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This blog is Written by 小林 谺,Template by ねんまく,Photo by JOURNEY WITHIN,Powered by 忍者ブログ.
徒然なる、谺の戯言日記。
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 11 “黒”


 全部、思い出した―――。
 それはつまり、コレは夢でもゲームでもなくって、間違いなく現実だという事。
 思わず、頭を抱える。

「リンコ様…、やはり、どこか痛みますか?」

 不安げにリエが聞いてくる。
 正直言えば頭が痛い。現状に対して。
 でも、それを言ったところでこの人達には意味を成さないし、何より、この現状を招いた張本人が目の前にいるんだから。

「大丈夫。ちょっと、頭の整理を付けてるだけ」
「そうですか…」
「許容をオーバーしてるけれど、言っても仕方ないから。とりあえず、現状を把握させて」

 視線をラッセルへと向ける。

「もう一度確認していい?」
「…はい」
「本当に私が勇者なの? その、言いたくないけど……一緒にいた、琥珀という可能性は? 私、呼ばれた覚えも答えた覚えもないから」

 けれど、琥珀ならありそうだ。
 馬鹿正直に、呼ばれたら返事しそうだし。そもそも、どう呼びかけたかは知らないけれど、「勇者様、助けて下さい」なんて言われたら、琥珀だったら喜んで返事しそうだから。

「リンコ様で間違いありません」

 しっかり、きっぱりと断言してくれました。

「どうしてそう言いきれるの? 二人って、可笑しいんでしょ?」
「はい。伝えによれば、確かに一人だけです」
「それなのに私だって言い切れるのはどうして? 文字だって完全に認識出来てないのに」
「リンコ様が黒髪黒眼だからです」

 はい?
 何、その答え。自信満々に言われても、黒髪なんて、日本人なら当たり前だし、別に珍しいものでもない。

「どうして髪と瞳の色で決めるのよ…」
「この世界では、基本的に、その二つの色に“黒”を持つ者は生まれません」
「え…?」
「“黒”は創造神にだけ赦された色なのです。全てのものが交じり合って生まれる色、それが“黒”です。つまり全てに通じる色であり、逆を言えば、全てがそこより生じた証だからです」
「いないって事?」
「基本的といったように、創造3柱の加護を受けてて生まれてきた者達は、髪ないし瞳、どちらかの色に“黒”を持ちます。決して“黒”を持つ者が生まれないわけではありません。唯一の例外として、魔王だけは、“黒”の髪と額に第三の眼をその証として持ちますが、通常の位置にある瞳は“黒”ではありません。つまり、髪と瞳、その両方に“黒”を持つ者は決して生まれないのです。その姿を持つのは、創造3柱が具現化した時のみです」

 つまり、この世界で、髪と眼が“黒”ってのはイレギュラーって事で。
 日本人が来たら、みんなイレギュラーじゃない…。

「って、待って。琥珀だって髪も眼も黒よ?」
「そうですか? 従者の方は、赤い髪をしていたと認識しておりますが」
「………そういえば」

 そう、あのバカ。仮にも社長なんだから色をどうにかしろって言ったのに。
 学生気分のまま、真っ赤な頭のままだった。

「あれ、染めてるだけなんだけど…?」
「髪の色を変える、というのはありますが、この世界において、その本質に通じる、加護を受けた色を変える事は出来ません」
「でも外から来た場合だと、例外って事にならない?」
「確かに、あの方がお一人で来ていればそうなるかもしれませんが。リンコ様は見事な漆黒の髪と瞳でいらっしゃいますから」

 にこやかに断言されてしまいました。
 隣でリエがコクコクと頷いてるし。
 どうあっても、私が勇者説を考え直す気はないようだ。

「……そう」

 深く息を吐き出しながら、頷く。
 これはもう、言っても無駄だと自分自身に言い聞かせる。
 言いたい事は山ほどあるけれど、こうなってしまったのでは仕方が無い。
 強制だし、かなり不本意だけれど、諦めるしかない。

「わかった。最後に一つ、聞いていい?」
「はい、何なりと」
「私達は、帰れるの?」

 その科白に、二人の時が止まる。
 リエが何故か哀しそうな顔でこっちを見てるけれど、私としてはこれは聞いておかないといけない。
 向こうでの、これまでの生活があるし、何より、会社の事が心配だから。
 社長と秘書が揃って行方不明とかシャレにならないし、ヘンな噂が広まったりでもしたら私立ち直れないし。
 ……そういえば、トラックと事故ってたし。
 あれ、どうなったんだろう?
 無人の車にトラックが突っ込んだ、とかになってるのかな……うう有り得ない。私の愛車が。

「…ラッセル、でいいんだよね? どうなの?」
「結論だけを言えば、帰れます」
「すごく引っかかる言い方だけれど?」
「私達を助けて下さい」
「それは、つまり、そうするまでは、帰れない…というよりは、帰す気がないって事ね」
「申し訳ありません」
「もっと頼りになりそうな人を呼んだ方がいいと思うのだけれど」
「いいえ。私は、私達を助けて下さる方を願いました。結果、それに答えて来て下さったのが、リンコ様達なのです。今、私達にとって、尤も頼りになる方なのですよ」
「………それは、過去話に影響され過ぎというか、私を過大評価しているというか」
「そうですね。私にとっては遥かなる過去の話に過ぎません。しかし、エル様にとってはほんの少し前の話ですから、間違いはありません」

 にこやかに、本当ににこやかに微笑んでラッセルはそう告げた。
 何度か出てきている“エル様”というのが誰なのか気になるところだけれど、それ以上にラッセルの見た目の方が気になった。
 その笑顔は病弱そうな外見とあいまって、何ていうか……実際は健康でかなり元気な人なんだろうけど、果てしなく気弱な男の沈痛な願い、にしか見えなかった。
 ……こういう男が宰相の任に付いてるのって、アレかな。見た目で相手の心理を揺さぶるためなんだろうか。
 そんな不敬な事を考えてから、一つ息を吐き出す。

 さて、覚悟を決め様。
 これはもうやるしかない事、決定事項なのだ。
 何のために呼ばれたのか、大国クレッセリオスに対して、という事だけれど、具体的にはまだ先の話のようで、よくはわからない。
 わからないけれども……やるしかないのだ。その、勇者とやらを。
 でなければ、私達は帰れない。
 ああ、そうだ。
 間抜けにも誘拐された―――私を庇ってのことだけれども、結果としては私を崖から突き落として攫われたのだから、間抜け以外に言いようがない琥珀を、助けに行かないといけない。
 私独りで帰っても意味はないのだ。
 琥珀も連れて帰らなければ。何より、お爺様に頼まれている事だし、あんなでも社長だし。

