいた白い服の男が叫び声を上げた。
私から見て一番近い位置にいたから、最初に視界の隅に入り込んだんだろう事はわかった。
けれど、それに従う義理も義務もない。
男の声に視線が集中するのを感じ―――というか、5人衆は見事に顔ごとこちらへ向けてるけれど。
「こんなお約束、必要ない」
ぽつりと呟いた私の声は、きっと届かなかった。
「危ないから!」
もう一度届いた声は別の男のモノだったが気にするでもなく、地を蹴った。
それが周囲にどう映るか、その結果は何となく予想は付いたけれども。
「ぐぇ」
小さなうめき声だけを残して、簡単に5人衆の一角は崩れ落ちた。
軽くとび蹴りしただけなのに一撃で沈むとは鈍いのか、肉弾戦に慣れていないのか、足元に伏した姿を見下ろしてため息を一つ。
「茶番は終了って事でいいかな?」
5人衆改め、4人衆へといい笑顔で問いかける。
情けないほど“ぽかーん”としか言い様のない顔を向けていたのだが、次いで、弾かれたようにその顔を驚愕したものへと変えた。
「おまっ!?」
「どもらなくても。それに、人を指差すのはいけないと思うけれど?」
「くそっ、コイツ…」
「全員でやるぞ!? いいか!!」
どうやらこの中でのリーダーは真ん中の非人間改め魔族さんのようだ。
「これでもくらえっ!」
リーダー魔族さんの声に合わせて残りの3人が躰ごとこちらへ向き直る。
それから4人衆は確認するようにして互いの顔を見やり、一つ頷き合ってから、両手を胸元で組んでぶつぶつと―――
「だから、それ、もういいから」
げんなりと呟く、5度目はいらない。
呆れ返った顔のまま3歩で間合いを詰めて、
「2人目」
腰を落とした体勢でその腹部目掛けて一発、一応の手加減をし―――――た、筈なんだけれども、哀れ勢い付いたまま後方へと吹っ飛んでいった。
どうにも加減が難しいらしい、この“力”とやらは。
苦笑する私の前で、自分達のすぐ側を仲間が飛んでいった4人衆改め3人衆は本気で茫然とした表情を浮かべている。
色々な意味で予想外だったんだろうけれど、それにしても―――
「詠唱中に攻撃? 何て真似をするんだ!!」
リーダー魔族さんから苦情を頂きました。
意味がわかりません。
「攻撃の態勢に入ってる状態で私が応戦してもそれは正当防衛。第一、殴って下さいと言わんばかりに隙だらけだったから、文句を言われる筋合いはない」
きっぱりと言い切る。
それが予想外だったのか、あからさまに動揺する3人衆。
何というか、凄く、私が悪者になったような気がするのはどうしてだろう。
「魔力による戦いというのは、己の持てる“力”を出し切り 「それって、始まる前から、人間よりあなた達の方が上だってわかりきってる事だよね? それなのに、試す必要ってあるわけ? 全然ないよね?」
場が沈黙した。
「それに第一、そっちが先に喧嘩を売ってるのに、相手の一撃が先にヒットしたからと言って文句を口にするのも可笑しい。だったら最初から手を出すなって話」
付け加えて、一歩を踏み出す。
それに合わせて後退する3人衆。
「相手の攻撃を待ってそれを受けてから自ターンとか、変身中やら呪文詠唱中とかは攻撃したらいけませんとか。そういう、特撮とかゲームみたいな“お約束”いらないから」
呆れ返った科白で告げながらも、ゆっくりと歩み寄る。
距離に変わりはない、同じように3人衆も後退しているから。
けれど、逃げ出そうとしない辺りはある意味で表彰できるかなと思っていた矢先、突然、リーダー魔族さんの目が大きく見開いた。
後退するのをやめてその場に踏み止まると、凝視するようにして私の顔を見つめる。
それに何となく嫌な予感がしたけれど、足は止めずに―――
「おまえ……加護者かと思ったが、その瞳…。―――お前が勇者か!?」
半ば茫然とした表情と声で、けれどもしっかりと、リーダー魔族さんは決して口にしてはならない科白を紡いでしまったのだった。
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どおおおん。
安堵の息を吐いた所で、ギャグとしか思えない音が聞こえた。
今度は何かと思いつつ頭を巡らし、
「有り得ない」
もう何度目になるかわからない科白を口にする。
視線の先には、高く高く天へと上る、火柱。
暫くして、それが消えて。
「本当、夢なら覚めて欲しい」
一人呟く。
けれどこれは哀しいくらい現実で。
どおおおん。
また同じ音がして、火柱が上がる。
それを眺めながらため息を一つ吐き出した。
「仕方ない」
大まかな方向しかわからないけれど、こことは違う方法―――多分に“魔法”とかいうものに部類する技なんだろうけれど。
火柱が上がっていた場所を目指し地を蹴った。
目的地はあっさりと見つかった。
定期的に上る火柱がいい目印になっていたから。とは言え、街の外れの方で、結構距離はあったけれど。
それよりも、問題は―――
「何がしたいのかわからない」
ため息混じりの正直な感想。
本気で茫然と立ち尽くした、何をやってるんだろう、と。
一定度の距離を保ち、街側と川側とに別れてる。
街側には、幾人かの人の姿。
そして、対する川側―――石造りの橋を背に立つ、非人間が5人。
「中々やるな!」
非人間5人衆の一人が声を上げる。
街を背に立つのは、3人。真っ白いコスプレ衣装に身を包み―――いや、その背後で怯えているふうの方々もそうなんだけれど。特にその3人は明らかにRPGに出てくるような、特殊な職業の服装。というかいわゆる神官服? 勿論、実際の神官が聞いたら怒りそうな気はするけれど。
「この程度で根を上げると思っているのか」
強気な発言だけれど、その姿は満身創痍という言葉がぴったりくる感じだし、表情には苦渋も見て取れる。
双方には何故か結構な距離が開いているから、互いの顔まで見えているかはわからないけれど。
「人間の魔力で魔族に叶うと思うな!」
非人間の1人が高らかに宣言し、5人衆が揃って何かをぶつぶつ言い始め、流石にそれは聞き取れなかったけれども、白い服の3人が何かに備えるようにして構え―――
「「「「「くらえっ!!」」」」」