「…わかった。勇者、ね……かなり不本意だけど、要求を飲むわ」

 二人の顔が途端に、嬉しそうなそれに変わった。

「ただし、一つだけ言わせて」
「「はい?」」
「私は特に何が出来るってわけじゃないから、本当に、期待はずれになると思う。けれど、一度やると決めたからには、私に出来る範囲で精一杯やらせて貰うから。…何ていうか、何もしてないのに言いたくないけれど、それでも結局役に立てなかったら、ごめんね」

 肩を竦めた私に返ったのは、何故か満面の笑みだった。

「リンコ様、有り難うございます」

 ラッセルが深々と頭を下げる。

「リンコ様、これから宜しくお願いしますね」

 花を撒き散らせて、可愛らしくリエが続いた。

「こちらこそ、宜しく」



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 10 有り得ない話


「それで最後が、新人歓迎会の話」
「おお。ちゃんっと考えておいたよ、それ」
「そう、ならいい。簡単な流れはそんなところ」
「ってそれだけ!? こう、どんなの考えたのー? とかさぁ」
「別に後で聞くから」
「えええ、冷たいなー。ま、みんなで楽しめるって事でボーリング大会に」
「聞いてない。付け加えるなら、それボツだね」
「ええ、何で!?」
「去年やったから」
「がふっ」

 妙な声を上げる琥珀をそのままに、腕時計を見てから窓の外を眺める。
 うん、この分なら会議には間に合いそう。後10分もすれば付くだろうし。

「遅刻しないですみそう、良かった」
「何がっ!? 全然よくないよ! あーどうすんだよっ、今から考え直さないと」
「前見て運転に集中」
「やってるよ!」
「遊びなんて琥珀の得意分野じゃない」
「褒められてる気がしない…」
「褒めてないから」
「ぐっ……琳子が冷たい。にしても~どーすんだ、コレ、ちゃんと考えてないと怒られるってじぃちゃんに聞いたんだけど?」
「そう。怒られるよ」
「マジでか。……ううむ」
「多いとは言わないけど、一丸となって一つの事となると多い人数になるか――――!?」

 躰が急激に右に持っていかれた。

「ちょっ、琥珀!?」

 何ハンドル切ってるの、と言う間も、必要もなかった。
 振られてすぐに上げた顔、その視界に移ったのは、左に斜めになって突っ込んでくる車体、というか、トラック。
 ぶつかる、とか、危ない、とか、そんな思考が回るよりも先に、激突。
 聞きたくない音と、衝撃だけが躰を襲って―――――今度こそ、死んだかな、と。

 白い間だけが残って―――。

 残って―――ん?
 痛みがこない、圧迫感がない。
 即死って事かな、これは。というか、何でそんな事考えてるんだろう、私?
 それに。
 衝撃の瞬間、確かに、あの嫌な臭いがしていた。エアバックが作動した結果の、硝煙臭。火薬臭いというか。今はそれがない。
 嗅覚も麻痺したか、それともやっぱり―――

「琳ちゃん、琳ちゃん!」

 五月蝿い。
 琥珀、琳ちゃんて呼ぶなって言って―――はい?

「ごぁ」

 妙な音が聞こえたが、それはさておき。

「何処よ、ここ…」

 目を開けた。というか、開けられた。
 生きてる喜びを噛み締めるよりも、視界に広がった光景に思わずそんな科白が口から出てた。

「琳ちゃん、痛い…」
「その呼び方止めてよ」

 顎を摩りながら涙目で訴える琥珀。
 オートカウンターが働いたのは久しぶりだ。
 そもそも人が寝てるところを邪魔しに来る琥珀を迎撃していたのが始まりだけれど。お陰様で、寝てる時でもかすかな物音で目を覚ますようになったし―――て、そんな忌まわしい過去を振り返っている場合ではない。

「それで琥珀?」
「うん?」
「ここ、何処?」
「オレも知らない」
「トラックとか、車の残骸とかは?」
「わかんない」

 周囲を見回すと、左手には木立、それ以外は囲むようにうっそうとした森だけ。
 ここがぽっかり空いてるのは謎だけれど。
 足元というか、この空いている空間にあるのは、土、それから雑草。補足すると、私と琥珀。

「生きてるよね?」

 言いながら、すぐ傍に座り込んでいた琥珀の頬を抓ってみる。

「いだっ! いだだ、いだいって」
「天国とか夢じゃないみたいね」
「何でオレで確認するんだよー」

 後退して右頬を摩りながら口を尖らせる。

「そこに琥珀が居たから」
「うわ、何だよそれ! オレは山じゃないぞっ!!」
「怪我もしてない、と」
「スルー!?」
「…あ、きちんと立てるし。大丈夫そう」
「放置されたっ!?」
「―――琥珀、少し静かにしてよ。現状把握しないと、会議に遅れる」
「いや、そういう問題じゃないと思う」
「ハンドルを左に切ったのは、トラックが突っ込んできたからよね?」
「そこから入るの!?」
「いいから答える」
「…そーだよ。だけど、ぶつかったし、急ブレーキも何も間に合わなくて…」
「なら過失割合は向こうのが大きい、と」
「そういう問題!?」
「これは重要。会議にも遅れるだろうし、責任はしっかり取ってもらわないと。―――とはいえ、生きてるから別にいいんだけどね。車もないし」
「いいの!?」
「だって前回は死にかけたのよ、私。忘れたとは言わせない」
「……ごめん」
「それにしても、ここ、何処なんだろう。見覚えもない。琥珀は?」
「オレもわかんない」
「困ったわね。会議に遅刻確定か」
「まだ拘ってるの!? もういいじゃん、どうしようもないんだし!!」
「社長自らそんな事言わない。無責任過ぎる」
「いや、そーじゃなくて、だってしょうがな―――って、何だありゃぁああ!?」

 私を通り越して、その背後、というか、あからさまに空中を指差して、妙な雄叫び。
 私はというと、思案中なんだけれど。
 放置したいけど、そういう訳にも行かないのが、社長とその秘書な私達の関係というか。

「琥珀、さっきから五月蝿い。少し黙って。もしかしたら忘れてるだけで、知ってる場所なのかも」
「いや! それどころじゃないって!! だいたい、普通の道路走ってて事故って、ヘンなとこで目を覚ますってありえないからっ!! 高速なら落下とかも可能性はあるけど、それ死んでるって!」
「…それだと、やっぱり、死んだ? ここは天国とか? 有り得ない」
「さっき生きてるって確認したじゃんか! って、だからそうじゃないってば!! 琳ちゃん、あっち! あっち見てよ、あれっ!!」
「だから五月蝿い。もう少し静かに 「だから、アレっ!!」