見事なまでにハモった5人衆。
動作も綺麗に揃っていて、全員が同時に手のひらを前へと突き出し―――――炎が舞った。
「守りの壁!」
「「凪の風!」」
間髪入れずに白い服の3人が声を上げ、炎がその勢いを保ったまま進路を上空へと変えた。
同じように掌を突き出す姿は、向かい合う5人衆と等しい。
違うのは、3人は苦しそうっていうところ。
数秒の間をおいて炎が四散し―――
「中々やるな!」
―――以下、リピート。
補足しておくと、この光景が繰り返されるのは、私が此処へ着てから4度目。
正直な話、見飽きた。
額に手を当てて、重い息を大きく吐き出す。
そうしてる間にも、彼らは5度目の作業に移っている。
科白まで全く同じで、何がしたいのか本気で疑問。
その状態に何の疑問も抱かずに、進んでいるのもわけがわからない。
琥珀に言わせれば「それがお約束ってヤツだよ」で済む話なんだろうけれど、私は認めない。
戦闘状態になっているのに、相手の攻撃を待ってるだけなんて―――そういうターン制のゲームなら仕方ないかもしれないけれど。これはゲームではない。彼らにとっての、現実なのだから。
「もう、たくさん」
心の底からうんざりした声で呟き、静かに一歩を踏み出す。
そこが見える位置だったけれど、建物の影になっていて、今まで双方には気付かれなかった。
何か動きがあればと思って手を出さなかったけれどどうにも暫く終わりそうにはないし、何より、文句を言わないと気がすまないというか。
彼らからすれば緊張する場面、そこに横から暢気に歩いてくる姿は、どう見えたかはわからない。
ただ、互いに睨み合うのに夢中で全く気付いてない様子に思わず嘲笑したくなった。
横から攻撃されたらどうするつもりなんだろう、と。
「君、危ないから下がって!」
左側にいた白い服の男が叫び声を上げた。
私から見て一番近い位置にいたから、最初に視界の隅に入り込んだんだろう事はわかった。
けれど、それに従う義理も義務もない。
男の声に視線が集中するのを感じ―――というか、5人衆は見事に顔ごとこちらへ向けてるけれど。
「こんなお約束、必要ない」
ぽつりと呟いた私の声は、きっと届かなかった。
「危ないから!」
もう一度届いた声は別の男のモノだったが気にするでもなく、地を蹴った。
それが周囲にどう映るか、その結果は何となく予想は付いたけれども。
「ぐぇ」
小さなうめき声だけを残して、簡単に5人衆の一角は崩れ落ちた。
軽くとび蹴りしただけなのに一撃で沈むとは鈍いのか、肉弾戦に慣れていないのか、足元に伏した姿を見下ろしてため息を一つ。
「茶番は終了って事でいいかな?」
5人衆改め、4人衆へといい笑顔で問いかける。
情けないほど“ぽかーん”としか言い様のない顔を向けていたのだが、次いで、弾かれたようにその顔を驚愕したものへと変えた。
「おまっ!?」
「どもらなくても。それに、人を指差すのはいけないと思うけれど?」
「くそっ、コイツ…」
「全員でやるぞ!? いいか!!」
どうやらこの中でのリーダーは真ん中の非人間改め魔族さんのようだ。
「これでもくらえっ!」
リーダー魔族さんの声に合わせて残りの3人が躰ごとこちらへ向き直る。
それから4人衆は確認するようにして互いの顔を見やり、一つ頷き合ってから、両手を胸元で組んでぶつぶつと―――
「だから、それ、もういいから」
げんなりと呟く、5度目はいらない。
呆れ返った顔のまま3歩で間合いを詰めて、
「2人目」
腰を落とした体勢でその腹部目掛けて一発、一応の手加減をし―――――た、筈なんだけれども、哀れ勢い付いたまま後方へと吹っ飛んでいった。
どうにも加減が難しいらしい、この“力”とやらは。
苦笑する私の前で、自分達のすぐ側を仲間が飛んでいった4人衆改め3人衆は本気で茫然とした表情を浮かべている。
色々な意味で予想外だったんだろうけれど、それにしても―――
「詠唱中に攻撃? 何て真似をするんだ!!」
リーダー魔族さんから苦情を頂きました。
意味がわかりません。
「攻撃の態勢に入ってる状態で私が応戦してもそれは正当防衛。第一、殴って下さいと言わんばかりに隙だらけだったから、文句を言われる筋合いはない」
きっぱりと言い切る。
それが予想外だったのか、あからさまに動揺する3人衆。
何というか、凄く、私が悪者になったような気がするのはどうしてだろう。
「魔力による戦いというのは、己の持てる“力”を出し切り 「それって、始まる前から、人間よりあなた達の方が上だってわかりきってる事だよね? それなのに、試す必要ってあるわけ? 全然ないよね?」
場が沈黙した。
「それに第一、そっちが先に喧嘩を売ってるのに、相手の一撃が先にヒットしたからと言って文句を口にするのも可笑しい。だったら最初から手を出すなって話」
付け加えて、一歩を踏み出す。
それに合わせて後退する3人衆。
「相手の攻撃を待ってそれを受けてから自ターンとか、変身中やら呪文詠唱中とかは攻撃したらいけませんとか。そういう、特撮とかゲームみたいな“お約束”いらないから」
呆れ返った科白で告げながらも、ゆっくりと歩み寄る。
距離に変わりはない、同じように3人衆も後退しているから。
けれど、逃げ出そうとしない辺りはある意味で表彰できるかなと思っていた矢先、突然、リーダー魔族さんの目が大きく見開いた。
後退するのをやめてその場に踏み止まると、凝視するようにして私の顔を見つめる。
それに何となく嫌な予感がしたけれど、足は止めずに―――
「おまえ……加護者かと思ったが、その瞳…。―――お前が勇者か!?」
半ば茫然とした表情と声で、けれどもしっかりと、リーダー魔族さんは決して口にしてはならない科白を紡いでしまったのだった。
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13 お試し期間
落ちた時間は一瞬。
けれど脳内では走馬灯――は、駆け巡らなかったけれど、足からいけば、何とか命は助かったりしないかな、とか安直な事を考えたりしていたわけで。
どぐしゃ。ずずんっっ。
どんな落下音よ……痺れたし。って、痺れた?