 がっと両肩を掴んで私を180度回転させる。

 ごすっ。

「何だって言うの?」

 隣で腹部を押さえて屈み込んだ琥珀をそのままに、息を吐き出しつつ視線を上げて―――

「鳥にしては大きいね」

 そのままの感想を口にしてみた。

「そーだよ。何かデカイし、変な形してるし、飛んでるし」
「……何か乗ってる」
「人―――じゃないっつーか、鳥じゃねーっ!!!」

 思わず、頭を抱える。
 夢だ、これは悪い夢だと。

「琳ちゃん、琳ちゃん、アレ何に見える?」

 何故か、凄く嬉しそうな琥珀の声。
 答えたくない。

「なぁなぁ、アレってドラゴ 「それ以上口にしたら、殺す」

 ぽつりと呟いた。
 それ以上言われてなるものか、アレは想像上の生き物であり、実在しない存在である。
 それが今、飛んでる。正しくは、こちらに向かってきている―――ように、見える。

 悪夢、だね。うん。きっと、これは夢に違いない。
 まだ布団の中だ、きっと。自室で寝てる。
 これから会社での苦労を考えて、きっと琥珀が夢に出て来てて、しかもヘンな苦労をしている、と。
 そうに違いない。

 瞼を閉じる。
 起きないと、今日は会議があるから。
 それに、こんなヘンな夢はごめんだし、第一、夢の中でまで琥珀に苦労させられるなんて冗談じゃない。

「り、り、りりり琳ちゃっ!」
「何、黒電話の真似してるの?」
「ちがっ! そうじゃなくてっ」

 ひゅん。
 
 風を切る音。
 すぐ耳元を、何かが飛んでいった。

「り、琳ちゃ」
「……夢の中でまで琥珀に苦労させられるなんて」
「ひど! じゃなくて、そうじゃないって。これ夢じゃないからっていっぱいきたー!?」
「もういい。勘弁して、早く起きないと」
「だからちがっ!!」

 叫びながら、押し倒されて。

「…ったぃ、何す―――…は?」

 腰を打った。
 補足するなら何でかへばりついてる琥珀のせいで、激突の瞬間の衝撃は大きかったわけで。
 でもそれ以上に。いや、文句は言おうと思ったけれども。
 上体を軽く起こした私の目に入ったのは、さきほどまで立っていた辺りに、大量に突き刺さっているモノ。それから、琥珀の右足、ふくらはぎに刺さってる―――矢。

「ちょ、琥珀。足!」
「…うん、痛い」
「そういう問題じゃないでしょ!?」

 薄っすらと血が滲み出てる。
 止血しないと、それから応急手当。矢を抜いて―――矢?

「何で矢?」
「それ何弁?」

 ごすっ。

「…琳ちゃん、オレ、怪我人」
「それだけ元気なら大丈夫でしょう。―――とりあえず、足見せて、足」
「あ、うん。…いや、無理、そんな暇なさそう」
「何を寝惚けてるのよ、どういう構造かしらないけど、血が流れてきて 「あれ」

 指差すのは、“アレ”のいた方向。

「目の錯覚、それは」
「いや、全然錯覚じゃないよ! だいたい、矢だって、アイツが!!」
「アイツって…」

 首を巡らす。
 ……言いたくないけれど、その、何だろう。
 認めたくはないけれど、空を飛んでる、まぁ、西洋の竜。所謂ドラゴン。ギリギリ、そこはギリギリね。
 でも、そこに乗ってる人―――じゃ、ないよね。認めたくないけれど。
 躰が緑で耳が尖ってて、背中に躰と同じ色した羽根がある人間なんか、いないから。

「構えてるね」
「琳ちゃん、何でそんなに冷静な…」
「あ」
「あ、じゃねーっ!!」

 ひゅん。

 互いに離れて、正確には転がってだけれど、矢を交わす。
 あの音はこれだったのかと、今更確認してみたり。

「り…琳ちゃん、あれって」
「どういう訳か狙われてるようね。琥珀の好きな展開じゃない、よかったわね」
「いや、そういう問題じゃ!? だいたい、アレ人間じゃないよっ!!」
「見ればわかる、認めたくないけれど」
「来た、来たっ。ドラ―――…デカイね!!」
「もういいよ、言いたいなら言っても」
「オレ、ドラゴンってはじめてみたよっ!!」
「嬉しそうに言うな!」

 ごすっ。

「ぐっ…。2メートルはあろうかという距離を一気に縮めるとは、流石、琳ちゃん…」
「余計な事は言わなくていいから」

「見付けた…」

「何かしゃべった!?」
「見付けたってどういう事?」
「うぉっ! 何で琳ちゃん通じてんの!?」
「何でって 「やはり、お前か」

 日本語なのに、通じて当たり前。
 けれど、それを琥珀に伝えるよりも先に、相手の声が。

「私の科白を遮ってお前呼ばわりとはいい度胸」
「琳ちゃん、急に戦闘モードはいってん…ごふ」

 とりあえず、五月蝿い琥珀を黙らせておいて。
 キャラが壊れてるとか、もういい。そんな事を気にしている暇はない。

「―――それで? いきなり矢を射るとはどういう了見? 琥珀が間抜けにも怪我したじゃないの」
「はは、なるほど。流石と言ったところか」
「意味がわからないわね。第一、上から見下ろして何様のつもり?」
「近付くと何をされるかわからんからな。―――しかし、そうか。距離があれば手も足もでない、か」

 何も持ってないから、言わなくてもわかりそうな気がするけれど。
 押し黙った私に高笑いが返る。

「降りて来なさいよ」
「断る」

 言うと、矢を再び構える。

「バカじゃ、ないみたいね」
「―――って、琳ちゃん、何言ってるの!? ていうか会話してんの!?」
「そちらの赤い頭は何だ? ペットか? きゃんきゃん賑やかだな」
「似たようなモノね。別にいらないのだけれど」
「え、何が!?」
「はは、面白い女だ。だが、女とは……意外だが、これも与えられた役目。しかと真っ当する事にしよう」
「女女と、人を馬鹿に…」
「ええ!? 琳ちゃん、意味わかんな 「あんたは黙ってなさい」
「馬鹿にしたつもりはなかったが、それは失礼したな」

 その顔、あきらかに馬鹿にしてるじゃないの。

「琳ちゃん、またあんたって言ってる!」
「五月蝿い。今、それどころじゃ…」
「矢ーっ!?」
「耳元で大声出さないでっ…―――て、邪魔っ!」

 ばきっ。

「琳ちゃん、すげー」
「へぇ」

 ……成せば、なる。
 いや、こんな事、別に成し遂げたくはなかったんだけれど。
 ぽとりと落ちる、二つに割れた矢。
 飛んできた矢、どうして叩き割れるかな、私。

「さっすが、琳ちゃ…またいっぱい!?」

 その声に視線を“それ”へと向けて、

「有り得ない…」

 心底そう思う声音。どちらかというと疲れた感が大部分を占めているけれど。
 相手は口元を歪めて、いや、そこは別にもういい。いいんだけれども―――周囲に矢が浮いてるのは、どういう事?