「―――生きてる…。よかった」
よくわからないけれど、何とか無事に着地出来たみたい。
それから上空を見上げる。
顔は確認出来な―――見えるね。リエが青い顔をしてこちらを見下ろしているのが見て取れた。
無事である事を告げる代わりに、手を振り返し―――
「大丈夫?」
叫び声の主と思われる女の人を振り返った。
何だか自分の目線が凄く高い位置にあるような気がしたけれど、それは今気にするべきところじゃない。
振り返って目にしたその人は、何ていうか、茶色の柔らかそうな髪で、美人ってわけじゃないけれど可愛い感じの女性。驚いた顔のまま、無言でコクリと頷きを返してくれた。
確かに、上からいきなり人が降って来たら驚くよね…。
改めて自身の奇跡に感心した。
勢いだけでやってしまったけれど、まさかアレだけ近くに聞こえた声が、こんな下の方からのものだとは思わなかった。というか、あんなに高いところにいたとも思わなかった、というか。
「危ないから、避難しててね」
それに、一つの頷きと「ありがとう」と、小さな声を残して、よろよろと立ち上がった女性はそのまま逃げて行った。
その背を見送って、私も安堵の息を吐き出す。
色々な意味で、本当によかった…。
「なんだお前っ!」
気が緩んだ私の背後で、声が上がる。
何ていうか、ちょっと上の方から届けられる声。
肩越しに振り返り……ああ、そういえば、と思い出す。
例のドラゴンに乗った非人間がいたんだった、それどころじゃなかったから忘れてた。
「お前呼ばわりされる覚えはない」
自然と声のトーンが下がる。
「いきなり出てきて何だ! 何て事してくれるんだよっ!!」
「何偉そうに上からモノ言ってるのよ、何様のつもり? か弱い女性相手に、格好悪いと思わないの?」
「お前の何処がか弱いんだ!」
むかっ。
確かに、私はか弱い部類には入らないだろうけど、初対面の癖に失礼極まりないでしょう、その科白。
だいたい、私はさっき避難した女性の事を言ったのに。
「…確かに、私はか弱くないでしょうけれど。一般人の女性に対して、そんなモノに乗ってて襲いかかるなんてどういうつもりよ?」
「お前のことなんか襲ってないだろ!」
「さっき逃げてった女性の事よ」
「知らねぇよ!」
「……知らないで済むと思ってるわけ?」
「つーか何なんだよ、お前。そこどけっていい加減!!」
何故か私の足元を指差して。
しかも、どけって……何様よ、コイツ。しかも、きっちり襲ってるのをこの眼に見たのに。上からだけど。
それに、助けてって叫んでたし、さっきの人。
「惚けようって事?」
「いいから、いつまで乗ってんだ! 早くどけっての!!」
乗ってる?
何故か必死になって訴えるその非人間は、どう見ても、人を襲って来てる風には見えない。
というか、そういった緊張感がゼロなわけで。
思わず、疑問のままに足元を見て、気付いた。
そこには、上から叫ぶ非人間と似た姿の、やっぱり非人間と、ドラゴンが。
「……丁度いいところに落ちた、という事ね」
「何がだよっ!!」
ヘンな落下音の正体は、つまりソレ。
目線が高かったのも、このせいか。
感触も何だか地面の割には柔らかいっていうか、足が痺れる程度ですんだもの、このせいかもしれない。
「五月蝿いわね、か弱い女性を襲ってたから天罰でしょ。実際上から落ちて来たんだし」
言いながら躰ごと向き直り、上から見下ろすようにして叫んでるその姿を正面から見据える―――否、睨んだ。
手加減する必要はないように思う。
だって、人に危害を加えてるから。一方的に。
これが戦争だっていうなら、正直関わりたくないけれど、魔王に組するこの方々は、何らかの勘違いを始まりとして、街へ攻撃を仕掛けて来ていた。
誤解が解けるまで、と見逃していた。実際、国民の生活に直接結びつく被害が出てなかったせいだろうけれど。
でも、今は違う。
確かに人を襲っているのだ。
今までとは明らかに、その行動に変化が出てる。
「つまり、自業自得って事」
「何がだっ! ―――って、お前……その、髪と眼の色。勇者!?」
ぴしり。
今、何かのたまった。
睨んでいた私の顔は、今は多分、歪んだ笑みを浮かべてる。
相手が明らかに怯んでるのがわかったから、間違いないだろう。
「本物だな、その色……。やっぱりか、やっぱり、ゆ 「勇者って言うなっ!!」
ぼぐっ。
一気に間合いを詰めて、思いっきり右の拳で殴りつけた。
それから、普通に地に降り立つ。自然と躰が動いた。嫌な習性が付いてるな、と思いながら立ち上がる。
ばきばきばき、どしゃっ。
………あれ? 上空にいた気がするのに、どうして殴れたんだろう?
その疑問は、殴った後に湧いてきた。
それから、殴った相手を確認しようと顔を上げて、思わず硬直する。
幾ら思い切り殴ったとは言え、確かに、手加減するのも忘れたけれど、それはないよね?
視線の先は、さっき落ちて来たのと同じくらい離れた場所の壁に埋まってる、非人間とドラゴンの姿。
「…有り得ない」
思わず額に手を当てる。
一つ目。上空に飛んでいた筈の相手なのに、普通に殴れてしまった。
二つ目。あそこまで飛ばない。せいぜい、1、2メートルでしょう? 普通。
三つ目。どうして壁に埋まってるのか。そんなコメディ漫画じゃあるまいし。
……どう考えても、可笑しいよね?
今更ながらの自問自答。
やってから言うのも何だけれど、流石に私、あそこまで動ける人間じゃなかった。というか、あんな事出来るってすでに人間じゃない気がする。
その場飛びで、どう見ても5メートルくらい飛んでいた。
可笑しい。これは、可笑しい。
そもそも―――、一番初めからして可笑しかった。あの高さから落ちて、幾らクッション(酷)があったからと言って、無傷で済むわけがない。
それに合わせて、あの距離を離れた人の顔を見分けられるほど、眼がよかったわけでもない。まぁ、悪くはなかったけれども。
それに、人を、ドラゴンまでも、壁に埋め込んだりとか。出来るわけないし。
「―――つまり」
呟く。
導き出される結論は、哀しいくらいに一つだけ。
ラッセルの言っていた、“力”、だ。
その時々の情況によって、呼ばれて来る者によって、違える“力”。
「私は、コレって事ね」
身体能力の向上。
ううん、すでに向上なんていうレベルを超えている。今更の自覚だけれど。
それによって急激な変化が齎されている筈なのに、自然と動いた躰。
つまり、躰は、知っていた。
それだけ動けるのだという事を自覚していた、当人が意識するよりも早く。
はぁ、と溜息を吐き出すと、立っている辺りが影になった。
「今度は何よ?」
見上げる。
非人間が3人追加されていた。ばっさばっさと、背中の羽根で飛んでる。
………もう、何でもありだね。本当。
「勇者、発見!」
ぴしり。
「オレが仕留める!」
「いやオレだ!」
何故か、私そっちのけ言い合いを始める3人。
これは宣戦布告と取っていいのよね?
最初の科白からして、私に喧嘩を売っているのよね?
やってきた3人で口論しているけれども。
……申し訳ないけれど、試させて貰う事にしようか。
丁度、自分から出てきてくれたんだし、手加減はするにしても、どこまで動けるのか―――
「まてまて、相手は勇者だ。ナメてかかると痛い目を見るぞ。アイツみたいに」
ぴき。
「ああ、そうだな。勇者だもんな」
ぴきぴき。
「3人でかかれば勇者だろうと関係ない!」
ぴきぴきっ。
「「「行くぞ、勇者!!」」」
―――流石に無理です。
「「「コレでも喰ら 「勇者って言うなっ!!!!」
飛び上がる。
勢いだけで、そのまま、丁度頭上に飛んでたヤツの顎にアッパーを食らわせて―――
「ぐぇ」
怯んだソイツの頭を掴んで回転、右隣を飛んでる非人間目掛けて投げつけ―――
「ぐはっ」
その勢いで、残った左隣の非人間目掛けて飛び蹴りをかました。
「何で!?」
「こっちの科白よっ!!」
地に落ちる影が4つ。
正確には、私だけは降り立った、という表現が似合うくらい、しっかり自分の足で立ってる。
呻く声を上げて地に横たわる3人。
………よかった、生きてる。
思わず勢いだけで殴りかかってしまったけれど、無事ならいい。
呻いてるけれども、自業自得。
私は、降りかかる火の粉を払っただけ。
とりあえず、わりかしいい感じに動ける事はわかった。
もう少しきちんと見てみないと、限界とかはわからないけれど、これなら全くの役立たずで終らなくて済みそうだと一安心した。
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落ちた時間は一瞬。
けれど脳内では走馬灯――は、駆け巡らなかったけれど、足からいけば、何とか命は助かったりしないかな、とか安直な事を考えたりしていたわけで。
どぐしゃ。ずずんっっ。
どんな落下音よ……痺れたし。って、痺れた?