「何、大人しくしていれば致命傷は避けられる」

 くぃ―――、手を動かす。
 その動作だけで、矢は解き放たれた。

「冗談…」
「琳ちゃん、あぶないって!」

 呟く私に、叫ぶ琥珀。

 どんっ。

「オレが何とかするから、琳ちゃん逃げて!!」

 突き飛ばしながら、そんな科白。
 生まれて初めて聞いたんだけれど、琥珀の口からそんな科白。
 
 がさっ、パキパキ。

 ああ、木立の方に突き飛ばされたんだな、と。
 何故か視界に映ったのは空、木立に埋もれるように沈む躰、自然破壊の音がする。
 ごめんね、枝さん。何の植物か、わからないけれど。
 更に、妙な浮遊感が―――

「―――え?」

 肩越しに視線を走らせて、理解した。
 感動してる場合じゃなかった。
 それどころか、やっぱり琥珀は疫病神で―――

「何で崖なのっ!?」
「ええええええっ!?」

 叫んだ私に、驚きの声が返り。慌てて傍にあった木立の枝を掴むけれど。
 きっと、琥珀から見たら私はその科白を残して消えたように見える訳で。

「り、琳ちゃ、ごめんっ! すぐ助け 「ごめんですむわけないでしょーっ!!」

 ぱきんっ。
 世は無常。
 むしろ、太い木の枝だったらよかったのに、木立の細いそれに、私が支えられるわけもなく。
 間抜けな叫びを残して、私は見事に落下した。



 そうして、気付いたらこの部屋にいた。
 つまりこれは現実であって、ゲームではないという事。

 何なの、これ…。
 有り得ない。

 今日何度目になるかわからない科白を内心吐き出して、私は頭を抱えた。



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 09 繋がる記憶


 私が思案するように押し黙り、場が静かになった。
 決して、私が薄笑みを浮かべていたからではない筈。

「リンコ様。言い忘れましたが」
「何?」
「もう一つ、根拠があります。リンコ様が勇者だという、確かな根拠…というよりは、証ですね」
「何?」

 ぴくりと“勇者”という単語に眉が攣りあがる。
 言った本人もわかっていて口にしたのだろうけど、何故か苦笑していた。

「言葉が通じます」
「はい?」
「リンコ様のいた世界と、ここは違える世界ですよね?」
「……世界、というか」

 ゲームの中だから、違うのは当たり前というか。

「確かに、違う。知らない国名が出てるし、魔王までいるから」
「リンコ様のいた世界には、魔王はいなかったのですね」
「いないね」
「では、魔族や、竜族や、精霊や 「いないから」
「……リンコ様のいた世界って不思議なところですね」

 何故かキラキラした目をしているリエがぽつりと呟いた。
 俗に言う夢みる乙女みたいに。

「不思議というか、私にとってはそれが普通なんだけれど。それで、それがどうかしたの?」
「え、ああ…。この世界で使われている言語は、リンコ様のいた世界で使われていた言語と違うものなんです。それなのに言葉が通じている、会話が成立するという事が、証拠です」
「…どこらへんが?」
「召喚の儀式の際に扱う“陣”には、この世界の言語を理解するというものが組み込まれておりますから」

 それは便利機能。
 でも、ストーリーが矛盾しているのに、こういうところはきちんと説明がある。
 やっぱり可笑しい、これ……。

「それで会話が成立する、と?」
「ええ、そうです。文字も読める筈ですよ」

 にこやかにそう告げて、懐から折りたたまれた紙を一枚取り出した。
 芸が細かい、ヘンなところの芸が。別にいらない説明だと思うんだど、これ…。
 いや、確かに、自身が異世界へ行ってしまった、というのを体感できるという意味では、有りかもしれないが。

「どうぞ」

 きちんと開いたその紙を、短い科白と共に差し出して。
 何だかな、と思いつつ受け取る私。
 そこまでは、良かったんだけど。

「どうかなされましたか?」

 苦笑して紙を受け取った私の顔が、それを目にした途端、怪訝そうなものに変わり、訝しげな声をラッセルが上げる。
 どうしたもこうしたもない。

「―――読めない」

 間を置いて、きっぱりと私は答えた。
 見たこともない文字が連なっている。真面目に読めない。
 英語とかならまだ少しは…って気がするけど、何語よ。これ。
 強いて言うなら、パピルスに書いてあったエジプト文字に似てるけれど。象形文字って言うんだっけか?
 それを丸文字で書きました、みたいな文字。
 読めるわけない。

「まさか!」

 何故か大慌てのラッセル。
 私から紙を取り戻して、何故か私と紙を交互に見つめている。
 何故か蒼白――元々だけど――さらに青褪めたような顔になっている。今度こそ倒れそう。
 そこまで慌てる事? プログラムに欠陥が見つかってる時点で、こういう自体があっても別におかしくないし。
 ……ああ、そうか。NPCとしては当然の反応―――

「って、ちょっと待って。そういう反応しないよね、普通。スルーするでしょ、スルー」
「何をおっしゃいますか、召喚の儀式の“陣”には、確かに言葉も通じ、文字も読めるよう文言が刻まれているのですよ。それなのに読めないなんて有り得ません。儀式が失敗……いや、けれど、リンコ様はここにいらっしゃるし…」
「ラッセル様、落ち着いて下さい」
「リエ、これは由々しき事態ですよ、そのように暢気な―――ああ、そうか!!」