「―――生きてる…。よかった」
よくわからないけれど、何とか無事に着地出来たみたい。
それから上空を見上げる。
顔は確認出来な―――見えるね。リエが青い顔をしてこちらを見下ろしているのが見て取れた。
無事である事を告げる代わりに、手を振り返し―――
「大丈夫?」
叫び声の主と思われる女の人を振り返った。
何だか自分の目線が凄く高い位置にあるような気がしたけれど、それは今気にするべきところじゃない。
振り返って目にしたその人は、何ていうか、茶色の柔らかそうな髪で、美人ってわけじゃないけれど可愛い感じの女性。驚いた顔のまま、無言でコクリと頷きを返してくれた。
確かに、上からいきなり人が降って来たら驚くよね…。
改めて自身の奇跡に感心した。
勢いだけでやってしまったけれど、まさかアレだけ近くに聞こえた声が、こんな下の方からのものだとは思わなかった。というか、あんなに高いところにいたとも思わなかった、というか。
「危ないから、避難しててね」
それに、一つの頷きと「ありがとう」と、小さな声を残して、よろよろと立ち上がった女性はそのまま逃げて行った。
その背を見送って、私も安堵の息を吐き出す。
色々な意味で、本当によかった…。
「なんだお前っ!」
気が緩んだ私の背後で、声が上がる。
何ていうか、ちょっと上の方から届けられる声。
肩越しに振り返り……ああ、そういえば、と思い出す。
例のドラゴンに乗った非人間がいたんだった、それどころじゃなかったから忘れてた。
「お前呼ばわりされる覚えはない」
自然と声のトーンが下がる。
「いきなり出てきて何だ! 何て事してくれるんだよっ!!」
「何偉そうに上からモノ言ってるのよ、何様のつもり? か弱い女性相手に、格好悪いと思わないの?」
「お前の何処がか弱いんだ!」
むかっ。
確かに、私はか弱い部類には入らないだろうけど、初対面の癖に失礼極まりないでしょう、その科白。
だいたい、私はさっき避難した女性の事を言ったのに。
「…確かに、私はか弱くないでしょうけれど。一般人の女性に対して、そんなモノに乗ってて襲いかかるなんてどういうつもりよ?」
「お前のことなんか襲ってないだろ!」
「さっき逃げてった女性の事よ」
「知らねぇよ!」
「……知らないで済むと思ってるわけ?」
「つーか何なんだよ、お前。そこどけっていい加減!!」
何故か私の足元を指差して。
しかも、どけって……何様よ、コイツ。しかも、きっちり襲ってるのをこの眼に見たのに。上からだけど。
それに、助けてって叫んでたし、さっきの人。
「惚けようって事?」
「いいから、いつまで乗ってんだ! 早くどけっての!!」
乗ってる?
何故か必死になって訴えるその非人間は、どう見ても、人を襲って来てる風には見えない。
というか、そういった緊張感がゼロなわけで。
思わず、疑問のままに足元を見て、気付いた。
そこには、上から叫ぶ非人間と似た姿の、やっぱり非人間と、ドラゴンが。
「……丁度いいところに落ちた、という事ね」
「何がだよっ!!」
ヘンな落下音の正体は、つまりソレ。
目線が高かったのも、このせいか。
感触も何だか地面の割には柔らかいっていうか、足が痺れる程度ですんだもの、このせいかもしれない。
「五月蝿いわね、か弱い女性を襲ってたから天罰でしょ。実際上から落ちて来たんだし」
言いながら躰ごと向き直り、上から見下ろすようにして叫んでるその姿を正面から見据える―――否、睨んだ。
手加減する必要はないように思う。
だって、人に危害を加えてるから。一方的に。
これが戦争だっていうなら、正直関わりたくないけれど、魔王に組するこの方々は、何らかの勘違いを始まりとして、街へ攻撃を仕掛けて来ていた。
誤解が解けるまで、と見逃していた。実際、国民の生活に直接結びつく被害が出てなかったせいだろうけれど。
でも、今は違う。
確かに人を襲っているのだ。
今までとは明らかに、その行動に変化が出てる。
「つまり、自業自得って事」
「何がだっ! ―――って、お前……その、髪と眼の色。勇者!?」
ぴしり。
今、何かのたまった。
睨んでいた私の顔は、今は多分、歪んだ笑みを浮かべてる。
相手が明らかに怯んでるのがわかったから、間違いないだろう。
「本物だな、その色……。やっぱりか、やっぱり、ゆ 「勇者って言うなっ!!」
ぼぐっ。
一気に間合いを詰めて、思いっきり右の拳で殴りつけた。
それから、普通に地に降り立つ。自然と躰が動いた。嫌な習性が付いてるな、と思いながら立ち上がる。
ばきばきばき、どしゃっ。
………あれ? 上空にいた気がするのに、どうして殴れたんだろう?
その疑問は、殴った後に湧いてきた。
それから、殴った相手を確認しようと顔を上げて、思わず硬直する。
幾ら思い切り殴ったとは言え、確かに、手加減するのも忘れたけれど、それはないよね?
視線の先は、さっき落ちて来たのと同じくらい離れた場所の壁に埋まってる、非人間とドラゴンの姿。
「…有り得ない」
思わず額に手を当てる。
一つ目。上空に飛んでいた筈の相手なのに、普通に殴れてしまった。
二つ目。あそこまで飛ばない。せいぜい、1、2メートルでしょう? 普通。
三つ目。どうして壁に埋まってるのか。そんなコメディ漫画じゃあるまいし。
……どう考えても、可笑しいよね?