 弾かれたように叫び声を上げる。
 倒れそうと心配していた私は当然驚いたけれど、何故か傍にいたリエまでぎょっとしたような顔をしている。
 
「わかりました、そういうことですね」
「いや、何が?」
「本来“一人”しかいないはずの勇者、その召喚の儀式。現れるのは一人だけなのです、それなのにリンコ様には従者の方がいたからですね。おそらく、文字に関する内容がお二人それぞれにわかれて継承されているのではないかと」
「…待って。一人って? 元々従者付きじゃないの?」
「いえ、一人です。儀式に応じて現れるのは、勇者、ただ一人です」
「それってどういう事…? 設定ミス…?」
「設定、とは?」
「こちらの話だから気にしないで。それより、元々、一人なのは間違いないのね?」
「はい、確かに。―――申し訳ありません、私が遅れたばかりに」

 心底申し訳なさそうな顔。
 病的な外見にプラスされて、今にも死にそうな表情になる。
 思わず心配しそうになるけど、リエはそんな事ないし、ここまでで彼はそういう外見で中身は健康と認識してるから大丈夫……ていうか、わかってても不安になる。倒れないか、この人(?)。
 でも、今、それより気になるのが、何度か出てる、その言葉。

「いや、それは別にいいんだけど……。遅れたってどういう事?」
「はい。思えば、こちらへ出る場所がずれていたのですから、その時に気付くべきでした」
「ずれてた?」
「はい。本来ならば、この城の中庭に現れるはずだったのですが」

 そんな目立つところに出なくてよかった、そう内心呟いた。

「それがずれてヘンなところに出たから、私は気絶してたって事?」
「いえ、違いますが」
「私、気絶してたのよね? 実際、気付いたらここで寝てたんだし」
「―――リンコ様、覚えていらっしゃらないんですか?」

 何故か驚いた顔をされる。
 いや、名前を名乗ってる時点で記憶喪失とかじゃないってわかると思うけれど…。

「記憶喪失じゃないけど?」
「いえ、そうではなく。リンコ様、崖から落ちたんですよ?」
「はい…?」
「儀式は成功したのに、お姿が見えないので、慌てて検索の魔法をかけたんですが」

 魔法……そこはRPGっぽぃ。
 魔王がいるからあってもいいのか、それは。

「国の南方にいると反応が出たので、すぐ迎えに行ったのです。魔王の手の者が襲いかかっている姿が見えて、お助けしなければと思ったところで、リンコ様が崖から落ちて」
「…間抜けな」
「そこで私は、リンコ様の落下地点へと回り込み無事に助けられたのですが……その後で崖の上まで浮上してみましたところ、従者の方を連れ去る魔王の手の者の姿が、その、すでに遥か遠くへ」
「……魔王の手の者ってどうしてわかるの?」
「見覚えのある方でしたから」
「街を襲ってたっていう人?」
「いえ、何度かここへもいらっしゃった事のある、外交をされている、魔王の側近の方です」
「……何だかな。何でそんな人が誘拐?」
「多分、この国の地理に詳しいからではないかと」
「納得出来るような、出来ないような……」

 しかし、崖から落ちた?
 そこはかとなく、そんな夢を見たような気がするけれど…。
 あれは夢だろうし、いや、でも言われてることに符号する個所が多いから、このゲームのオープニングというヤツなのかもしれな―――

「待って。私、いつ付けた?」
「「はい?」」
「あ、ごめん、違う。こっちの話。少し待って、頭の整理してるから」

 適当に誤魔化して。
 ここがゲームの中だとして、その住人にゲームとか言っても無駄だろうから。

 私、大切な事を忘れてる。
 まず、あのゲームをプレイするにはそれなりの装置をつける必要があるという事。
 とはいえ、インカム付きのヘッドギアと手袋と足首と、センサーのついたモノつけるだけなんだけど。
 私はそれを付けた覚えがない。
 寝てる間につけられる可能性はゼロ。私はそういうのに敏感で、些細な物音でも目を覚ますから。……睡眠薬でも盛られたら起きないだろうけど、流石にそこまではしないだろうし。
 そうするなら、起きてる時。でも自分で付けた記憶がない。
 第一、どうしてスーツ姿なのかわからない。
 これって、こういう服装ってプログラミングされてるって事だよね?
 RPGには有り得ない服装。
 それに、スカートだし。私はきちんと女性でここにいるし、経った時の目線の感じがいつもと同じだった。
 そうすると、最初から、これは私に合わせてプログラミングされたってことになる。
 でも、その可能性は有り得ない。
 そもそもテストプレイヤーをどうするか、という話を会議で―――

「あ、れ…?」

 茫然と、本当に茫然と呟いた。

 会議に出席した記憶がない。
 でも、出社するの時に着てたスーツ姿なわけで。
 そもそも、それすら夢で、今もまだ布団の中で寝てる―――わけはないね。
 私は水を飲んだ。喉を通り抜ける、あの冷たい感覚は夢では有り得ない。
 そもそもこんなに意識のはっきりした連続性のある夢は有り得ない。
 だから、これは夢じゃない。
 夢じゃないなら、これは何?
 体感RPG、という答え以外見つからないけど、私はそのための装置をつけた記憶がない。
 どういう事?
 記憶が混乱してる、自分の記憶が怪しい。どこからが現実でどこからが―――ああ、これが体感RPGの欠点だった。区別が付かなくなる。
 それなら記憶がないけど、知らない間にあれを付けてるって事になる。
 そんな馬鹿な話、あってたまるか。
 最悪。本当に最悪だ、自分の記憶すら曖昧になるなんて。
 落ち着け、落ち着け、落ち着いて―――

 私、事故ったんじゃなかったっけ?

 唐突に出てきたそれに、有り得ない事だけれど、やっと、記憶が繋がった。

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 08 やっぱりマトゥ


「人違いしてますよ」

 声のトーンは、自分でも驚くくらい、低かった。
 無理もないけれど、琥珀以外にこういう声を出したのは初めてかもしれない。

「いいえ、間違いありません」
「私はそんな名前ではありません」
「ええ、存じております。あくまであなたを指す言葉であり、あなたの名前では確かにありませんね」

 見た目は軟弱というか病弱そうなのに、中身は違う。むしろ、絶対、性格悪いな、と。

「ですが、あなたがそうである事は、間違いありません」
「根拠は?」
「神託の元、エル様のお力をお借りして儀式を執り行い、呼び声に答えて現れたのが、あなた方だからです」

 和やかな笑みを浮かべ、幽霊、じゃなくてラッセルと名乗った男はそうのたまった。
 神託? エル様って誰? しかも儀式って……。
 でも、待って、それよりも。

「呼び声に答えた?」
「はい」
「身に覚えがない」
「ですが、確かに。答えなければ、ここへは来られません」
「……それって、召喚とかそんな儀式?」
「はい。よくご存知ですね」

 微笑んで頷く。

 ゲーム?

 そう思った瞬間、私はある事を思い出した。
 そう、そういえば、だ。
 止めた方がいいと私は思っていたけれど、筆頭に上げて頑張ってた、あの体感RPG。確か、主人公というか、コントロールするキャラ設定は、確か“勇者”だった筈だ。
 国の名前は違った気がするけれど、私が知ってるのは最初の企画の段階での内容だし、ストーリーは変わっている事もあるだろう。
 つまり、そういう事か。
 知らない間に、被験者、もとい、テストプレイヤーになっているという。
 あれだね、これは絶対、琥珀の仕業に違いない。他の社員、もとより開発部の人達がこんな事をする訳ないし。
 終了したら殴って、その後で説教だ。
 何て事するんだろう。
 むしろ今すぐ終らせるべきか――

「勇者様、それと、一つ、お詫びしなければならない事があります」

 黙り込んだ私に、言葉を続けるラッセル。
 NPCに間違いない。
 こちらのアクションに対して、決められた科白を口にする。それが終るまでは止まらない、と。

「従者の方ですが、私の迎えが遅れたため、魔王の手の者に連れ去られてしまいました。申し訳ございません」

 頭を下げた。それはもう、心底申し訳なさそうに。
 ああ、こういうストーリーなのね。
 連れがいるのか、なるほど。
 そして魔王とか。何だ、お決まりの勇者が魔王を倒してハッピーエンド?
 そういう在り来たりな話じゃなかった気がするんだけど、琥珀の趣味色に変わったのか。
 それで行くと、勇者を倒して、その従者とやらを連れ戻してエンディング、従者が死んだらバットエンディングとかになるんだろうな。

「あの、勇者様…?」
「え、ああ、聞いてるから大丈夫。それで、助けて欲しいっていうのは、その魔王を倒してくれとかそういう事?」
「いえ、そこまでは」
「はい?」
「以前は交易も盛んで、別段何も問題なく国を行き来するのも可能だったのですが。半年ほど前に突然、一方的に交易、往来、手紙のやり取りすら出来なくなりまして」
「はぁ?」
「時を同じくして、襲われるようになりまして。最初は何か勘違いをされているのでは、と、文書を送っていたのですが、どういう訳か、もう騙されない、といった趣旨の返信しか頂けず…」
「意味わかんない…」
「ええ、我々としても困り果てておりまして」
「そうじゃな…―――まさか、それで私を呼んだとかそういう事?」
「いえ、違います」
「って、違うの!?」
「大国クレッセリオスが」

 どんな設定よ、それ。
 しかも新しい単語、大国クレッセリオス。大国と付いてるからには、それはもう大きい国なんだろうけど。
 でもね…。

「……魔王より、そっち?」
「ええ、彼はとても良い方ですから。きっと何か勘違いをされているのではないかと」

 魔王が良い方って……どんなゲームなんだろう?
 確かに王道ではないかもしれないけど……。
 ああ、そうか。この人、見た目が非人間だから、そっち関連の人なのか。それならわかる。

「誤解が解ければ、元通りだと思いますので、そう気にしてはおりません。……勿論、問題が全くないという訳ではありませんが」
「問題あるなら、気にしようよ…」
「今のところ、建物以外への被害がありませんので」
「そういう論点なの? 十分問題だと思うけれど? そもそも、建物への被害って何?」
「ええ、魔王の元にいる方が幾人かでやって来ては、街に攻撃を 「それ十分問題じゃない!!」

 叫び声を上げた私に、2人がぱちくりと目を瞬く。

「しかし、国民に被害は出ておりませんし。食生活に結びつくところへの攻撃はありませんから」
「街に攻撃って、生活に支障が出ない?」
「それが、街を囲む塀や、集会場といった集合施設だけですから」
「何、それ…。意味がわからない」
「ええ、我々にもわからないのです。ですから困り果てておりまして」
「それは確かに、困るね。どう対処すればいいのかが」
「ええ」

 頭が痛い。絶対ボツだね、これ。

「―――ちょっと待って。それで、その、従者? 連れ去られたって、魔王の手の者って言ったよね?」
「はい」
「どうして? その、呼んだ原因が、大国クレッセリオスにあるなら、魔王側の人が連れ去るのって可笑しいよね? その大国クレッセリオスの―――て、名前が長い。その大国の人が連れてくならわかるんだけど?」

 ダメダメだね。
 プログラムエラーとかそういう次元じゃない、ストーリーが矛盾してる。
 ボツ確定。

「それは、わかりかねますが…おそらく」
「おそらく?」
「勇者様の従者だからではないかと」
「却下」
「「はい?」」

 2人揃って疑問符を上げた。
 どういう理屈になるのか、それは。魔王が良い人なのに、勇者の従者だからって連れ去るって意味不明すぎる。

「あなた達に言ったわけじゃないから。気にしないで」
「……では、誰に向けて?」
「バカに向けて」
「はぁ…?」
「ま、いいや。とりあえず、いいかな?」
「はい、何なりと」
「勇者って呼ぶの止めてくれる?」
「………。いえ、しかし、そうですから」

 またこのパターンか。
 しかもこちらは、断言してるし。

「そう呼ばれるの好きじゃないから」
「しかし、事実そ 「しかしもかかしもない。止めてくれる?」

 睨むようにして科白を遮る。
 面倒な、もしかして毎度毎度この訂正をしないといけないって事?

「私には松浪琳子っていう名前があるから、そちらで」
「マトゥナミリンコ様ですか」
「あんたもかっ!!」

 思わず叫んだ私に、2人揃ってびくりと反応し、ラッセルは困ったように苦笑して、リエは―――何故か目を輝かせていた。

「―――琳子。そっちが名前で、性が松浪」
「では、リンコ=マ 「いや、もういいから、それは」

 げんなりとした私の科白に続いた聞き覚えのあるフレーズを思いっきり遮った。
 何度も何度も同じことを……。
 “マトゥ”じゃなくて“松”、私の名前は純日本語の漢字。
 遮られた当の本人であるラッセルはぱちくりと目を瞬いてるけれど。

「それで、私は何をすればいい訳?」
「当面は身を潜めていただき、その間、できれば国の復興作業などを手伝って頂けると嬉しいのですが」
「はぁ? ちょっと待って、そのために呼んだ訳? それって別に勇者じゃなくたっていいじゃない? むしろ、建設関係の職人を呼びなさいって話だと思うけれど?」
「当面は、ですから」
「……その後は?」
「大国クレッセリオスの当国への侵攻を防いでいただければ、と」
「………無理じゃないかな、それ?」
「いえ、ゆ―――リンコ様でしたら、出来ます」

 言い直した、今。“ゆ”って言ってから訂正した。
 本当に宰相なんだろうか、この人(?)。

「根拠は?」
「リンコ様が、応じてここへ来てくださった方だからです」
「それって根拠になるの?」
「はい。―――過去にも召喚の儀式を執り行った事が、確かに記されております。存亡の危機にあった国を救ったと。そのための“力”を持った勇者が、儀式に答えて現れるとありましたので、間違いありません」
「……“力”って」

 そもそも、呼ばれた覚えがない。
 勿論、答えた覚えもないのだが。

「その時々によって違えるようですので、何とも言えませんが」
「わからないの?」
「はい。リンコ様はどのような“力”をお持ちですか?」
「……聞かれてもわからないけど。そもそも、私はただの一般人だから」
「いいえ、儀式に答えて現れましたので、間違いなく…………。一般人ではないかと」

 妙な間が開いた。「勇者様ですから」とか、入るから?