今更ながらの自問自答。
やってから言うのも何だけれど、流石に私、あそこまで動ける人間じゃなかった。というか、あんな事出来るってすでに人間じゃない気がする。
その場飛びで、どう見ても5メートルくらい飛んでいた。
可笑しい。これは、可笑しい。
そもそも―――、一番初めからして可笑しかった。あの高さから落ちて、幾らクッション(酷)があったからと言って、無傷で済むわけがない。
それに合わせて、あの距離を離れた人の顔を見分けられるほど、眼がよかったわけでもない。まぁ、悪くはなかったけれども。
それに、人を、ドラゴンまでも、壁に埋め込んだりとか。出来るわけないし。
「―――つまり」
呟く。
導き出される結論は、哀しいくらいに一つだけ。
ラッセルの言っていた、“力”、だ。
その時々の情況によって、呼ばれて来る者によって、違える“力”。
「私は、コレって事ね」
身体能力の向上。
ううん、すでに向上なんていうレベルを超えている。今更の自覚だけれど。
それによって急激な変化が齎されている筈なのに、自然と動いた躰。
つまり、躰は、知っていた。
それだけ動けるのだという事を自覚していた、当人が意識するよりも早く。
はぁ、と溜息を吐き出すと、立っている辺りが影になった。
「今度は何よ?」
見上げる。
非人間が3人追加されていた。ばっさばっさと、背中の羽根で飛んでる。
………もう、何でもありだね。本当。
「勇者、発見!」
ぴしり。
「オレが仕留める!」
「いやオレだ!」
何故か、私そっちのけ言い合いを始める3人。
これは宣戦布告と取っていいのよね?
最初の科白からして、私に喧嘩を売っているのよね?
やってきた3人で口論しているけれども。
……申し訳ないけれど、試させて貰う事にしようか。
丁度、自分から出てきてくれたんだし、手加減はするにしても、どこまで動けるのか―――
「まてまて、相手は勇者だ。ナメてかかると痛い目を見るぞ。アイツみたいに」
ぴき。
「ああ、そうだな。勇者だもんな」
ぴきぴき。
「3人でかかれば勇者だろうと関係ない!」
ぴきぴきっ。
「「「行くぞ、勇者!!」」」
―――流石に無理です。
「「「コレでも喰ら 「勇者って言うなっ!!!!」
飛び上がる。
勢いだけで、そのまま、丁度頭上に飛んでたヤツの顎にアッパーを食らわせて―――
「ぐぇ」
怯んだソイツの頭を掴んで回転、右隣を飛んでる非人間目掛けて投げつけ―――
「ぐはっ」
その勢いで、残った左隣の非人間目掛けて飛び蹴りをかました。
「何で!?」
「こっちの科白よっ!!」
地に落ちる影が4つ。
正確には、私だけは降り立った、という表現が似合うくらい、しっかり自分の足で立ってる。
呻く声を上げて地に横たわる3人。
………よかった、生きてる。
思わず勢いだけで殴りかかってしまったけれど、無事ならいい。
呻いてるけれども、自業自得。
私は、降りかかる火の粉を払っただけ。
とりあえず、わりかしいい感じに動ける事はわかった。
もう少しきちんと見てみないと、限界とかはわからないけれど、これなら全くの役立たずで終らなくて済みそうだと一安心した。
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12 急転直下
儀礼的だけれど、挨拶を済ませて。
笑顔の二人を前に、私はとても――自分にとって――重要な事を思い出した。
「―――後、今更言う事でもないだろうけど、勇者って呼ぶのは止めてね。周りに不必要に広めるのも」
「ええ、そこは重々に。お役目名だけでずっとお呼びするのは、失礼に値しますから」
「…リンコ様。でも、内緒にしてても、色でわかっちゃうと思います」
リエの暢気な科白に、場が硬直する。
「リ、リエ、それは……言ってはダメではないですか。せっかくリンコ様がやる気になって下さったのに」
青白い顔を、更に青褪めさせてラッセルが呟く。
何だか目眩を覚えている風に見えるのは、外見のせいだけじゃないだろう。
私も同じ気分だし。
「…何か、被るモノとかないかな? 帽子とかフードとか。せめて髪の色だけでも誤魔化せれば……片方だけなら、ありえるんでしょ?」
「リンコ様、服でもわかっちゃいますよ? 着替えないと」
にこにこと、リエ。
そうか、確かにそうだね。私のこの格好では、確かに目立つ。明らかに外から―――国外、という意味でなくて―――来た人だろうから。
ラッセルの顔色が更に悪くなっている気がするけれど、そこはスルー。
この人の外見を気にしてはいけない。琥珀と同じだね、気にしたら負ける。
精神的に。
「ですから、私がリンコ様に似合いそうなお洋服をご用意させて頂きますね!」
ガッツポーズを決めて、すっごく嬉しそうに宣言しました。
何でそんなにやる気なんだろう、このコ。
勇者の傍仕えってそんなに名誉あるのかな……うん、確かに話に聞いただけだと、凄い事みたいだけれど。
それでもリエの表情とか雰囲気は、何だか大げさ過ぎるように見えるのは私が彼女をよく知らないからであって、コレが地なんだろうか…。
浮き沈みの激しい、色見本みたいなコだな。
琥珀みたい。
……いや、話を聞いてくれる分、琥珀よりはマシかもしれない。
「……なるべく、目立たないのをお願いね」
「はいっ! リンコ様、好きな色とかありますか?」
「特にないけど……派手な色は余り好きじゃないかな。落ち着く色がいいかも。強いて言うなら、部屋のカーテンくらいの色とか」
「そうですかぁ」
途端に残念そうな顔になりました。
一体どんな服を想像してくれちゃってたんでしょう、このコ。少しだけ、不安が…。
私も似たような顔を多分しているのだろう―――、苦笑いのラッセルが、リエと私を交互に見つめてから、私に向かい一礼する。
「そ、それでは。リンコ様、私は失礼させて頂きま―――」
どっがぁんっ。
続く地響き。というか、地震?
それだとさっきの音が証明できない、かな…?