「一般人である事を、ここでも否定されるとは…」

 呟く。
 高校時代にはさんざ否定されたけれど。後にも先にも、あの時だけだ。
 琥珀……やっぱり殴ってやる。説教してやる。オマケに座禅も付けてやるわ、覚えてなさいよ。
 自分がやりたいって言ってたのに、私を使うとはいい度胸よね、本当。



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 07 マトゥ


 頭を整理している。
 リエと名乗った彼女があの後何かを言ってた気がするけれど、覚えているのは、「お水をお持ちしますね」という最後の科白だけだ。
 今は一人、この部屋に残されている。
 私は彼女と会話していた、その場所に立ち尽くしたままだ。
 反芻するのは、その口から紡がれ、耳に届いた言葉だけ。
 ここは、神聖レシル王国という名の国。
 現在地は、王都レシリア、そこに建つ王城の一室。
 部屋の作りから察するに、客賓用のものだろうけど、多分に。
 そうして、彼女が私に向けて言った、“勇者様”。
 意味がわからない。
 訳もわからない。
 何がどうなっているのか、どうしてこんなところにいるのか。そもそも、何で私が“勇者”なのかもわからないが。
 一番最後が一番納得出来ないんだけれども。

 落ち着け、落ち着け。
 言い聞かせる。
 ここまで来るのに、実際はかなりの時間を要していたのだが、そんな事を気にする余裕はない。
 止まっていた思考がやっと動き出したのだから、最初にやるべき事がある。
 固まってる場合ではない、混乱してる場合でもない、悪態ついてる場合でもない、現状をしっかり把握しないと。

「―――って、出来るかっ!!!!」

 叫んだ。
 もう柄にもなく叫び声を上げましたよ、馬鹿みたいに。
 部屋に一人しかいないから、その後は、しんっとした時間が流れるだけ。

「何だってのよ、これ」

 額に手をあてる。
 祖父に言われた事があるが、これ、私が困った時の癖らしい。
 溜息を一つ吐き出して、とりあえず、寝ていたベットへと逆戻り、腰掛ける。
 落ち着けと自分に言ったところで、何をどう落ち着いたらいいのかわからないし、考え様にも、わからない事ばかりでどうしようもない。
 もう一度深い溜息を吐き出してから、ある事に気付いた。
 自身の服装。
 スーツ着てる……。
 このままで寝てたのか、と思わず笑いそうになってから、待て、と自分を制する。
 仕事に行く時の服装だ、これは。
 それなら、私は仕事に行こうとしていたのに、気付いたらベットの中で寝ていたとなる。しかも知らない場所で。
 更に意味不明な展開だ。
 両手で頭を抱え込んだところで、ドアをノックする音が聞こえる。
 ノックは2回、さっきも聞いた音だ。ゆっくりと顔を上げて、視線を向けると、顔を見せたのは見覚えのある姿。

「お水、お持ちしました」

 変わらず満面の笑顔。
 可愛いんだけどね、可愛いけれど、この場合、というか私はそれどころではないんですけど。
 すぐ傍までトコトコと歩く姿も可愛いね―――って、違う。
 気付かなかったけど、ベットの傍にナイトテーブルがあったようで、リエはそこにポットとグラスの乗ったお盆を置いて、

「お腹は空いてませんか?」

 そんな事を聞いてきた。

「大丈夫」
「そうですか。―――はい、お水です」

 にこにこと、グラスに注がれた半透明のそれを差し出す。
 飲んで大丈夫なんだろうか、これ。きっと普段の私なら見ず知らずの人間にそんな物を出されても疑っただろうけど、気が動転してたと認めざるを得ない、そのまま、「有り難う」といって受け取り、一気に飲み干した。

「美味しい」
「本当ですか? 有り難うございます」

 ぽつりと呟いた科白に、心底嬉しそうな声が返った。
 律儀に返事しなくてもいいのに。
 けれど、確かに、私はそれを飲んだ。
 躰を抜けた冷たい感触が、これが夢ではなく現実であると告げている。
 馬鹿な夢を見てるのかと思っていたのに、哀しいことにそれは否定されてしまった。

「ええと、それでね。聞きたいんだけど…」
「はい、何ですか? 勇者様」
「……いや、その呼び方止めて」
「え、でも…。そうですよね?」

 きゅーんとして、小首傾げて聞かれても。
 可愛いんだけれども、違うだろうに。
 それは私が聞きたいよ……。

「私には、松浪琳子っていう名前があるから」
「マトゥナミリンコ様ですか」
「…松浪」
「マトゥナミ様ですね」

 満面笑顔ですが、違います。
 そもそも、それ全部が―――ああ、そうか。

「琳子。そっちが名前で、性が松浪」
「…では、リンコ=マトゥナミ様ですね」
「いや、だから松―――もういいや、それで。お水美味しかった、有り難うね」

 どうして“松”が“マトゥ”になるのかさっぱりわからないが、訂正するのを諦める。
 言っても無駄な気がしてきたし。

「はい、勇者様。どう致しまして」
「いや、それ止めて」
「はい?」
「その呼び方」
「でも、そうですよね?」

 リピートですか、リピート。
 何のために名乗ったのかと……。

「せめて、名前にしてくれる?」
「あ、はい。では、リンコ様」
「様って……それもいらないんだけど」
「え…、でも、リンコ様は勇者様ですし、そういう訳にもいかないのですけれど」