「…何?」
揺れが収まってから聞いてみる。
二人は何とか体勢を維持したようで、私の声に、困ったように顔を見合わせる。
「多分、いつものアレかと」
「アレ?」
「魔族の方が魔法を撃ってるんじゃないかなと思います」
「建物に対してだけですので」
「何でそんなに冷静なの…?」
激しく目眩を覚える。
これだけ揺れているのに、気にしないってかなり問題ではなかろうか?
「ここは、ああいった攻撃を受けても何ともないので」
「王城を囲むように神殿があるので、守りが行き届いているので、少し揺れるくらいですから」
暢気な声が二つ返った。
なるほど、そういう事ね。納得出来ないけれど、納得するしかない。
私の常識は、この世界ではどうやら通用しないらしいから。
尤も、一番の疑問点は、王城を囲む神殿、に尽きるのだけれど。
ファンタジーにはある話かもしれないけれど、普通は、逆のような気がするんだけれども…?
「…そう、それで、いつものアレ、なのね」
「「はい」」
困ったような返事が二つ返り、再び、轟音と地響き、当然のように揺れる。
さきほどよりも激しく。
すってん、とリエが尻餅を付いた。
「大丈夫?」
「あ、はい…なれてますから」
「……そう」
照れ笑いを浮かべるリエを助け起こしながら、苦笑いを返す。慣れてるって、いつも転んでるのね。
……っていうか。
私の気のせいじゃなければ、何か違う音も混じってるような気が? ―――じゃない。
何で、こんな情況を放置してるのよ!
「やっぱり可笑しいから!!」
「「はぃい??」」
「こんなのほおって置いていいわけないでしょ!」
「しかし、国民に被害は 「五月蝿い! そういう問題じゃないの!! 国民に被害は出てなかろうと、家に被害は出てなかろうと、攻撃されてる事実にはかわりないんだから、放っておくのは可笑しいわよっ!!」
ラッセルの科白を遮って一思いに叫ぶ。
……何でかな、リエ? どうしてそんなキラキラした乙女みたいな顔してるの? いや、実際乙女なんだけれども。しかも可愛い。でも、何かな、何か違うような気がするのは私の気のせい?
「とにかく、可笑しいよ、コレ。それに、城に攻撃されてるっていうけど、何か違う音も聞こえるし」
「音、ですか?」
「別に何も聞こえないですよ?」
二人は互いの顔を見合わせるように、疑問符を投げかける。
「耳が悪いんじゃ―――って、待ちなさい! 何が国民に被害が出てないよ!!」
聞こえた。確かに、聞こえた。
耳が悪いんじゃないって言おうとした私の耳には、確かに。
叫び声が。
慌てて走り出す。
ああ、もう。天蓋付きのベットなんて邪魔なだけじゃない。布団だったら飛び越えれば済むのに。
私の突然の行動に、二人は驚いたように固まるだけだったけれど、気にしてる余裕はない。
あの声、凄く切羽詰った感があった。
薄手の白いカーテンを払い、その向こうにあった窓を―――開いてる、から、そのまま走り抜けて。
ベランダ? テラスって言った方が雰囲気に合う気がするけれど、直線距離にして約10メートル…って無駄に広い、ここ。無駄が多い、無駄が。
「あの向こう、か」
声がするのは、その先。
柵? 塀? どちらでもいい。とにかく、その向こうから聞こえるのだ。
ざっと、眼で確認。その高さ、多分、1メートル50センチ程度。―――いける。
「リンコ様っ、危ないです!!」
リエの悲鳴にも似た声が背後から聞こえたけれど、気にする余裕はない。
というか、大丈夫。心配ご無用。
あのくらいの高さなら、助走があれば飛び越えられるのは経験済み。……したくしてした経験ではないけれども。
勢い付いたまま、走り、飛び上がり、縁に手をかけてその向こうへと身を翻し―――
「なっ…!!」
私の視界に広がったのは、長々と続く城壁にも似た、建物と、遥か下方に見える地上だった。
その距離、推定50メートル、多分きっと。
これは死んだかもと思うよりも先に、私の目は哀しい事に、見覚えのあるドラゴンと、その背に乗った非人間と、それを前にして叫び声を上げている女の人を捕らえていた。
助けるどころか、私が死にそう……。
そう思いながら、無情にも、重力に従い、私は落ちた。
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儀礼的だけれど、挨拶を済ませて。
笑顔の二人を前に、私はとても――自分にとって――重要な事を思い出した。
「―――後、今更言う事でもないだろうけど、勇者って呼ぶのは止めてね。周りに不必要に広めるのも」
「ええ、そこは重々に。お役目名だけでずっとお呼びするのは、失礼に値しますから」
「…リンコ様。でも、内緒にしてても、色でわかっちゃうと思います」
リエの暢気な科白に、場が硬直する。
「リ、リエ、それは……言ってはダメではないですか。せっかくリンコ様がやる気になって下さったのに」
青白い顔を、更に青褪めさせてラッセルが呟く。
何だか目眩を覚えている風に見えるのは、外見のせいだけじゃないだろう。
私も同じ気分だし。
「…何か、被るモノとかないかな? 帽子とかフードとか。せめて髪の色だけでも誤魔化せれば……片方だけなら、ありえるんでしょ?」
「リンコ様、服でもわかっちゃいますよ? 着替えないと」
にこにこと、リエ。
そうか、確かにそうだね。私のこの格好では、確かに目立つ。明らかに外から―――国外、という意味でなくて―――来た人だろうから。
ラッセルの顔色が更に悪くなっている気がするけれど、そこはスルー。
この人の外見を気にしてはいけない。琥珀と同じだね、気にしたら負ける。
精神的に。
「ですから、私がリンコ様に似合いそうなお洋服をご用意させて頂きますね!」
ガッツポーズを決めて、すっごく嬉しそうに宣言しました。
何でそんなにやる気なんだろう、このコ。
勇者の傍仕えってそんなに名誉あるのかな……うん、確かに話に聞いただけだと、凄い事みたいだけれど。
それでもリエの表情とか雰囲気は、何だか大げさ過ぎるように見えるのは私が彼女をよく知らないからであって、コレが地なんだろうか…。
浮き沈みの激しい、色見本みたいなコだな。
琥珀みたい。
……いや、話を聞いてくれる分、琥珀よりはマシかもしれない。
「……なるべく、目立たないのをお願いね」
「はいっ! リンコ様、好きな色とかありますか?」
「特にないけど……派手な色は余り好きじゃないかな。落ち着く色がいいかも。強いて言うなら、部屋のカーテンくらいの色とか」
「そうですかぁ」
途端に残念そうな顔になりました。
一体どんな服を想像してくれちゃってたんでしょう、このコ。少しだけ、不安が…。
私も似たような顔を多分しているのだろう―――、苦笑いのラッセルが、リエと私を交互に見つめてから、私に向かい一礼する。
「そ、それでは。リンコ様、私は失礼させて頂きま―――」
どっがぁんっ。
続く地響き。というか、地震?
それだとさっきの音が証明できない、かな…?
「…何?」
揺れが収まってから聞いてみる。
二人は何とか体勢を維持したようで、私の声に、困ったように顔を見合わせる。
「多分、いつものアレかと」
「アレ?」
「魔族の方が魔法を撃ってるんじゃないかなと思います」
「建物に対してだけですので」
「何でそんなに冷静なの…?」
激しく目眩を覚える。
これだけ揺れているのに、気にしないってかなり問題ではなかろうか?
「ここは、ああいった攻撃を受けても何ともないので」
「王城を囲むように神殿があるので、守りが行き届いているので、少し揺れるくらいですから」
暢気な声が二つ返った。
なるほど、そういう事ね。納得出来ないけれど、納得するしかない。
私の常識は、この世界ではどうやら通用しないらしいから。
尤も、一番の疑問点は、王城を囲む神殿、に尽きるのだけれど。
ファンタジーにはある話かもしれないけれど、普通は、逆のような気がするんだけれども…?
「…そう、それで、いつものアレ、なのね」
「「はい」」
困ったような返事が二つ返り、再び、轟音と地響き、当然のように揺れる。
さきほどよりも激しく。
すってん、とリエが尻餅を付いた。
「大丈夫?」
「あ、はい…なれてますから」
「……そう」
照れ笑いを浮かべるリエを助け起こしながら、苦笑いを返す。慣れてるって、いつも転んでるのね。
……っていうか。
私の気のせいじゃなければ、何か違う音も混じってるような気が? ―――じゃない。
何で、こんな情況を放置してるのよ!
「やっぱり可笑しいから!!」
「「はぃい??」」
「こんなのほおって置いていいわけないでしょ!」
「しかし、国民に被害は 「五月蝿い! そういう問題じゃないの!! 国民に被害は出てなかろうと、家に被害は出てなかろうと、攻撃されてる事実にはかわりないんだから、放っておくのは可笑しいわよっ!!」
ラッセルの科白を遮って一思いに叫ぶ。
……何でかな、リエ? どうしてそんなキラキラした乙女みたいな顔してるの? いや、実際乙女なんだけれども。しかも可愛い。でも、何かな、何か違うような気がするのは私の気のせい?
「とにかく、可笑しいよ、コレ。それに、城に攻撃されてるっていうけど、何か違う音も聞こえるし」
「音、ですか?」
「別に何も聞こえないですよ?」
二人は互いの顔を見合わせるように、疑問符を投げかける。
「耳が悪いんじゃ―――って、待ちなさい! 何が国民に被害が出てないよ!!」
聞こえた。確かに、聞こえた。
耳が悪いんじゃないって言おうとした私の耳には、確かに。
叫び声が。
慌てて走り出す。
ああ、もう。天蓋付きのベットなんて邪魔なだけじゃない。布団だったら飛び越えれば済むのに。
私の突然の行動に、二人は驚いたように固まるだけだったけれど、気にしてる余裕はない。
あの声、凄く切羽詰った感があった。
薄手の白いカーテンを払い、その向こうにあった窓を―――開いてる、から、そのまま走り抜けて。
ベランダ? テラスって言った方が雰囲気に合う気がするけれど、直線距離にして約10メートル…って無駄に広い、ここ。無駄が多い、無駄が。
「あの向こう、か」
声がするのは、その先。
柵? 塀? どちらでもいい。とにかく、その向こうから聞こえるのだ。
ざっと、眼で確認。その高さ、多分、1メートル50センチ程度。―――いける。
「リンコ様っ、危ないです!!」
リエの悲鳴にも似た声が背後から聞こえたけれど、気にする余裕はない。
というか、大丈夫。心配ご無用。
あのくらいの高さなら、助走があれば飛び越えられるのは経験済み。……したくしてした経験ではないけれども。
勢い付いたまま、走り、飛び上がり、縁に手をかけてその向こうへと身を翻し―――
「なっ…!!」
私の視界に広がったのは、長々と続く城壁にも似た、建物と、遥か下方に見える地上だった。
その距離、推定50メートル、多分きっと。
これは死んだかもと思うよりも先に、私の目は哀しい事に、見覚えのあるドラゴンと、その背に乗った非人間と、それを前にして叫び声を上げている女の人を捕らえていた。
助けるどころか、私が死にそう……。
そう思いながら、無情にも、重力に従い、私は落ちた。
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