 それから離れて欲しいんですが。

「本人がいらないって言ってもダメ?」
「はい」

 即答ですか。
 言った本人は、それを当然といった風にしてる訳で。
 その顔を見て、これは何を言っても無駄だなと悟る私がいたりして。

「わかった、それでいいよ。でも、勇者とか言うのはやめてくれる?」
「え、でも…そうで 「そう呼ばれるの好きじゃないから」

 ぴしゃりと言い放った科白に、一気に表情が暗くなった。
 何ていうか、私が物凄く悪い事をした気になるのはどうしてだろう。

「だから名前にしてね」

 とって付けた科白に、急浮上。ぱぁっと花が咲いたみたいな笑顔。
 色見本みたいなコだ、なんて一瞬思ったけれど、口には出さないでおいた。

「はいっ、リンコ様」

 何でこんなに嬉しそうなんだろうと激しく疑問に思う。
 いや、他にも疑問は尽きないのだけれど。

「それで、リエさん」
「リエです、リンコ様」

 見かけによらず強情のようで。

「それじゃ、リエ。聞くけど…―――ああ、妙な事言ってるなと思ったら言ってくれていいから」
「はい。何でしょう?」
「どうして私はここにいて、何故に私が勇者なのか、そもそもどうやってここに来たのか、それから何故ベットに寝ていたのか、最後に地理でいうとこの国はどのあたりに位置しているのか、教えてくれる?」
「え、ええと……そんなに一度に言われましても」
「一つずつでいいから」
「あ、はい…。ええと、リンコ様は勇者様ですからここにいて、何故リンコ様が勇者様なのかと言われましても選定理由は私にはわからないのですが」
「って、わからないの!?」
「はい、申し訳ありません」
「ちょっと待って、謝らなくていいから。わからないのにそう呼んだの?」
「はい。だってどこをどう見ても間違いありませんし、そのようにお聞きしましたので」
「………聞いたって、誰に」
「ミルファ王女様とラッセル様から」

 誰?
 名前が二つ出ました、はい、双方知りません。
 片方は少し前、耳にした呼称だけれども。

「それで、ベットに寝ていたのは気を失っていたので、大事を取ってという事です。その辺りのお話は、ラッセル様から聞いていただけると、わかるかと思います。リンコ様をお連れしたのがラッセル様ですので」

 疑問符しか浮かんでない私を置いて、リエは言葉を続けるのでした。
 どうやら彼女、私が勇者と言われて、その身の回りの世話をするようお偉い方々から言われて、喜んでるというのだけはわかったけれども。
 とりあえず、そのラッセルとやらに聞かないと先には進めないってのも理解。

「この国の位置ですが、エリシオール大陸の一番東にあります。東側は海に面しておりまして、北方、西方、南方はそれぞれ山に囲まれています。特に北西の山は、雲をしのぐ高さを誇る、エリシオール一高い山なんですよ」

 ヘンな方向へ行ってる話だとは思っていたけれど。
 夢かと疑う状況だったけれど、これは現実と再認識させられた上で、それか。
 もう、厭きれるとかそれ以前に、愕然と、というか、やっと怒りが湧いてきたというか。
 現状に。

「………どこよ」
「エリシオール大陸です」
「だから、それが…」

 コンコン、と。2回のノック。

 どこなのか、と口にするのを遮るように、それは室内に嫌に響き渡った。
 再び頭を抱え込んだ私を、不安そうにリエは見つめていたのだけれど、響いた音に、表情を明るくさせた。

「きっと、ラッセル様です。さきほど、お水を取りに行く時に目を覚まされたとお伝えするよう頼んでおいたので」

 言いながら、トコトコとドアの方へ。
 諸悪の根源の登場か。
 私の勝手な思い込みだったろうけど、リエの口から出た名前にそう思った。私をここへ“連れて来た”と言ってたんだから、強ち間違いでもない自身がある。
 ドアを睨む。もう本気で。
 のこのこ顔を出せるとはいい度胸してる。
 とりあえず、言い分は聞くとしても、何発か殴らないと気がすまな―――

「よかった、お元気そうですね」

 開かれたドア、目線を下げたまま入室して、やはり何故か一礼して、顔を上げてこちらを向いたその人物は、心底安堵したような声を漏らした。
 私は、というと、睨むのも忘れて、その姿を見つめる。

 これは、何?

 驚かない人間がいたら、そいつはきっと脳の神経が焼ききれているに違いない。
 笑みを称えたまま、すぐ近くまで歩み寄って来る。
 歩いてるから、幽霊ではないらしい。しかし。

「お初目にお目にかかります。宰相の、ラッセル=アルベッキーノと申します」

 2メートルほどの距離を置いて立ち止まり、優しそうな声で、優しげな笑みを浮かべて、そう名乗ってから、深々と頭を下げた。
 いや、ていうか。
 人間ですか? と、聞いたら失礼だろうか。
 驚く事ばかりというか、そもそも何もかもが可笑しい状況だけれど。

 ラッセル=アルベッキーノ、と名乗ったこの男。
 白い。
 とにかく、白いのだ。むしろ、青白い。
 幽霊じゃないなら、引き篭り? と、聞きたくなるくらいに。細いし、むしろ細長いし。絶対虚弱体質だ。
 まず、顔色が不健康そのもの、血色が悪すぎる。リエも白かったが、こちらは健康的で、美白な肌と言えるけれど、目の前の男は明らかに、病的。
 更には、色が全く入っていない、白髪。老人という年齢には見えない、若いというわけではないが、どう見ても40代だ。なのに白髪。しかも長髪。肩より少し長いだけの、白髪。
 そして、優しげではあるが、限りなく、限りなく、やっぱり白に近い、薄いスカイブルーの瞳。
 着てる服まで、白い。真っ白だ。
 ……虚弱体質どころじゃないね。
 人間ですか、これ? いや、これ呼ばわりは失礼だろうけど、流石に、私も限界というか。

 黙り込んでる私に、苦笑が返る。
 苦笑いなんだろうけど、どう見ても、そのまま倒れそうな雰囲気。

「突然のことで、驚かれているかと思います」

 言葉を紡ぐ。
 口調からは、弱々しい感じは受けない。しっかりとした物言いだけれども、見た目に問題がある。
 それと驚いてるのは、確かに突然だったけど、正しくは、あなたの容姿に。
 人間ですか? と、思わず尋ねたいのを再度飲み込んだ。

「ですが、どうか、我々をお助け下さい。勇者様」

 ぴしり。
 深々と頭を下げる姿を前に、私の顔は無表情で固定された。
 
 そういえば、そうだった。
 私の思考は、“勇者”という単語に停止するのではなく、それはもうしっかりと、繋がった。
 すっかり忘れていたけれど、目の前のこの男は諸悪の根源だったのだから。



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